デジタル大辞泉
「認知症」の意味・読み・例文・類語
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認知症
さまざまな脳の病気で神経細胞の働きが悪くなって認知機能が低下し、日常生活に支障が出る状態。最も多いアルツハイマー型では異常なタンパク質 が脳に蓄積し、物忘れや判断力の衰えといった症状が現れる。ほかに脳血管性や前頭側頭型、幻視や手足の震えが特徴のレビー小体 型などがある。65歳未満で発症する若年性患者もいて就労継続などが課題となっている。
更新日:2024年5月8日
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にんち‐しょう‥シャウ 【認知症】
〘 名詞 〙 「ちほう(痴呆)② 」に変わる呼称。平成一六年(二〇〇四 )よりこの語に改められた。医学上の用語としては「痴呆(ちほう) 」が使われる場合もある。
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認知症 にんちしょう dementia
後天的な原因により認知機能が障害された結果、自立した生活ができなくなった状態。加齢とともに患者数が増加するため、高齢化が進む現在、世界中で注目されている。とくに日本における高齢化率は2022年(令和4)時点で世界でもっとも高いだけに、認知症への対応は喫緊の課題となっている。
なお、「認知症」は2004年(平成16)まで「痴呆(ちほう)」という名称が使われていたが、これは侮蔑的な表現であり、実態を正確に表しておらず、早期発見・早期診断等の支障となっているとして厚生労働省により病名が変更された。
[朝田 隆 2022年9月21日]
世界的に有名な認知症の定義はいくつかある。しかしいずれにも共通するのは、「後天的な認知機能の低下によって、自立して日常生活や仕事ができなくなった状態」とする点である。
[朝田 隆 2022年9月21日]
認知症の経過は普通、前期・中期・後期に分けられる。最近では、前期の前に前駆期としての「軽度認知障害」(mild cognitive impairment:MCI)という概念が置かれて注目されている。注意すべきは、MCIは軽い認知症という意味ではなく、軽度認知症の前の「予備群」だということである。
こうした段階別分類は、認知症の定義にある「生活の障害」という観点からなされる。自立した生活がわずかな支援だけで可能なら軽度(前期)、全面的な支援が必要なら重度(後期)とされる。中期はその中間である。なおMCIは、不具合ながらもなんとか自分でやれる段階である。
認知症になってどれぐらい生きられるかについてはさまざまな説があるが、これに対する回答はないだろう。なぜなら、何歳のときに認知症になるかがポイントとなるためである。50歳代で発症すれば余命30年もありうるし、90歳代なら数年が多いであろう。一般論として、認知症になればそうでない者より余命は短くなる。しかし最近では、小幅ながら余命は延びているという報告もある。なお日本では、認知症は死亡原因になる疾患としては扱われない。
[朝田 隆 2022年9月21日]
2012年の厚生労働省による全国調査においては、認知症の人が462万人、その予備軍であるMCIが400万人とされた。この時点で、65歳以上の全人口の15%程度が認知症であると考えられた。なお2025年には認知症者は675万人程度に達すると推定されている。
また認知症になる危険性は、65歳以降、年齢が5歳あがるごとに倍増することが知られている。たとえば、65~70歳であれば100人に2人だが、これが90歳を超えると60%以上の人が認知症ということになる。
[朝田 隆 2022年9月21日]
認知症には遺伝性があるものもないものもある。認知症をもたらす原因疾患は多く、70以上あるともいわれ、一般にも広く知られた病名である「アルツハイマー病 」はその一つに過ぎない。認知症をもたらす疾患にはアルツハイマー病以外にも、血管性認知症 、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性症 などがある。これらはよく四大認知症といわれるが、実際、認知症の原因の9割以上を占める。日本では以前は血管性認知症がもっとも多いとされていたが、近年ではアルツハイマー病に置き換わっており、認知症の原因の約3分の2がアルツハイマー病だとされる(なお「アルツハイマー病」が基本的に65歳未満で発症した例を意味するのに対し、65歳以上で発症した例を「アルツハイマー型認知症」とよんで区別することがある。ただし一般には二つをまとめてアルツハイマー病とすることが多いので、本稿も両者を区別せず「アルツハイマー病」と表記している)。
