改訂新版 世界大百科事典 「アトレウス家伝説」の意味・わかりやすい解説
アトレウス家伝説 (アトレウスけでんせつ)
アトレウスAtreus一族はギリシア神話で,タンタロスを始祖としミュケナイに依拠して勢力を扶植した有力な家系であるが,肉親間での謀殺,姦通といったむざんな犯罪が繰り返し演じられる運命を担わされた。この一族を見舞ったできごとは,古代において多くの作家に取り上げられた結果,伝説の細部については多くの異説が見られる。以下はその概要である。
始祖タンタロスは小アジアの王で,ゼウスの子であり,供宴に招くほど神々と親しい間柄であったが,神の全知を試すため息子ペロプスPelopsを殺し食卓に供した。その罰で冥界におとされ永久の飢渇に苦しんだ。これが諺となった〈タンタロスの苦しみ〉である。ペロプスは神々により蘇生させられたが,娘を失い茫然自失のデメテル女神が食べてしまった肩の部分は象牙(または金)で補われ,のち母斑となって子孫に伝えられたという。彼は小アジアから彼の名で呼ばれる半島ペロポネソスに来て,オイノマオス王に車馬競技を挑戦,王の御者ミュルティロスを買収して勝利を得,王女ヒッポダメイアを花嫁とした。だが口ふさぎのため殺害された御者は,死に際にペロプス一族に呪いをかけた。ペロプスには2人の息子アトレウスとテュエステスThyestēsがあった。かつて兄アトレウスはアルテミス女神に自分の所有する一番美しい羊を贄に供する約束をしたが,黄金の羊が生まれたとき,これを秘し約束を違えた。弟テュエステスは兄嫁と密通し,この黄金の羊を入手する。このころミュケナイ王国に内紛があり,神託によってペロプスの子が王として迎えられることになる。兄弟は金羊を持つ者が王位につくことに同意し,弟がこれを示したが,ゼウスは太陽の運行を逆行させてその奸計をあばいた。弟は追放されアトレウスが王位についた。さらにアトレウスは和解をよそおい,弟とその子を供宴に招き,ひそかにその子を殺し肉を食せしめた後,首や手足を示した。テュエステスは復讐を遂げるため神託に従って,実の娘との間にアイギストスAigisthosをもうけた。彼によりアトレウスは殺され,後をその子アガメムノンが継ぎ,弟メネラオスとともにアトレイダイ(アトレウスの胤)と呼ばれる。スパルタ王となったメネラオスの妻ヘレナがトロイアに出奔して端を発したトロイア戦争では,アガメムノンが遠征軍の総大将となった。10年に及ぶ遠征から凱旋したアガメムノンは,その間アイギストスと密通した妻クリュタイムネストラに謀殺された。しかしこの両者もアガメムノンの遺子オレステスとその姉エレクトラによって非業の死を遂げた。そのことで実母殺しを犯したオレステスは狂気に陥り,復讐神の追跡を受けたが,法と秩序の神アポロンの弁護のもとアテナイ法廷の裁きで無罪とされ,呪われた一族にまつわる罪と罰との長い連鎖はとざされた。アトレウス家伝説は古代悲劇作家に好んで取り上げられ,伝存作品に限っても次のものがある。アイスキュロス〈オレステイア三部作〉,ソフォクレス《エレクトラ》,エウリピデス《アウリスのイフィゲネイア》《タウリスのイフィゲネイア》《エレクトラ》《オレステス》,セネカ《テュエステス》《アガメムノン》。
執筆者:辻村 誠三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報