『水戸黄門』シリーズ(読み)みとこうもんしりーず

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

『水戸黄門』シリーズ
みとこうもんしりーず

日本映画。水戸黄門とは、江戸時代前期の水戸藩主・徳川光圀(とくがわみつくに)の別称であり、幕末になって、講談師が本人の伝記と十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の滑稽本(こっけいぼん)『東海道中膝栗毛(ひざくりげ)』などを参考にして、講談『水戸黄門漫遊記』を著したといわれる。明治時代に、『東海道中膝栗毛』の「弥次・喜多」にならい、黄門のお供を「助さん・格さん」としてから、世直しのために二人の家来を伴って諸国を漫遊するという物語が確立する。明治末期に映画製作が始まると、時代劇の定番として『水戸黄門漫遊記』が取り上げられ、尾上松之助(おのえまつのすけ)、山本嘉一(やまもとかいち)(1877―1939)、大河内伝次郎(おおこうちでんじろう)、市川右太衛門(いちかわうたえもん)らが人気を博した。戦後になって占領期の剣劇禁止を経た後、1951年(昭和26)、水戸黄門は大映の安達伸生(あだちのぶお)(1910―1953)監督、大河内伝次郎主演の『水戸黄門漫遊記 飛龍の剣』(1951)で復活する。定番の印籠(いんろう)はさりげなく出し、後年ほど大げさではない。米俵に腰掛けた黄門が、農家の婆さんを激怒させて遁走(とんそう)する場面など喜劇的だが、後半、能面をかぶって舞う場面の妖気はただならぬ迫力がある。以後、水戸黄門は、東映で市川右太衛門、松竹で花菱(はなびし)アチャコ(本名藤木徳郎(ふじきとくろう)、1897―1974)と続いた後、月形龍之介(つきがたりゅうのすけ)(1902―1970)主演の「水戸黄門」シリーズが定番の人気路線となり、他社の「水戸黄門」を寄せつけないほどであった。1961年、沢島忠(さわしまただし)(1926―2018)監督『水戸黄門 助さん格さん大暴れ』で、松方弘樹(まつかたひろき)(1942―2017)の助さん、北大路欣也(きたおうじきんや)(1943― )の格さんを活躍させたのを最後に月形黄門のシリーズは終わる。以後、「水戸黄門」はTBSテレビで長く支持される人気時代劇番組となった。[坂尻昌平]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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