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シカ シカ Cervidae; deer

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シカ
シカ
Cervidae; deer

偶蹄目シカ科に属する動物の総称。雄がりっぱな角をもつ種が多い。角は年1回抜け替る。犬歯が発達した牙をもつものもある。反芻胃をもち植食性。最大のものはヘラジカで体長 3m,体重は 800kgをこえる。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シカ
しか / 鹿
deer

哺乳(ほにゅう)綱偶蹄(ぐうてい)目シカ科に属する動物の総称。この科Cervidaeの仲間は、枝角(えだづの)をもち反芻(はんすう)する偶蹄類で、南北アメリカ、ユーラシアに広く分布する。[増井光子]

形態

シカ類は体長約30~310センチメートル、肩高約20~235センチメートル、小形種から大形種まであるが、その一般的特徴は次のようである。指趾(しし)数は第1指を欠く4本で、第3・第4中手骨および中足骨は癒合して管骨となり、第2・第5指趾は退化して地につかず、ひづめも小さくなって側蹄をなす。上顎(じょうがく)に門歯はなく、上顎犬歯はジャコウジカ、キバノロ、キョン類では牙(きば)状となっている。下顎犬歯は門歯と並び、形態も門歯状である。頬歯(きょうし)(前臼歯(ぜんきゅうし)と後臼歯の総称)の咬合(こうごう)面には三日月形の隆起をもつ。歯式は

で合計34本。消化管では、腸管は長くヤクシカでは体長の約11倍、胃は4室に分かれ反芻する。キョン類の前頭腺(ぜんとうせん)、ニホンジカの中足腺や眼下腺など、顔面や脚部に臭腺をもつ。それらからの分泌物は草木などにこすりつけられて、同種間の化学的情報伝達手段として用いられる。
 雄がもつ枝分れした角は、シカ類の大きな特徴の一つであるが、ウシ類の角とは大きく異なる。シカ類の角は基部の角座より毎年1回脱落し、その跡にふたたびビロード状の短毛で覆われた皮膚をかぶった袋角(ふくろづの)を生じる。袋角は血流に富み、傷つくと形が変わるため、シカはそれを傷つけないようにしている。やがて角の発育が止まり角化が完了すると、樹木などにこすりつけ皮膚をはがす。角の大きさと犬歯の牙状発達とは関連があるようにみえる。長大な牙をもつジャコウジカ、キバノロは角をもたず、キョン類では角はあっても短い。ただし、南アメリカに分布するプーズー、マザマジカ類のように、角が小さいのに犬歯の発達も悪く、上顎犬歯を欠くものもいる。また、体のバランスと角の重量にも相関関係があるようで、後肢に負傷し荷重困難になった場合は、その対角線上の角の発達が悪くなる傾向がある。[増井光子]

分類

シカ類の分類は学者により多少相違がある。大英博物館のコーベットG. B. CorbetやヒルJ. E. Hillらによれば、シカ科14属34種のほかにジャコウジカ科1属3種に分けているが、今泉吉典(いまいずみよしのり)(1914―2007)によるとジャコウジカ類も含むシカ科はさらに詳細に分類され、7亜科11属51種に増加する。
 なお、狭義にシカという場合には、日本産の種であるニホンジカCervus nipponをさす。次にその特徴を述べる。[増井光子]

ニホンジカの形態と生態

ニホンジカはニホンジカ亜属に含まれ、近縁の種にはタイリクジカ、タイワンジカ、ツシマジカなどがある。ツシマジカは対馬(つしま)産で、九州産のニホンジカよりは大きい。北海道産のエゾシカはタイリクジカの亜種で体重90キログラムに対し、4枝でなく5枝の角をもつものがときにある。ニホンジカはホンシュウジカ、キュウシュウジカ、ヤクシカ、マゲシカ、ケラマジカなどの亜種に分けられる。体格は南下するほどに小さくなり、ホンシュウジカではほぼ60キログラム、ヤクシカでは30~50キログラムとなる。角は一般に4枝であるが、ヤクシカでは3枝しかない。
 生息環境としては林縁によくみられ、採食地としての開けた草原や低木林、避難所としての林が存在する所、山地の急斜面よりは平坦(へいたん)地や緩やかな傾斜地のほうを好む。季節による生息地の移動が認められ、積雪が多いと行動が妨げられ、餓死する場合もある。日常活動では、早朝・薄暮型の活動を行い、日中は木陰に入って休息、反芻していることが多く、夜間も休息をとる。危険が迫ると足を高くあげた高踏歩様をし、特定の個体がピヤッという警戒音を発すると、一斉に跳躍して逃走に移る。このとき尾の周辺の白毛を四方に大きく開くが、これは仲間に危険を知らせる視覚信号とみなされる。餌(えさ)は草、若芽、葉などで、採食地に多数が集まって餌場集団を形成することがある。生息数の多い所では、植生は採食の影響を受け、樹冠部が剪定(せんてい)されたようになり、独特の景観を示す場合がある。[増井光子]

