アイネム
Gottfried von Einem
生没年:1918-96
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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アイネム
オーストリアの作曲家。スイスのベルンに生まれ,指揮者を志して歌劇場で活動ののち,1941年ベルリンで作曲家ブラッハーに師事。1944年バレエ音楽《トゥーランドット姫》で注目され,表現主義的な色彩の濃い《ダントンの死》(ビュヒナー原作,1947年初演),ナチス時代の投獄体験を反映した《審判》(カフカ原作,1953年初演)の2つのオペラ(いずれも師ブラッハーが台本に協力)で国際的な評価を得る。その後もオペラを中心に創作活動を続け,次第に新古典主義的な書法に移行。《フィラデルフィア交響曲》(1960年)などの管弦楽曲では楽器法に冴(さ)えをみせ,師ブラッハー譲りの斬新(ざんしん)なリズム処理が演奏効果を高めている。1965年−1972年ウィーン音楽大学作曲科教授。
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
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アイネム
Einem, Gottfried von
[生]1918.1.24. ベルン
[没]1996.7.12. ウィーン近郊
オーストリアの作曲家,指揮者。 1941年からベルリン国立歌劇場およびバイロイトのワーグナー祝祭劇場の副指揮者をつとめ,かたわら B.ブラッハーに作曲を学ぶ。のちウィーンを中心に作曲家として活躍した。作品として,G.ビュヒナーの戯曲に基づくオペラ『ダントンの死』 (1947) ,カフカの小説に基づくオペラ『審判』 (53) などがあり,その作風は,マーラー,プッチーニ,ストラビンスキー,ブラッハー,さらにガーシュインら多くの作曲家の影響を融合し,管弦楽的色彩効果にすぐれている。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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アイネム
あいねむ
Gottfried von Einem
(1918―1996)
オーストリアの作曲家。スイスのベルン生まれ。バレエ『トゥランドット姫』(1944)で成功した彼は、続く1947年初演の最初のオペラ『ダントンの死』(ビュヒナーの戯曲による)で国際的な評価を得た。さらにカフカの小説に基づく『審判』(1953初演)をはじめ、『引き裂かれた者』(1964)、『老婆の訪問』(1971)、『愛とたくらみ』(1976)などのオペラを発表した。バレエ曲も数曲あるが、作風はいずれも伝統的、保守的である。
[細川周平]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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