翻訳|Zeus
古代ギリシア人の最高神。オリュンポス神族の長。その名は〈天空〉を意味する印欧共通基語*dyeusからきており,彼は天空神として雲,雷,雨,雪などの気象をつかさどる一方,人間社会の秩序の維持者とされた。ローマ人によってゼウスと同一視されたユピテルJupiterも,その名はDieu pater〈父なるディエウス〉の意で,本来ゼウスと同じ神である。
神話ではゼウスはティタン神のクロノスとレアの子とされ,彼が世界の覇者となった経緯が次のように語られる。父神ウラノス(〈天〉)を追放して世界の2代目の支配者となったクロノスは,姉妹のレアを妻として女神ヘスティア,デメテル,ヘラ,男神ハデス,ポセイドンをもうけたが,わが子に支配権を奪われるのを恐れて,生まれた子をつぎつぎにのみ込んだ。しかし末子ゼウスの場合だけは,レアはひそかにクレタ島の山中でお産をすませ,夫にはむつきにつつんだ石を与えてこれをのませた。成長後,ゼウスは祖母ガイア(〈地〉)からもらった薬をクロノスに飲ませて兄姉たちを吐き出させると,兄弟力を合わせてクロノスらのティタン神族に挑戦し,10年の戦い(ティタノマキア)で勝利をおさめた。そこで3兄弟がくじを引くと,ポセイドンの海,ハデスの冥界に対して,ゼウスは天界の支配権を引きあて,ここに世界の3代目にして最終的な覇者ゼウスが誕生したという。こののちゼウスとその一党は,天に最も近いオリュンポス山の頂に宮居を構えて常磐(ときわ)の世を送ることになるが,普通,ゼウスとその兄姉のポセイドン,ヘラ,デメテル,ヘスティアに,ゼウスの子として生まれたアテナ,アフロディテ,アポロン,アルテミス,アレス,ヘファイストス,ヘルメスを加えたものを〈オリュンポス十二神〉と呼ぶ。なお,ここで最後の7神のうち,ゼウスが正妻ヘラによって得た子はアレスとヘファイストスだけで,しばしばヘスティアに代えて十二神に列せられるディオニュソスも,ゼウスと人間の女セメレの子である。このほか,ゼウスはニンフや人間の女との交わりによって,ヘラクレスやペルセウスなどの英雄や,トロイア王家の祖ダルダノスや,ラケダイモン,アルゴスなどの地方や都市の名祖等をもうけたとされており,数多いそれらの子どもたちは,たいてい母親とともにヘラの迫害を受けたことになっている。
ゼウスはもともと,ホメロスの叙事詩に頻出する〈神々と人間の父〉という呼びかけが示すように,インド・ヨーロッパ語族の家父長制を反映した大家族集団の長と考えられたため,また最高神としての概念が,各地に王国が分立したミュケナイ時代に,諸王に君臨する大王のごとき存在として形づくられたため,かつては王と王権の保護者で,正義よりも権威・権力に基づいて支配する神であったが,ギリシアで王政が廃止されてのち,正義と法によって市民生活を守る最高神となったものである。したがってその職掌に,大はポリス(都市国家)から小は家,個人に至るまでの安全を守ること,政治的自由の擁護,主客の義を守ること,嘆願者の庇護,誓約の監視等,いずれも諸法規の未発達な古代社会ではきわめて重要な事項ばかりがあげられるのは当然として,やがては天上天下のいっさいはことごとく彼の摂理の下にあるとの見方も生じ,前5世紀の悲劇詩人アイスキュロスでは,彼はほとんど全知全能の正義の神にまで高められている。おそらく,そうした崇高なゼウスのイメージを念頭に置いてであろう,古代ギリシア最大の彫刻家フェイディアス(前5世紀)は,オリュンピアのゼウス神殿の本尊を制作した。それは金と象牙に飾られたゼウスの座像で,オリーブの冠をいただき,右手には勝利の女神ニケを捧げ,左手には彼の聖鳥たる鷲が止まった王笏を執って,あたかも神そのものを目にする想いを抱かせたと伝えられるが,現存しない。聖木はオーク。ギリシア本土北西部のドドナは,彼がオークの葉のそよぎによって神託を下す聖地として有名であった。
→ギリシア神話
執筆者:水谷 智洋
