日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
アブドゥル・ラフマーン・シャルカーウィ
あぶどぅるらふまーんしゃるかーうぃ
‘Abd al-ramān al-šarqāwī
(1920―1987)
エジプトの小説家。ナイル・デルタの一郭、ムヌーフィヤ県に生まれ、農村で幼、少年時代を過ごす。初め詩作に向かったが、やがて散文に転じ、処女作『大地』(1954)によって小説家としても名声を勝ち得、以後長編小説を発表している。『空(むな)しい心』(1958)、『裏通り』(1959)、『農民』(1968)などのほかに、1966年初めに上梓(じょうし)された戯曲『ジャミーラの悲劇』がある。その作品には、左翼作家としてのイデオロギーが色濃く表れ、農村を舞台にした社会問題小説という性格がみられる。エジプトの近・現代文学史上、彼はつねに『大地』の作者として語られるが、この作品は、悪政で名高いシドキー政権下における農民の赤裸々な姿と、その生活とを水争いというドラマを中軸に据えて描いたもの。初め新聞に連載されたが、しだいに反響をよび、単行本となった。それまで人間視されることのなかった農民の実像を浮かび上がらせ、農民ばかりでなくエジプト人全体の覚醒(かくせい)を促した功績は大きい。また農民の生活慣行がつづられ、文字を知らぬ農民が彼らの生活言語で語る部分がふんだんにあるため、農民のメンタリティを知るうえでも好個の書であり、デルタの農村への貴重な入門書という面ももっている。
[奴田原睦明]
『奴田原睦明訳『大地』(1979・河出書房新社)』