ニホンジカの社会構造

ニホンジカの社会は、基本的には母子群、雄群、発情期の一時的な雌雄混合群からなる。
 出産期は4~7月で、最盛期は5、6月。分娩(ぶんべん)が近づくと雌親は前年出産した子を追い払い、1頭で茂みを選ぶ。1産1子。新生子には白斑(はくはん)があり、しばらくは茂みに隠れ、親が授乳に通うため、雌親以外との社会的接触はほとんどない。産後2か月ぐらいたつと、子は雌親について歩くようになり、しだいに雌グループの集まりの中に入っていく。そこでは、当歳の幼獣どうしで集団をつくることが認められる。こうした集団の存在は、シカ類以外のオリックスやキリンでも認められる。また、出産期に一時追い払われた前年子の雌がふたたび雌グループ内の母親に合流し、一つの家族群を構成するのも認められる。
 雄の子は翌年の夏ごろまで母親のもとにとどまっているが、やがて家族群を出て雄群に入っていく。雌の家族群では年長の雌がリーダー的役割を果たすが、雄の集団はまとまりも緩く、メンバーは不定で、明瞭(めいりょう)なリーダーは認められない。雄群は非発情期に出現率が高く、発情期になると分散する。これは、発情期の雄群は、存在しても若齢個体からなり、成獣の雄は単独行動かハレムを形成しようとするものが多くなり、非発情期では逆に成獣の雄群内加入が増加するためである。したがって雄群は、その年齢構成においても発情期と非発情期では差がみられる。
 発情期は9~11月ごろで、それに先だって8月下旬より雄の袋角は角化し、しきりに茂みに角を突き入れたり、樹幹でこすったりして皮膚をはがしだす。さらに特定の地面に穴を掘り、土をこねては角で体にかき揚げて泥を浴び、地に伏して体をこすりつけたりするようになる。このため、後躯(こうく)、とくに内股(うちまた)は泥で黒褐色となり湿潤する。強力な雄はほかの雄と争って場所を確保し、通りかかる雌を囲い込もうとする。この時期の雄は、3節からなる大きな叫び声をしばしば発する。[増井光子]

人間生活との関連

古来シカ類は狩猟獣として主要な位置を占めてきた。肉、皮を利用するのもさることながら、みごとな角をもつ頭部が装飾品として高い価値をもつせいもあると思われる。シカ類の繁殖率は低いものではないが、狩猟による圧迫がきついとその率は減少する。しかし逆に生息数が多すぎれば植生への悪影響が出ることも否めず、両方の状態の調節がむずかしい。
 現在わが国のニホンジカについては、雄ジカは狩猟獣として捕獲を認められており、2002年(平成14)には全国で6万2333頭が捕獲された。雌ジカは原則捕獲禁止であるが、個体数の増加抑止のため規制が緩和され狩猟が認められている地域もある(同年の雌ジカ捕獲数は3万3026頭)。またこれとは別に、動物による被害のとくに著しい地方に認められる有害鳥獣駆除の申請により、同年には雄1万4069頭、雌1万0233頭が捕獲されている。[増井光子]

食品

シカ肉は日本はもちろん中国やヨーロッパでも昔から珍重されてきた。日本ではすでに仁徳(にんとく)天皇の時代に、シカ肉が献上されたということが『日本書紀』に記録されている。
 1787年(天明7)刊の『食品国歌』(大津賀仲安著)には、生き血を乾燥して強壮剤となると書かれているところから、薬用もにされていたらしい。肉の代名詞として「しし」とよばれたのは、のちにはイノシシとなったが、古くはこのシカ肉であったといわれる。
 シカ肉のおいしい時期は夏の終わりから秋にかけてであるといわれている。肉は脂肪が少なく淡泊で味がよい。市場には飼育したものや冷凍、真空パックした輸入品などが出ている。
 調理法としては、野菜との鍋物(なべもの)、焼き肉、汁物などがある。一種の野臭があるので、これを消すために、みそに一夜漬けてから調理するとよい。シカ鍋は、シカ肉を主材として、焼き豆腐、ゴボウ、ニンジンなどを取り合わせ、煮ながら鍋を取り囲んでつつく。つけ焼きは、青竹の串(くし)に肉片を刺し、みりんとしょうゆをあわせた汁をつけて照焼きにする。みそ煮は、一度肉を油炒(あぶらい)りしてから、みそに少量の砂糖を加え、煮ころがしてつくる。西洋料理では、ステーキ、ロースト、香味焼き、ソース煮込みなどにされる。[河野友美・大滝 緑]