認知症が生じる原因は脳の神経細胞死である。原因となる疾患に特徴的な脳内の構造物(たとえば、アルツハイマー病なら「アミロイド 」、レビー小体型認知症なら「レビー小体」とよばれる物質)が脳に蓄積していく過程で細胞死が起こる。また脳血管が破れたり詰まったりすることでも神経細胞が殺傷されてしまう。
[朝田 隆 2022年9月21日]
診断の基本は、記憶や実行機能あるいは言語などの認知機能が、どれか一つでも本来のレベルから低下したことで、生活に支障をきたしていることの確認である。そしてMRIなどの脳画像検査や、バイオマーカー といわれる血液や脳髄液中の物質測定などは、診断上の副次的なものと位置づけられる。なお、こうした認知症疾患の当事者の家系では、遺伝要因があるもの、ないもの、また不明なものがある。原因遺伝子がわかっている疾患では、遺伝子検査が確定診断につながる。
ポイントになる認知機能を評価するためには、神経心理学的なテストが用いられる。簡便なスクリーニング (認知症の可能性がある人の検出)用としての「長谷川式簡易知能評価スケール 」や「ミニメンタルステート検査 」は有名である。もっとも、厳密な診断ではより詳細なテストが求められる。いずれであれ、各々のテストの基準得点と個人の得点の比較に基づいて機能を評価する。
[朝田 隆 2022年9月21日]
認知症ではさまざまな症状がみられる。これらを便宜的に「認知機能の低下」、「日常生活動作(activity of daily living :ADL)の障害」、そして「行動・心理症状(BPSD)」に3分するとわかりやすい。認知機能とは、いわゆる知能である。たとえば、記憶力、注意力や視空間能力などがある。歩くこと、排泄(はいせつ)すること、また食事をすることなどの日常的な動作をまとめてADLという。また、BPSDは従来「行動障害」ともよばれたものであり、認知症でみられる暴言や暴力、そしてうつなども包括した概念である。
[朝田 隆 2022年9月21日]
治療法には「薬物療法」と「非薬物療法」がある。薬物療法で用いられる治療薬は、いわゆる根本治療薬とほぼ同じ意味をもつ「疾患修飾薬」と、症状に応じて用いられる「対症療法薬」とに分けられるが、2022年現在、認知症に対して日本で得られるのは後者のみである。アルツハイマー病についていえば4種類の薬が使える。しかしこうした薬によって、認知症が治るわけではない。あくまで進行を遅らせたり症状を軽くしたりするにすぎず、疾患修飾薬として日本で認可されたものはまだない。
非薬物療法としては認知機能訓練や芸術療法、また作業療法等がある。なお介護保険のデイ・サービスなどもとくにADLの悪化を防ぐうえで有用なことが知られている。
[朝田 隆 2022年9月21日]
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にんちしょう【認知症】
《どんな病気か?》
〈認知症には脳血管性認知症とアルツハイマー型認知症がある〉
中年をすぎると、脳細胞や神経細胞も老化してきます。そのために、もの忘れ、不眠などが目立つようになり、動作も緩慢になってきます。
これは生理的な変化で、多かれ少なかれだれにでも起こることです。しかし、脳・神経細胞の衰えから病的な変化が現れることもあります。
その代表が認知症やパーキンソン病 です。
認知症は健忘をおもな症状とし、知的機能が徐々に低下していく病気で、大きく2つのタイプにわかれます。
1つは脳血管性認知症で、脳梗塞(のうこうそく) や脳卒中(のうそっちゅう) の発作(ほっさ) などにより脳が障害を受けて起こるものです。
もう1つは、脳などに障害がなく、原因がわからないアルツハイマー型認知症です。脳血管性認知症が急速に発症するのに対し、アルツハイマー型認知症は段階的に症状が進行していきます。
最初は、今日が何日か、といった時間の感覚が失われ、しだいに自分がいる場所もわからなくなります。さらには幻覚や妄想(もうそう) が現れ、社会生活や日常生活にも支障をきたすようになります。
従来、日本では認知症の6割が脳血管障害によるもので、アルツハイマー型は3割程度とみられていましたが、近年は脳血管障害だけによる認知症はそれほど多くないと考えられています。
最近の研究では、脳内のアセチルコリン という神経伝達物質 の減少がアルツハイマー型認知症の発病に関係していることがわかってきました。また、この病気の人にみられる脳・神経細胞の萎縮(いしゅく) や脱落は、活性酸素の害が影響をおよぼしているとも考えられています。
<だれにでもできる簡単ぼけテスト>
◇診断方法
問題は正解に対して1点。
問題4は、1つの言葉に対し、それぞれ各1点。
問題6、8、9は正解に対し、それぞれ各1点。
総得点は、30点。
20点以下=認知症症を疑ってみたほうがいいでしょう。
10点以下=かなり進んだ知能低下を意味しています。
明らかに認知症症の疑いがある場合はまず認知症専門医のいる病院で受診しましょう。
また、最寄りの自治体の高齢者福祉課などでも、相談を受け付けています。
●問題1 お歳はいくつですか?