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ギリシア神話の最高神。オリンポスの神々の支配者で、クロノスとレアとの間に生まれた末っ子(ホメロスでは長子)。クロノスは、わが子に王位を奪われるという予言を恐れ、生まれてきたわが子のポセイドン、ハデス、ヘスティア、デメテル、ヘラを次々に飲み込んだ。そのため怒ったレアは、ゼウスが生まれたときには偽って石を夫に飲ませ、ゼウスを救った。そしてクレタ島のディクテ山の洞窟(どうくつ)に彼を隠し、ニンフと山羊(やぎ)のアマルテイアにその養育を託した。成長したゼウスは、最初の妻メティスを説得してクロノスに吐剤を飲ませ、腹中の兄弟を吐き出させた。そしてこの兄弟たちの協力を得て父クロノスを倒し、さらにティタン(巨人族)と10年もの間戦うが、ガイアの忠告に従って冥府(めいふ)に幽閉されていたキクロプスとヘカトンケイルを解放し味方につけることにより覇権奪取に成功した。支配地は三兄弟で分け、ゼウスは天、ポセイドンは海、ハデスは冥府を得た。
支配権を確立したのち、ゼウスはさまざまな女神や人間の女と浮き名を流す。正妻ヘラとの間にはアレス、エイレイテイア、ヘベ、ヘファイストスを得たが、それ以前にも女神たちと交わって、メティスからアテネ、テミスからホーラたちとモイラたち、エウリノメからカリスたち、デメテルからペルセフォネ、レトからアポロンとアルテミス、ディオネからアフロディテらを得ている。さらに、嫉妬(しっと)深いヘラの目をかすめながらも人間の女たちと交わり、ディオニソス神をはじめアルカスやミノス、アルゴス、ペルセウス、ヘレネ、ダルダノス、ヘラクレス、ヘルメスらの父となった。このことは、ゼウスを家祖とする高貴な家系をもちたいとの古代人の願望のなせるところであると説明される。
ゼウスは、神だけでなく人間にとってもその父(保護者)であり、救い主であった。この世の支配者として世界の平和と秩序を守り、人間に法を与え、正義の遂行を見守り、偽誓(ぎせい)を罰し、客の接待を奨励し、政治的自由を守る神であった。また家の保護者、炉や財産の守り神、さらには豊饒(ほうじょう)を与える大地の神でもあった。しかしその反面、彼は神々の特権を侵す者を厳しく処罰した。
ゼウスという名はインド・ヨーロッパ語族にその起源をもち、元来「天空」「輝き」などの意味をもつとされる。したがって、ここから天候現象全般(雨、嵐(あらし)、雷鳴など)をつかさどる神ともなっている。その聖鳥は鷲(わし)、聖木は樫(かし)であり、しばしば稲妻と山羊皮の盾を手にもつ姿で表される。ローマ神話ではユピテルがこれにあたる。
[丹下和彦]
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古代ギリシア人の主神。天,雷,正義,法などを支配。インド・ヨーロッパ語族の神であることが確かな唯一の神。父クロノスから王座を奪ってオリュンポスに君臨し,オリュンポス12神を統治する。崇拝は全ギリシアにわたる。英語名ジュピターはラテン語名ユピテルに由来する。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…彼女はもともとギリシア先住民族の女神で,ミュケナイ時代には王侯の宮殿が立つアクロポリスの守護神であったが,やがて政体の変化とともにポリスそのものの守護神,さらにはポリスの存続・発展に不可欠のさまざまの技術や学芸の女神となったものと考えられる。神話では,ゼウスとその最初の妻メティスMētis(思慮の女神)の娘とされ,メティスから生まれる男子は父の王座を奪うだろうとの予言におびえて妊娠中の妻をのみ込んだゼウスの額から,すでに成人し,武装した姿で飛び出したという。彼女の崇拝の中心地であったアテナイとの関係については,かつて彼女と海神ポセイドンがこの町の領有を争ったおり,海神が三叉の矛を一撃してアクロポリス上に馬(一説では塩水の泉)を出現させたのに対して,彼女はオリーブの木を生じさせた。…
… なお,日照り雨は〈狐の嫁入り〉といわれ,摺鉢をかぶって井戸をのぞいたり袖をかぶって見るとこれが見えるという土地もある。天気俚諺【飯島 吉晴】
【雨と神話】
ギリシア神話によれば,雨をつかさどるのは,アイギスと呼ばれる山羊皮の楯を持ち,雲を自在に集めたり散らしたりする,神々の王ゼウスである。ゼウスの武器は雷で,その威力によって彼は,自分より前に世界の支配者だった父のクロノスとの戦いに勝ち,巨人たちや怪物の王テュフォンらの挑戦も撃破して,天上の王位を確保し続ける。…