民俗

シカは古くはシシ、カノシシともよばれ、往時村里近くに出没しては人々と深い関係を重ねてきた。秋田県男鹿(おが)半島や、マレビト(客人)信仰を伝える山形県の女鹿(めが)村(現遊佐(ゆざ)町)、茨城県鹿島(かしま)郡など、シカにちなむ地名も少なくなく、海上からシカの背に乗ってたどり着いたという寄神信仰(よりがみしんこう)を伝える所もある。シカはその体内に生じるという鶏卵大の玉を、角(つの)から角へと渡しかけて玉遊びに興じるともいわれ、古くから奈良の春日大社(かすがたいしゃ)や広島県の厳島神社(いつくしまじんじゃ)などでは、神使(つかわしめ)とされて神聖視された。
 野獣のなかでもとりわけ狩りの対象とされ、中世には武将によって大規模なシカ狩りが行われた。矢声(やごえ)で立ち止まる習性を利用して射止めるとか、シカアナを設けて生け捕りにする陥穽(かんせい)猟法などが広く民間にも伝わる。また皮が武具などに利用されるほか、肉、骨、角なども重宝がられ、害獣をとらえて豊作祈願をなそうとする一面もあったと思われる。
 古代盛んになされた鹿占(しかうら)の伝統は、群馬県富岡市の一之宮貫前神社(ぬきさきじんじゃ)や東京都青梅(おうめ)市の御嶽神社(みたけじんじゃ)の神事に継承されている。一之宮貫前神社では、焼き錐(ぎり)でシカの肩甲骨(けんこうこつ)を貫き、生じたひび割れによって吉凶を占う。愛知県の三河高原ではシカウチ行事が5か所に現存するが、スギの枝葉やササダケなどを束ねてつくった雌雄2匹のシカに見立てた的を射つ点が共通している。この神事は年頭に際して行われることから、予祝儀礼ないし年占(としうら)の性格をもつことはいうまでもない。岩手県や宮城県、愛媛県などには鹿踊りが広く分布する。おとり笛に使われる鹿皮製の鹿笛のほか、富山市では売薬の調合にシカの角製のすりこぎを使うという。[天野 武]

民話・伝説

シカは代表的な狩猟獣として神話に現れている。ギリシア神話の野獣を支配する狩猟の女神アルテミスはシカを追う弓の名手とされ、その怒りを買った猟師のアクタイオンはシカの姿に変えられて、自分の猟犬に引き裂かれて死ぬ。北シベリアではおおぐま座のことを「シカ」とよび、ハンティ(オスチャーク)人はこの星座に、1頭のシカと3人の猟師の姿をみる。サハ人にも、シカを追って天にまで達した猟師の伝説があり、サモエード人では北極星はシカを射る猟人であるという。また北海道のアイヌは、シカは、神が天上でウサギ狩りをするときの猟犬であり、その毛は真っ白でりっぱな角(つの)をもっていたと伝える。白いシカを神聖視する伝承は中国にもあり、梁(りょう)代の『述異記』には、500年あるいは1000年を経ると白シカになるとある。東アジアにはシカが生んだ娘の物語がある。シカが仙人の小便をなめて懐妊し、女子を生むという話で、中国の元魏(げんぎ)代(北魏)の漢訳経典の『雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)』などにみえ、類話は朝鮮や日本にもある。[小島瓔

文学

『日本書紀』仁徳(にんとく)天皇の巻や、『播磨国風土記(はりまのくにふどき)』餝磨(しかま)郡の条など、上代の文献に早くからみえ、『万葉集』には60例ほど、「小牡鹿(さをしか)」「牡鹿(をじか)」などとも詠まれ、「我が岡に小牡鹿来鳴く初萩(はつはぎ)の花妻どひに来鳴く小牡鹿」(巻8、大伴旅人(おおとものたびと))のように、妻を恋うて萩のもとで鳴くと類型化され、萩そのものが鹿の花妻とも考えられていた。『古今集』の用例は10例だが、類型はそのまま継承され、「秋萩の花咲きにけり高砂(たかさご)の尾上(をのへ)の鹿は今や鳴くらむ」(秋上、藤原敏行(としゆき))などと詠まれ、『百人一首』で有名な「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき」も萩の下葉の紅葉を詠んだものともいう。山里の景物として、『源氏物語』では、北山、小野、宇治などの場面にしばしば登場する。俳諧(はいかい)の季題は秋。[小町谷照彦]
『川村俊蔵著『全集日本動物誌19 奈良公園のシカ』(1983・講談社) ▽高槻成紀著『北に生きるシカたち――シカ、ササそして雪をめぐる生態学』(1992・どうぶつ社) ▽平林章仁著『鹿と鳥の文化史――古代日本の儀礼と呪術』(1992・白水社)』

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