(2年までの誤差は正解とする)
●問題2 今日は何年の何月何日ですか? 何曜日ですか?
(年、月、日、曜日が正解でそれぞれ1点ずつ)
●問題3 私たちがいまいるところは、どこですか?
(自発的にでれば2点、5秒おいて、家ですか? 病院ですか? 施設ですか? のなかから正しい選択をすれば1点)
●問題4 これから言う3つの言葉を、よく覚えておいてください。あとで聞きますので、言ってみてください。
(以下の2系列のいずれか1系列で、採用した系列に○印をつけておく)
1:a)桜 b)猫 c)電車
2:a)梅 b)犬 c)自動車
●問題5 100から7を順番に引いてください。
(100-7は? それからまた7を引くと? と質問する。最初の答が不正解の場合、打ち切る)
正解;93、86
●問題6 私がこれから言う数字を逆から言ってください。
(6-8-2、3-5-2-9を逆に言ってもらう、最初の3桁逆唱に失敗したら打ち切る)
正解;2-8-6、9-2-5-3
●問題7 先ほど覚えてもらった(問題4の)言葉を、もう一度言ってみてください。
(自発的に回答があれば各2点、もし回答がない場合、以下のヒントを与え、正解であれば1点) a)植物 b)動物 c)乗り物
●問題8 これから5つの品物を見せます。それを隠しますので、何があったか言ってください。
(時計、鍵、タバコ、ペン、硬貨など必ず相互に無関係なものを使用する)
●問題9 知ってる野菜の名前を、できるだけ多く言ってください。
(答えた野菜の名前を記録する。途中でつまり、約10秒待っても答えない場合にはそこで打ち切る)
1~5個=0点、6個=1点、7個=2点、8個=3点、9個=4点、10個=5点
(改訂版長谷川式簡易知能評価スケールより)
〈パーキンソン病は脳内伝達物質のアンバランスで起こる〉
一方、パーキンソン病というのは、運動を調整する脳の機能が障害を受けて起こるものです。ふるえ、筋肉のこわばり、動作の緩慢といった症状がみられ、ちょっと押されても転倒してしまいます。
原因は神経伝達物質であるアセチルコリンとドーパミン のバランスのくずれにあります。
運動調節はこの2つの物質がバランスをとることでスムーズに機能しますが、パーキンソン病の人は、ドーパミンがつくられなくなり、相対的にアセチルコリンの量がふえて症状が現れます。
《関連する食品》
〈臨床実験で有効と認められたDHA、ギンコライド〉
○栄養成分としての働きから
まず認知症の予防や改善に効果のあるものから紹介していきましょう。
イワシ、サバなど背の青い魚の脂(あぶら) に多く含まれているDHA(ドコサヘキサエン酸 )は、脳血管の入り口にある血液脳関門 を通過できる性質があり(血液中のすべての成分が脳に入れるわけではないのです)、脳や神経系への薬理作用が認められています。実際に認知症の患者さんに使用したところ、症状が改善されたという臨床試験の結果があります。
またDHAは、血液を流れやすくするので、脳血管性認知症の原因となる脳梗塞などの予防にも有効です。マグロやイワシなどに多く含まれるIPA(イコサペンタエン酸 )にも同様の作用があり、脂の多い魚は、まさに“健脳食”の代表です。
イチョウの葉やギンナンに含まれているギンコライドも、認知症への効果が期待されている成分です。ドイツではすでに認知症の治療薬として認可されているほか、アメリカでもアルツハイマー型認知症に対する効果が研究されているそうです。
ギンコライドには、脳のエネルギーのもとになるブドウ糖濃度を高め、有害な乳酸の濃度を下げる、脳の末梢血管(まっしょうけっかん) を広げる、血液の流動性を高める、活性酸素の害を防ぐなどすぐれた働きが多数あり、日本ではイチョウ葉エキス として健康食品店などで売られています。
ダイズ製品、卵黄、チーズ、レバーなどに含まれているレシチンは、記憶力や認知能力にかかわる神経伝達物質アセチルコリンの材料となる成分です。レシチンを摂取することで、加齢とともに減少しがちなアセチルコリンを補給でき、アルツハイマー型認知症の予防や治療に有効です。
