翻訳|Atlantis
哲人プラトンの「対話篇(へん)」『ティマイオス』Tímaiosと『クリティアス』Kritiasのなかに語られている伝説の島。古代ギリシア七賢人の一人に数えられるアテネの立法者ソロンが、紀元前594年、国制改革の大任を果たしたのち国外旅行に出て、エジプトのサイスの神官から聞かされたという、そのときから8000年以上も昔の、「古アテネ人」の武勇ぶりを語る話のなかに登場する。
リビアと小アジアをあわせたより大きいその島は、「ヘラクレスの柱」(ジブラルタル海峡)西方のアトランティス海(大西洋)にあり、海神ポセイドンとクレイトーの長子アトラスが王となって、他の9人の兄弟とともに支配していた。島は鉱物資源や農林畜産に富み、近隣の島々のみならず、「ヘラクレスの柱」内側のエジプト、エトルリアをも支配する一大海洋帝国を形成して栄えたが、「古アテネ人」はアトランティス勢の侵略を防いで勇名をはせていた。アトランティス帝国の支配は数代にわたって継承されたが、繁栄の陰りが富への執着を生み、これが敬神遵法の精神をむしばんで秩序が乱れた。そしてあるとき、地震と洪水がおこって一日一夜にして、勇者「古アテネ人」は大地にのまれ、アトランティスは海中に没し去ったという。近年、ティラ島の前1500年ごろの火山噴火とクレタ島のミノア文明の崩壊を直結させてアトランティス伝説に絡ませる仮説がまま出されることもあるが、考古学的反証のほうが有力で、説得力が乏しい。
[馬場恵二]
アトランティスは、太平洋上にあったといわれるムー(レムリア)大陸と並び、ロスト・ワールド(失われた世界)として、SFのテーマとなる。フランシス・ベーコンの『ニュー・アトランティス』(1627)はさておいて、SFの場合も大西洋説が主流であり、コナン・ドイルの『マラコット深海』(1929)ではアトランティス人の子孫が発見され、ジュール・ベルヌの『海底二万里』(1869)では海底でその遺跡が発見されている。E・E・スミスの有名なレンズマン・シリーズの6巻『三惑星連合軍』(1948)では核ミサイルの誤射による大陸の陥没、ラリー・ニーブンLarry Niven(1938― )の『魔法の世界が消えていく』(1978)では魔法の消滅による陥没が描かれている。ピエール・ブノアPierre Benoit(1886―1962)の『アトランティード』(1920)はサハラ砂漠説による女王国を20世紀に現出させた。ジェーン・ギャスケルJane Gaskell(1941― )の『アトランの女王』三部作(1963~1966)はアトランティス大陸に取材した代表的なファンタジーである。
[厚木 淳]
…かつてアテナイの政治家であり詩人でもあったソロンがエジプトに旅行した折,その地の神官が昔のアテナイ人の勇敢さをたたえ,古い記録に基づいて彼に語って聞かせた体裁をなしている。それによると,ソロンの時代をさかのぼる9000年以前,ギリシア人が〈ヘラクレスの柱〉と呼んだジブラルタル海峡のかなたにアトランティスAtlantisという名の島があった。それはアジアとリビュアつまりアフリカを合わせたよりも大きく,ポセイドン神の5組の双生児が島を10分して支配していた。…
…プラトンはここで,哲人支配者によって厳格に統治される国家を描き,現実のアテナイを暗に批判するとともに,人間と政治の本質が理想的に発現される形式を記述した。この《国家》はおなじプラトンが《ティマイオス》《クリティアス》の両対話編で描いた,往古の理想社会アトランティス(アトランティス伝説)の記述とあいまって,後世の思想家たちに決定的な影響を与えた。また,プラトンがある程度関連を求めたとおもわれる当時のスパルタが,後1世紀にギリシア人著作家プルタルコスによって理想化され,〈立法者リュクルゴスの政体〉として頻繁に論じられた。…
※「アトランティス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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