日本大百科全書(ニッポニカ) 「アクサ・グループ」の意味・わかりやすい解説
アクサ・グループ
あくさぐるーぷ
The AXA Group
フランスの保険・金融グループ。生命保険、損害・傷病保険事業と資産運用を行っている。世界50か国以上で事業展開し、ドイツの保険会社アリアンツとトップを争う。本社所在地はパリ。
[簗場保行]
歴史
前身は1816年創立の火災保険会社Mutuelle de l'Assurance contre l'Incendieである。翌1817年アンシエンヌ・ミューチュエルAncienne Mutuellesに社名変更。1978年、同社を含む数社の保険相互会社が合併してミューチュエル・ユニ(相互保険会社連合)が組織される。1982年ドゥルオー・グループDrouot Groupを買収。1985年AXA(アクサ)の社名を採用。1986年プレザンス・グループPrésence Groupを買収、1988年カンパニー・ドゥ・ミディCompagnie du Midiとの合併によりイギリス、ドイツ、オランダに事業を拡大した。同年パリ証券取引所に上場。1992年アメリカの保険会社エクイタブルThe Equitableを買収してアメリカ市場に進出を果たした(2001年アクサ・ファイナンシャルAXA Financial Inc.として完全子会社化)。1995年オーストラリアの保険会社ナショナル・ミューチュアルNational Mutualを買収し、オセアニア、香港(ホンコン)に事業を拡大。1996年ニューヨーク証券取引所上場。同年フランスの旧国有保険グループUAPと合併して世界最大クラスの保険会社となった。この合併に伴い、翌1997年に企業統治組織をフランス独特の2層型の監査役会・取締役会に転換した。1998年ベルギーの保険会社ロワイヤル・ベルジュRoyale Belge、1999年イギリスの保険会社ガーディアン・ロイヤル・エクスチェンジ Guardian Royal Exchangeを相次いで買収、さらに業容を拡大した。
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急成長の背景
アクサの発展は、CEO(取締役会長)であったクロード・ベベアールClaude Bébéar(1935― )のリーダーシップによるところが大きい。ベベアールはエコール・ポリテクニクを卒業後、1958年、まだ無名であったアンシエンヌ・ミューチュエルに入社、1975年に早くもCEOに就任し、中小保険会社をはじめとした相次ぐ買収により15年余りで同社を世界有数の保険会社に育て上げた。また、アクサはその莫大(ばくだい)な金融資産を背景にフランスの大手企業、金融機関に大きな影響力をもった。アクサが持株比率トップないし準トップの地位を占める企業として、パリ国立銀行、パリバ(両行は後に統合、現在はBNPパリバ)、クレディ・リヨネ、水道事業とメディアの世界的複合企業ビベンディ・ユニバーサルなどがあり、べべアールはパリ国立銀行、パリバ、クレディ・リヨネの取締役を兼任していた。
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グループの運営
アクサ・グループの管理は、グループ本部が全体の基本目標やトップ人事などを決めるだけであり、原則的に現地化された分権的経営を特色としている。50か国のうちフランス人がトップを務める国はごく一部であり、ほとんどは現地人を登用している。グループ管理の最高組織として、監査役会のもとにグループ・ビジョンと事業戦略を決定する取締役会があり、そこに地域別と専門別の投資、資金調達、会社業務など計九つの業務管理部が配され、構成される。戦略決定と管理業務全般についてはエグゼクティブ・コミッティ執行委員会(年4回開催)が取締役会を支援する。またグループ全体の事業活動、金融・支配戦略、人的資源、ブランド、コミュニケーションを調整・支援するため、グループ・マネジメント・サービスが設置されている。年1回のパートナー会議ではグループの主要子会社の執行職40人が、グループ全社会議ではその上級執行職200~300人が召集され、戦略的問題についての全体会議が行われる。しかし目標の達成方法はあくまでも各地の現地法人に任されている。このように分権的な経営方針をとる一方で、フランス南西部ボルドー市の近くにグループ社員研修用のアクサ大学を開校し、アクサの経営理念・哲学と管理法の研修を徹底的に行うことでグループの結束を図っている。2010年の総収入は909億7200万ユーロ、純利益27億4900万ユーロ。運用資産総額は約7318億6500万ユーロに上り、顧客9500万人、従業員数約21万4000人を擁する。
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日本での活動
日本では1994年(平成6)にアクサ生命保険を設立したが、知名度が低く苦戦した。高齢化社会が現実化し、保険商品のニーズも高くまた多様化する日本において、同社は商品開発力の高い欧米保険会社の攻勢が続くなかで出遅れていたといえる。しかし、2000年に経営の悪化していた日本団体生命保険と共同持株会社アクサニチダン保険ホールディング(2004年アクサ ジャパン ホールディングと改称)を設置し、その経営権を掌握した。そして同社の商工会議所ルートの顧客基盤を活用し、保険事業の拡大に成功した。2011年時点で、日本のアクサ・グループはアクサ ジャパン ホールディングを中核として、アクサ生命保険、ネクスティア生命保険、アクサ損害保険(アクサダイレクト)を子会社とする。AXAメンバーカンパニーとしてアライアンス・バーンスタイン(資産運用)などと連携している。
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『ティエンリ・ガンディヨ、トーマス・カム著、横山研二訳『欧州は再び挑戦する――仏企業家20人』(1990・創知社)』