〈パーキンソン病にはビタミンB6 、トリプトファン が有効〉
脳や神経系の働きにかかわるビタミンB6 、B12 、葉酸(ようさん) などのB群も不足しないように気をつけましょう。認知症の人は、とくにB12 と葉酸が不足している傾向にあり、これらを補給することにより、症状が軽くなったという報告もあります。
また、ビタミンB6 は神経伝達物質ドーパミンの合成にかかわっており、ドーパミンが不足して起こるパーキンソン病に有効です。B群はそれぞれ連携して働くので、まんべんなくとることがポイントです。ビタミンB6 はマグロ、サンマ、ビタミンB12 はアサリやカキ、葉酸はレバー、ホウレンソウ に多く含まれています。
パーキンソン病では、たんぱく質に含まれるトリプトファンやフェニールアラニン も、ドーパミンをつくる働きがあり、病気の予防に役立ちます。どちらも肉類、魚類、たまご、牛乳などに多く含まれています。
ほかに抗酸化作用 のあるビタミンCやEも脳の老化予防に欠かせない成分で、認知症とパーキンソン病の両方に効果があります。
ビタミンCは、キウイ、パパイア、ビタミンEはカボチャやナッツ類に豊富です。なおビタミンEは、Cの抗酸化作用をより高める働きもあるので、ぜひ合わせてとりましょう。
出典 小学館 食の医学館について 情報
認知症 にんちしょう Dementia (お年寄りの病気)
「痴呆」という用語は、以前から学術用語として一般に使われてきた言葉です。しかし、高齢化社会 になってこの言葉が広く使われるようになると、これが差別用語的であって一般には使いにくいという声が聞かれるようになりました。似たような言葉として「ボケ」という言葉も使われますが、これはもっと漠然とした状態を指しており、しかも使い方によってはやはり差別用語的になる場合があり適当な言葉ではありません。
そこで2004年に厚生労働省では委員会を設けてこの問題の検討を依頼しました。しかし「痴呆」という用語は学術用語ですから、本来専門の学会が審議すべき問題なので、ここでは行政用語として「痴呆」に代わるよい呼び方を審議するということを目的としていたわけです。その結果、行政用語としては「痴呆」という言葉を使わずに「認知症」という言葉を使うこととしました。そして新聞・放送などの一般のマスコミでもこの言葉を使用してほしいと要請しました。
しかし「認知症」は、専門の学会とは無関係に厚生労働省の委員会が提唱した用語にすぎず、学術用語としてはなじまない異質な言葉でもあったために、学会ではしばらくこの用語を用いませんでした。ところがマスコミが盛んにこの言葉を使って世間的にも広まったために、これを使わざるをえなくなりました。
「認知症」はこのような経緯で生まれて使われるようになった言葉なので、学術用語として古くから使われ、その定義や診断基準などが確立されてきた「痴呆」という言葉に比べて曖昧 ( あいまい ) な点があることは否めません。しかし「痴呆」の代わりに使われるようになった言葉なので、同義語として考えてよいと思われます。
したがって次のような「痴呆」の特徴、すなわち「正常に発達した知能が脳の後天的な障害によって正常なレベル以下に低下した状態」を指し、「知能の発達がもともと悪い状態(知的障害 )とは区別が必要であること」、「意識障害、統合失調症 、うつ病 などや、記憶障害のみの健忘とも区別されるべきであること」という特徴をもつことは当然です。
もっと厳密にいうならば、従来の「痴呆」という用語の定義としてDSMⅣという基準における各痴呆性疾患に共通する項目として表3 のようなものがあげられてきましたが、認知症も同様な項目が満足されなければならないと考えます。
認知症 とはこのように病態を示す言葉であり、ひとつの疾患を指す言葉ではありませんので、この状態は多くの疾患で起こりえます。
主な疾患としては表4 にあげたようなものがあります。なかでも認知症が前景に出る代表的な疾患が、アルツハイマー病 であるといえます。