…彼女の父イナコスはアルゴスの初代の王とも川の神ともいわれる。イオはゼウスに愛され,神に身をまかせたが,ゼウスは妃ヘラの嫉妬を避けるために,彼女を白い牝牛に変えた。しかしヘラはこの牝牛に疑いをかけ,夫からこれをもらいうけて,百眼の怪物アルゴスArgos(彼はまたパノプテスPanoptēs(〈すべてを見る者〉の意)とあだ名される)に日夜怠りなく見張りさせた。…
…カドモスの姉妹。浜辺で侍女たちとたわむれていたとき,白い雄牛となって近づいたゼウスにだまされ,その背に乗ったまま,海を渡ってクレタ島へ運ばれた。彼女はこの島でゼウスと交わって,ミノス(のちのクレタ王),ラダマンテュス(死後冥府の裁判官となった),サルペドン(のちのリュキア王)の3子を生んだ。…
…ギリシア南部,ペロポネソス半島北西部のエリス地方,アルフェイオスとクラデオス川の合流するところにあるゼウスの聖地。ゼウスの祭典のさいに催されたオリンピック競技によって名高い。…
…ギリシア神話で,ゼウスの酌童にされた美少年。もともとトロイアの王子であったが,たぐいまれな美しさのゆえに,ゼウスの使いのワシ,またはゼウスみずからがワシに変じて天上にさらい,その父親には神馬または黄金のブドウの木を与えたという。…
…神話の中で重要な地名は歴史時代より,むしろミュケナイ時代の勢力配置に符合するし,また,この時代末期の粘土板文書である線文字Bが近年解読され,一番遅くギリシアに到来したと考えられてきたディオニュソス神を含む主要な神々の名がそこに読み取られたからである。ところで神名についてみると,いわゆるオリュンポス十二神のうちで現在確実にインド・ヨーロッパ語として解釈できるのは〈日中の光〉〈大空〉を意味する語に由来するゼウスだけであり,いかにもギリシア的な光明神アポロンさえギリシア語としては解釈できず,したがって大方の神名は先住民より受け取ったものと考えざるをえない。まとまった物語を見ても,デウカリオン夫婦を除く全人類を滅亡させた大洪水神話は〈ノアの方舟〉と同工異曲であって,地理的条件からギリシア本来のものとは考えられず,やはりメソポタミア起源であろう。…
…【内田 英治】
【神話,伝承】
北欧神話によれば,太古に神々の王オーディンが,弟のビリとベーの2神と協力して巨人ユミルを殺し,その死骸から宇宙を創造したときに,雲はこの〈世界巨人〉の脳髄から造られた。 ギリシア神話では,雲は,最高神ゼウスが持つアイギスという山羊皮の楯によって,自在に集められたり散らされたりする。この〈雲楯〉をゼウスは,彼より前に世界を支配していた神々のティタンたちと戦ったときに,自分がその乳で養われた牝山羊アマルテイアの皮を剝いで造ったといわれる。…
…ギリシア神話で,天空神ウラノスと大地女神ガイアの子。ティタン神の末弟で,ゼウスの父。ウラノスが子らを冥府タルタロスに押し込めたことを恨んだガイアから大鎌を与えられ,父神の陽物を切り落としてその王権を奪った。…
…制作,上演年代不詳。巨人神プロメテウスは人間に火を与えたかどで主神ゼウスの怒りをかい,スキュティアの岩山に縛られるが,自己の正義を主張し毅然としてゼウスの暴力に反抗する。そのため彼に同情を寄せる合唱隊,オケアノスの娘らとともに奈落に突き落とされる。…
…英雄ペルセウスの母。ダナエの生む子は祖父を殺すであろうとの神託がアクリシオスにあったため,彼女は父王によって青銅の部屋に閉じ込められていたが,ゼウスが黄金の雨に身を変じて彼女を訪れ,やがてダナエはペルセウスを生んだ。困惑した王はダナエ母子を箱に入れて海に流すと,箱はセリフォス島に漂着し,二人は島の王ポリュデクテスPolydektēsの弟に保護された。…
…スパルタ王テュンダレオスTyndareōsの妃レダの子で,ヘレネ,クリュタイムネストラの兄弟。父に関しては,ゼウス(ディオスクロイとは〈ゼウスの息子たち〉の意)とも,テュンダレオスとも,あるいはまた,白鳥の姿に変じたゼウスがレダと交わったあと,レダは夫とも同衾したので,ゼウスの種からはポリュデウケスとヘレネが,テュンダレオスの種からはカストルとクリュタイムネストラが生まれたともされる。この兄弟はイアソンを指揮者とするアルゴ船の遠征(アルゴナウタイ伝説)に参加したあと,叔父アファレウスAphareusの子のイダスIdasとリュンケウスLynkeus兄弟の許嫁であった2人の娘をさらったため,あるいはイダス,リュンケウス兄弟と4人で奪った牛の分配をめぐって争ったため,カストルがイダスに殺された。…
