改訂新版 世界大百科事典 「アーガーハーン3世」の意味・わかりやすい解説
アーガー・ハーン[3世]
Āghā Khān Ⅲ
生没年:1877-1957
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…1905年のベンガル分割令に対する反対運動の中でアリーガル大学を中心としてムスリム独自の政党設立が試みられた。そうした政党結成に向けての運動の中で06年10月,大実業家のアーガー・ハーン3世を中心とするムスリム代表派遣団はイギリスの新総督ミントー(在任1905‐10)と会見,ムスリムの政治的権利を認めるように訴えた。総督はイギリス本国の分割統治の方針に基づき,国民会議派とは別のムスリム独自の政治的要求に好意的態度を示し,同年12月にダッカで連盟の創立大会が開かれたのである。…
※「アーガーハーン3世」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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