最も肝心なのは早期発見です。早期発見・治療によって認知症 にならずにすむこともあります。予防可能な認知症、治療可能な認知症などと呼ばれます。脳外科的疾患、たとえば正常圧水頭症 ( せいじょうあつすいとうしょう ) や慢性硬膜下血腫 ( まんせいこうまくかけっしゅ ) などによるものでは脳外科的手術で予防や治療ができます。感染症、内分泌疾患、代謝性疾患、中毒性疾患などによるものでも、各疾患の予防あるいは治療によって認知症になる前の予防も可能ですし、軽いうちならば治療もできます。ですから認知症になったからといっても、必ずしも不可逆的 ( ふかぎゃくてき ) (元の状態にもどらない)ということではありません。
しかし、原因が不明だったり、よい治療法がないか、あっても不十分な場合も残念ながらまだ多いのです。アルツハイマー病 の場合には、治療薬のドネペジル(アリセプト)を早期に使うと、ある期間はかなりの例に効果があることが知られています。しかし、残念ながら効果の程度もこれが効く期間も限度があります。
「キュア(治療)よりもケア(介護)」といわれるように、やはりケアが重要です。ケアの原則は患者さんの身になって、患者さんと「なじみ」になり、患者さんを叱らず、自尊心を傷つけず、説得よりも納得のケアを心がけることが大切です。
平井 俊策
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」 六訂版 家庭医学大全科について 情報
にんちしょう 認知症 dementia
認知症とは,いったん正常に発達した知能が後天的な脳の器質的障害により低下し,日常生活・社会生活に支障を来している状態である。これに対して,生来的な脳障害のために知能が十分に獲得されない状態は,発達遅滞ないし知的障害という。認知症とはもともと主に非可逆的で治療不可能な病態を指していたが,治療可能な認知症treatable dementiaの概念が広がっていること,代表的な認知症性の疾患であるアルツハイマー病Alzheimer's disease に対しても将来的には根治療法が夢ではないことから,必ずしも非可逆的で治療不可能という規定は適切ではなくなってきている。なお,アルツハイマー病の病名は,最初に症例報告を行なったドイツの医師アロイス・アルツハイマーAlois Alzheimerの名前に由来する。アルツハイマー病では脳に老人斑というアミロイドが沈着し,神経細胞内に糸くずのような神経原線維が出現する。それとともに大脳皮質の広範な萎縮が見られ,記憶をはじめとして知的機能や人格に著しい低下が見られる。
認知症は以前は「痴呆」とよばれていたが,2004年12月に厚生労働省が行政用語として呼称変更を決定し,今日では学術用語としても,あるいはマスコミや一般的な場面でも認知症という用語がほぼ定着している。ただし,「認知」という語をそのまま病名として用いることは適切ではないとして,心理学系・認知科学系の学会からは「認知失調症」という代案が提出された経緯がある。
臨床でよく用いられる現行の診断基準の一つである1990年の『国際疾病分類』第10版(ICD-10)では,「認知症は脳疾患による症候群であり,通常は慢性あるいは進行性で,記憶,思考,見当識,理解,計算,学習能力,言語,判断を含む多数の高次皮質機能障害を示す。意識の混濁はない。認知障害は,通常,情動の統制,社会行動あるいは動機付けの低下を伴うが,場合によってはそれらが先行することもある」と規定されている。このような認知症を来す病因は大きく神経変性疾患(変性性認知症degenerative dementia)と血管性認知症vascular dementia,その他に分けられる。神経変性疾患はアルツハイマー病以外に,レビー小体型認知症dementia with Lewy bodies(神経細胞に蓄積した異常な構造物,すなわちレビー小体が認知障害を引き起こすもので,幻覚が生じるのが特徴),前頭側頭型認知症frontotemporal dementia(ピック病Pick's disease 脳の前頭葉と側頭葉が萎縮することによって認知障害が起き,人格障害が生じることに特徴がある)などが挙げられる。血管性認知症は脳血管障害の様態によっていくつかの亜型に分類できるが,アルツハイマー病の要素を併せもつ混合型認知症が少なくない。そのほかの病因としては,甲状腺機能低下症などの内分泌疾患,クロイツフェルト-ヤコブ病や神経梅毒といった神経感染症,ビタミン欠乏症などの代謝性疾患,頭部外傷などが挙げられる。
