アメリカン・サイアナミッド(読み)あめりかんさいあなみっど(英語表記)American Cyanamid Co.

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

アメリカン・サイアナミッド
あめりかんさいあなみっど
American Cyanamid Co.

アメリカの元大手化学・医薬品会社。化学事業を1993年にサイテック・インダストリーズCytec Industries Inc.として分離、医薬・農薬事業は1994年アメリカン・ホーム・プロダクツ(略称AHP、2002年ワイス改称)に買収され、うち農薬事業は2000年BASFに売却された。

 アメリカン・サイアナミッドは、1907年ウォッシュバーンFrank Sherman Washburnにより設立され、ドイツから化学者フランク・カロ特許を導入して、カナダのオンタリオ州ナイアガラ・フォールズで石灰窒素の生産を開始した。以後、リン酸肥料など農業分野で事業を拡大したが、1920年代から1930年代にかけて研究開発や企業買収により尿素樹脂塗料可塑剤染料製紙用化学品、有機酸、火薬、医薬、繊維加工補助剤など特殊化学品やファインケミカルの分野に進出した。なかでもレダリー・ラボラトリーズの買収(1930)は、1948年の抗生物質「オーレオマイシン」の開発などにより、世界的な医薬品事業展開につながった。

 1950年代から1960年代にかけても、メラミン積層板などプラスチック成型品メーカーのフォーマイカ社買収をはじめ、石油化学やアクリル繊維進出、トイレタリー製品メーカーの買収など多角化を進めた。しかし、1970年代から周辺事業の整理に着手、1985年フォーマイカ・ブランドの大部分を売却、リン酸塩など化学事業や肥料事業からの撤退を進め、医薬・農薬への資源集中を図った。1993年、化学・樹脂・繊維事業をまとめた子会社サイテック・インダストリーズを分離、医薬・農薬中心のライフサイエンス企業へ転換したが、1994年アメリカン・ホーム・プロダクツに買収された。

 日本でも、1953年(昭和28)武田薬品工業との折半出資による日本レダリー(1998年に日本ワイスと統合して日本ワイスレダリーとなり、2003年ワイスと改称)を設立しているほか、三井東圧化学(現、三井化学)との折半出資による三井サイアナミッド(1976年設立。1994年三井サイテック、のちにサイテックとの合併を解消し、2006年MTアクアポリマーと改称)などの子会社を有した。

[田口定雄]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

アメリカン・サイアナミッド
American Cyanamid Co.

アメリカ合衆国のかつての総合化学会社。 1907年設立とともに,ドイツから特許を得て空中窒素の固定,石灰窒素の生産を開始。 1916年アモ・フォスを吸収して窒素,リン酸肥料分野へ進出,さらに合併を繰り返しながら尿素樹脂,タール製品,メラミン樹脂,医薬品分野へ進出した。事業内容は農業部門 (肥料,殺虫剤,除草剤,飼料など) ,化学部門 (重化学品,水処理薬品,アクリロニトリル,メラミン,爆薬,製紙・鉱業用製品など) ,有機化学部門 (触媒,染料,プラスチック添加剤,合成ゴムなど) ,合繊部門 (アクリル,ポリエステル繊維) など,数千種類の製品に及んだ。 1930年にレダリー研究所を買収,抗生物質オーレオマイシンなどを開発した。 1990年消費者製品部門シャルトンを売却。 1994年医薬品メーカーのアメリカン・ホーム・プロダクツ (→ワイス ) に買収され,その傘下に入った。

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