…バッカスはその英語読み。 神話では,彼はゼウスとテーバイ王カドモスの娘セメレSemelēの子とされ,人間の女を母とする彼がオリュンポスの神々の列に加わるまでの経緯が次のように語られる。ゼウスに愛されて子を宿したセメレは,これを嫉妬(しつと)したゼウスの妃ヘラに欺かれ,雷電をもつゼウスに神本来の姿で訪れるよう願ったため,その雷にうたれて焼け死んだが,ゼウスは彼女の胎内から嬰児(えいじ)を取り出し,みずからの腿(もも)に縫い込んで月満ちるのを待った。…
…オリュンポスの神々がガイア(〈大地〉)の子たるティタン神族およびギガンテスを征服したとき,怒ったガイアが最後に生んだ子で,天にも届く背丈,伸ばせば世界の東西の涯にも達する両腕,百の蛇の頭,火を放つ目をもち,腿(もも)から下は巨大な毒蛇がとぐろを巻いた形をしていた。この恐るべき怪物は天に攻め寄せたが,ゼウスは遠くは雷霆(らいてい)を放ち,近くは金剛の鎌で打ってこれと闘い,最後はシチリア島に逃げたところをエトナ山を投げつけ,その下に押しこめた。エトナ山の噴火は,この重圧を逃れんとするテュフォンのしわざであるという。…
…デウカリオンの父。ヘシオドスの《神統記》によれば,かつて神々と人間が犠牲獣の分け前をめぐって争ったとき,彼は牛の骨を脂肉で包んだものと,肉と内臓を皮に包んだものをつくって,いずれを取るかゼウスに選ばせた。するとゼウスは前者に手を出したため,以後,犠牲獣の美味な部分は人間が食する定めとなった。…
…ローマ神話のウルカヌスVulcanus(英語ではバルカンVulcan)にあたる。ホメロスによれば,ゼウスとその妃ヘラの子。しかしヘシオドスの《神統記》によれば,独力で女神アテナをもうけたゼウスに対抗して,ヘラがひとりで生んだ子。…
…ローマ人からはメルクリウスMercurius(英語ではマーキュリーMercury)と同一視された。ゼウスと巨人神アトラスの娘マイアMaiaの子としてアルカディア地方のキュレネ山の洞穴で生まれた彼は,誕生早々,ゆりかごを抜け出してアポロンの飼っていた牛の群れを盗み,足跡を消すために牛にわらじをはかせて洞穴へ連れ戻った。また亀を見つけると,その甲羅に牛の腸の筋を張って竪琴を発明した。…
…豚飼いのエウマイオスは乞食の老人(オデュッセウス)をできるかぎりもてなす。〈よその人も物乞いもみんなゼウス様がよこされた者で,施しはたとえわずかでも,わたしたちのような者からのは,うれしいものなのだ〉(《オデュッセイア》)。神は旅人に姿を変えて人々の間に姿を現すもので,とくにゼウスは旅人の神と考えられた。…
…英語読みではジュピター。ギリシア神話のゼウスと同一視された。その名はDieu pater(〈父なるディエウス〉の意)がつづまったもので,本来は,ゼウスと同じく,インド・ヨーロッパ語系諸族の天空神であるが,そこから進んでさまざまの気象現象をつかさどる神,さらには人間世界の動向をも定める神となり,ついには国家としてのローマの命運を支配する最高神として崇拝を集めるに至った。…
…2女ヘレネ,クリュタイムネストラと2男ポリュデウケス,カストルの母。白鳥の姿に変じて言い寄ったゼウスと交わったあと,夫とも同衾したレダは,1個または2個の卵を産み,その卵からゼウスの種としてヘレネとポリュデウケスが,テュンダレオスの種としてクリュタイムネストラとカストルが生まれたという。ただし,カストルの父親もゼウスである(ポリュデウケスとカストルの2人は一般にディオスクロイ(ゼウスの息子たち)と呼ばれる)とか,クリュタイムネストラだけは普通に生まれたとか,またヘレネの実の母親は復讐の女神ネメシスで,鵞鳥の姿に変じた彼女が白鳥姿のゼウスと交わって卵を産み,それをレダがかえして,生まれたヘレネをみずからの娘として育てたとかの異伝が多い。…
※「ゼウス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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