認知症発症の最大の危険因子は年齢であるが,ほかに家族歴,遺伝子要因,動脈硬化性要因などがアルツハイマー病や血管性認知症の危険因子となる。主観的・客観的に記憶障害ないし他の認知機能障害を認めるが,日常生活能力はほぼ保たれ,認知症とはいえない状態を軽度認知障害mild cognitive impairment(MCI)とよぶ。MCIは認知症の前段階として重要だが,必ずしも認知症を発症するわけではない。
認知症の症状は,中核症状と周辺症状に分けられる。中核症状とは記憶や見当識,理解,計算,言語,判断など認知機能の障害である。中核症状を簡便に評価するスクリーニングテストとしては,改訂長谷川式簡易知能評価スケールとアメリカで開発されたミニメンタルステート検査mini-mental state examination(MMSE)がある。周辺症状は,認知症の行動-心理症状behavioral and psychological symptoms of dementia(BPSD)ともよばれ,さまざまな精神症状や行動障害を指す。
認知症の中核症状に対しては,根治療法といえる薬物はなく,現時点ではあくまでも対症療法にとどまる。アルツハイマー病の症状進行を遅らせるためには,アセチルコリンエステラーゼ阻害薬acetylcholinesterase inhibitor(知的機能に重要な神経伝達物質であるアセチルコリンの分解を阻害することにより,脳内のアセチルコリン量を増やす役割をもつ薬物)を用いることが広く行なわれている。今後はアルツハイマー病の病因とかかわるタンパク質のβアミロイドやタウを標的とした治療法の進展に期待がもたれている。認知症の周辺症状に関しては,それぞれの症状に対する対症療法として,さまざまな向精神薬や向認知症薬が用いられる。しかし,認知症に対する薬物療法は限定的で,現時点での治療の主体はむしろデイケア,デイサービス などの非薬物療法である。 →記憶障害 →認知
〔三村 將〕
出典 最新 心理学事典 最新 心理学事典について 情報
認知症 (にんちしょう) dementia
目次 認知症の種類 一度修得された知的能力が,後天的な脳の器質的疾患のため著しい低下をきたす状態をいう。これは発達段階の障害によって知能が低いままで止まる精神遅滞 と対比される。認知症(痴呆)を指す英語dementiaは,ラテン語のdemensに由来し,〈mens(精神,思考)が除かれる〉という意味である。認知症は知能低下のみでなく,感情面,意欲面の低下も伴うもので,高度になれば言語機能も低下する。一般的な老化に伴う〈ぼけ〉の場合は,知能低下の程度はより軽度であるので,いちおう急速に進行する病的な知能低下としての認知症と区別されている。認知症は一般には非可逆的であるが,進行麻痺による場合などは治療により多少改善されることもある。また,感情・意欲障害が治療により軽快すると,知能低下が多少改善される場合もある。
