日本大百科全書(ニッポニカ) 「アルツハイマー病」の意味・わかりやすい解説
アルツハイマー病
あるつはいまーびょう
Alzheimer disease
大脳の変性を原因とし、認知症の原因としてもっとも多い疾患。ADと略称される。本疾患名は、最初に本症を報告したドイツ人医師アルツハイマーAlois Alzheimer(1864―1915)に由来する。
認知症の原因となる疾患は70以上もあるといわれるが、アルツハイマー病はその3分の2程度を占め最多と考えられている。また、本来アルツハイマー病とは60歳(もしくは65歳)以下で発症するいわゆる若年性のものをさしたが、最近ではそれ以上の年齢で発病する「アルツハイマー型認知症」も含めてアルツハイマー病とよばれることが少なくない。したがって本稿でも両者を区別せず「アルツハイマー病」として解説する。
[朝田 隆 2023年5月18日]
概要
アルツハイマー病では多くの症状がみられるが、記憶などの「認知機能の障害」、BPSDといわれる「行動・心理症状」、そして排泄(はいせつ)や着脱など「日常生活動作の障害」と大きく3分類できる。アルツハイマー病は徐々に進行するが、直接的な死因になることはない。治療には、これまで症状の進行を遅らせる治療薬が用いられてきたが、近年では根本治療薬(正式には疾患修飾薬という)の開発に世界中でしのぎが削られている。
なお、アルツハイマー病を含めた認知症患者の介護者はときに大きな負担を強いられることから、患者本人にも介護者にも介護保険のサービスなどによる支援が重要であることが知られている。
[朝田 隆 2023年5月18日]
疫学
厚生労働省の全国調査によれば、2012年(平成24)10月時点で、65歳以上の人口における認知症の有病率は15%で、総数は462万人と推定された。予備軍である軽度認知障害(MCI)の人の数をあわせると、65歳以上の人口の3割にあたると考えられた。また認知症者の8割は80歳以上であり、その8割は女性であることも重要である。なお、認知症の最大の危険因子は加齢であり、65歳以降、年齢が5歳あがるごとに認知症の危険性は倍増していく。したがって90歳を超えると50%以上の確率で認知症に罹患(りかん)することになる。それだけに、今後さらに平均寿命が延びれば認知症者もさらに増加すると考えられている。なお、ここにあげたのは認知症全体での数字である。既述のように、認知症の3分の2がアルツハイマー病なので、アルツハイマー病に限れば、上記の数字の3分の2ととらえればよいだろう。
[朝田 隆 2023年5月18日]
原因
アルツハイマー病の病因はいまだ不明ながら、患者の脳に多くみられる二つの物質が注目されている。まず「アミロイドβ(ベータ)(Aβ)」とよばれるタンパク質である。Aβがその前駆タンパクから切り出され、それらが集まってオリゴマーという段階を経て、雪だるま式に大きくなる。ついには老人斑(はん)とよばれる塊として脳内に凝集する。またこのプロセスに続発して、リン酸化された「タウ」(タンパク質)から構成される神経原線維変化(NFT)を生じるが、そこから脳の神経細胞死へ至るとも考えられている。したがって開発中の疾患修飾薬の多くはAβとタウを治療標的にしている。
[朝田 隆 2023年5月18日]
診断
臨床では、医師の診察を基本に、世界的に確立した診断基準等にのっとって診断がなされる。診断の要点は「進行性の認知機能低下により生活の自立が困難になること」である。検査としては、記憶力など神経・心理学的な検査、またMRIや脳血流などをみるための脳画像検査等が重要である。加えて、バイオマーカーとよばれる脳脊髄(せきずい)液中のAβ減少やNFTの増加等が重視され、これらが認められると診断の確度が高まる。なお、確定診断は死後脳の病理学的検査を行う以外に手段がない。
[朝田 隆 2023年5月18日]
経過
アルツハイマー病の臨床経過は、初期・中期・後期に分けて論じられる。初期の特徴は健忘、中期ではBPSD、後期は寝たきりなど身体機能の低下とまとめられる。なお近年では、根治療法となる可能性を有する薬剤の出現により、それらの有効性があると考えられる前駆期(初期よりも前の段階)や、さらにその前段階も注目されている。
初期から死亡までの経過年数について、近年の世界的なデータでは平均で7~6年と報告されている。
[朝田 隆 2023年5月18日]
治療
薬物療法
これまでアルツハイマー病に用いられてきた薬剤は「対症療法薬」とよばれ、4種類あり、コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)とNMDA受容体拮抗薬(メマンチン)に分けられる。いずれも症状の進行を遅らせる働きをもつ。
「疾患修飾薬」としては、アメリカでは2021年にアデュカヌマブが、2023年にはレカネマブが承認された。これら2剤はいずれもAβを治療標的にした薬剤である。日本でも2023年(令和5)1月にレカネマブについて国に承認を求める申請が行われ、9月に承認された。
非薬物療法
根治が期待できる薬物療法が存在しない現状では、効果的な非薬物療法(心理・社会的な治療アプローチ)により薬物療法を補って治療効果を高める必要がある。
アルツハイマー病を含む認知症への非薬物療法の標的は、認知・刺激・行動・感情の四つに分類される。それぞれ、リアリティオリエンテーション(現実見当識訓練)、芸術療法、行動療法、回想法などの具体的なアプローチが行われている。
[朝田 隆 2023年10月18日]
介護
認知症の介護とは、患者と介護者が相互に反応しあう過程である。それを踏まえて、どのようにして患者と家族に平穏な生活をもたらすかが認知症医療の大切な課題である。まず、ケアの場面で介護者に求められる基本的な態度としては、「簡潔な表現や指示」「穏やかで支持的な態度」「当事者ができないことに直面させないこと」などがある。また、介護保険制度によるさまざまなサービスが重要だが、デイ・サービスやショートステイ、またホームヘルパーなどの活用がその代表的な例である。加えて、家族会や当事者の会が重要だという認識が高まっている。
[朝田 隆 2023年5月18日]