改訂新版 世界大百科事典 「猪垣」の意味・わかりやすい解説
猪垣/鹿垣 (ししがき)
〈しし〉は,その動物の肉が食用となる大型獣の総称で,シカとイノシシとはそのような野獣の代表であるから,いずれを指している場合もありうる。これら野獣の農作物食害を防ぐ目的で耕地の周囲を木柵,土塁,石垣などによって囲み,それら野獣の侵入を妨げる設備をこの呼称でよぶ。天竜川流域の山村では,シシガキのほか,シシワチ,シシヨケなどともよんでいた。個々の耕地を囲む設備はすでに中世ころから行われたらしいが,広大な地域を多くの村落が連合して防御しようとして,協力して猪垣を築設するという動きは,江戸時代の中期享保~宝暦(18世紀中期)ころから盛んになる。シカの場合にはかなり高く跳躍するので,垣は2m以上の高さを必要とするが,イノシシを防ぐにはその身長以上の高さを越えて侵入することはまれなので低くてさしつかえない。その代り川筋谷筋に沿って山から出てくるので,水門を設けて水路からの侵入を防ぐくふうが重要である。山ろくの村々ではシシボリ,シシドテなどとよぶ大規模な猪垣も作られた。これは山腹を掘りうがったり,谷側に土石をつみ上げた恒久的な空堀または防塁で,木柵や木を密生させたものもみられた。また木曾山脈の東ろくでは,十数里(50~60km)にわたり,ほぼ連続した土塁の猪垣が山ろく線に沿って築かれた。こうした防塁は村普譜または数ヵ村の連合によって築かれ,藩の入用援助がなされたところもある。近江国大溝藩などもその例で猪追や猪打だけでは完全に防止できなかったため,大規模な土木工事が藩の援助のもとに,農民の協同の力でなされた。また,人の出入口として木戸を設け,その責任者を定めたり,閉じる役目を忘れた者を処罰する規定を作っていた集落もある。近年は電流柵を設けてこれに代えている土地もあり,近代的猪垣といえよう。
執筆者:千葉 徳爾+三橋 時雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報