認知症の種類 認知症を示す疾患は種々あるが,40歳代で発病し急速に進行するものには初老期認知症(アルツハイマー病,前頭側頭型認知症(ピック病を含む))と65歳以上で発病する脳の変性疾患(アルツハイマー型認知症,レビー小体型認知症),および脳血管性認知症がある。また,30歳代で発病し,慢性進行性に経過するハンチントン舞踏病 ,50歳代に発病するパーキンソン症候群 などの変性疾患も認知症をきたす。特殊型では,パーキンソニズム認知症複合病(グアム島で発見された),進行性ミオクロヌスてんかん,脊髄小脳変性症 や進行性核上性麻痺などがある。脳の感染性疾患によるものでは,脳炎,髄膜炎,脳膿瘍,脳腫瘍,クロイツフェルト=ヤコープ病,クールー ,梅毒(脳梅毒,進行麻痺)等があげられる。また,脳血管障害では,脳血管性認知症が出現する。脳出血,脳梗塞(こうそく),脳動脈硬化,くも膜下出血,硬膜下出血などが原因となる。代謝性疾患では粘液水腫,肝脳変性疾患,下垂体機能低下,さらに中毒などによるウェルニッケ=コルサコフ症候群 (アルコール依存による),ペラグラ,一酸化炭素中毒,有機化合物中毒などでも認知症をきたす。外力による頭部外傷でもおこる。一般に脳の広範囲の器質障害に基づくもので,物忘れ,時間や場所の見当識障害が進行する。記銘力の低下,思考力,判断力,計算力の障害がしだいに進行する。過去の記憶も失われる。重症の認知症では,感情・意欲障害も加わり,人格水準が低下し,不潔や破衣行為もみられる。認知症の性質により,全般性(瀰漫(びまん)性)認知症と斑性認知症(まだら認知症)が区別される。
認知症は原則的には器質性認知症を指すが,犯罪者が拘禁時に示すヒステリー反応のガンザー症候群では,あたかも認知症者のようにみえる状態を示すことがあるが,本来の認知症とは区別される。クレペリンが名づけた早発認知症(今日の統合失調症)は情意障害のため認知症状にみえる状態である。また,てんかん性認知症の場合は,知能面の低下は軽いが性格や人格の変化が目だつもので,これも急速な知能低下ではない。失語症,失行症,失認症など部分的な脳障害による巣(そう)症状focal symptonはいちおう認知症とは区別される。また,一時的に過去の記憶を失ってしまう逆向健忘 も認知症とは異なる。 執筆者:加藤 伸勝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」 改訂新版 世界大百科事典について 情報
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認知症 にんちしょう dementia
脳の器質障害によって,いったん獲得された知能が持続的に低下・喪失した状態をいう。記銘力・記憶力・思考力・判断力・見当識の障害や,失行・失語,実行機能障害,知覚・感情・行動の異常などがみられる。原因疾患にはアルツハイマー病 ,ピック病 ,老年痴呆 ,脳血管障害 ,てんかん ,慢性のアルコール依存症(アルコール中毒 )などがある。発症時期によって,老年期認知症(65歳以上),初老期認知症(40歳~64歳),若年期認知症(18歳~39歳)と呼ばれる。厚生労働省は2004年,従来の「痴呆」ということばには侮蔑的な意味合いがあるとして,呼称を「認知症」に改めた。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
知恵蔵
「認知症」の解説
認知症
認知症とは加齢による記憶障害を主とした病気全般を指す。認知症には脳血管障害によるもの、アルツハイマー病、その他様々なものが含まれる。脳血管障害による認知症には、脳血管が詰まって起こる脳梗塞や血管が破れて起こる脳出血などが含まれている。脳血管障害による認知症では障害部位によって症状が異なり、単なる記憶力の低下だけではなく、めまい、しびれ、言語障害、知的能力の低下など様々な症状を示す特徴がある。アルツハイマー病は初老期の認知症の代表的なもので、脳が全体的に萎縮し、大脳皮質に特異な老人斑が現れて神経原線維に変化が起こる。まず記銘、記憶に障害が起き、特に新しい記憶の障害が目立つ。病気が進行すると、徘徊や多動傾向が見られ、昼夜逆転も生じる。人格が次第に崩壊し、感情の豊かさが失われ、やがて失語症や失認症などが起こる。原因は不明で、治療法は確立していない。
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」 知恵蔵について 情報