改訂新版 世界大百科事典 「イトスギ」の意味・わかりやすい解説
イトスギ (糸杉)
cypress
Cupressus
ヒノキ科の針葉樹。イトスギ属には約22種があり,ヨーロッパ,北アメリカ,アジアに分布する。日本は原産地ではないが,数種が栽培されている。葉はヒノキのような鱗状葉で,いずれも葉をもむと強い香りがある。花期は春。球果の種子は2年がかりで熟する。イタリアイトスギC.sempervirens L.(英名Italian cypress)の原産地は南ヨーロッパで,日本では枝切り用の種類としてしばしば栽培される。園芸品種としてピラミダリスPyramidalisは円錐形に,ホリゾンタリスHorizontalisは円筒形に樹形の整う系統があり,庭で列植して美しい。暖地ではよく生育する。アリゾナイトスギC.arizonica Greene(英名Arizona cypress)は葉が灰緑色で,アメリカ合衆国南東部の原産。やや寒い地方でも生育する。モントレーイトスギC.macrocarpa Hartweg(英名Monterey cypress)はアメリカ西部原産で,葉は鮮緑色で生長が早い。また葉色が黄金色のゴールデン・ピラーGolden Pillarなどの品種がある。
イトスギ類は水はけ,日当りのよいところならよく生育し,耐寒性の強さに応じて植栽する種類を選ばないと,寒害をうける。繁殖は通常実生,園芸品種の場合は挿木をおこなう。
執筆者:脇坂 誠
シンボリズム
イトスギはヨーロッパでは死の象徴である。また死に対する悲嘆の象徴にも使われる。例えば墓場にはイトスギが植えられているし,葬儀にはイトスギの小枝で棺が飾られ,場合によれば棺そのものがイトスギの材で造られる。イトスギがなぜ死と結びつけられたのかはよくわからないが,古代ギリシアのアドニスの祭儀にイトスギが使われたという事実が一つの答えになるであろう。アドニスはギリシア神話に出てくる美少年であり,植物の象徴であるが,このアドニスの死,つまり植物の枯死を嘆く祭に,葉の落ちない常緑のイトスギが使われた。そしてこれによって永生の願いが表されたのである。そしてこのイトスギはキリスト教の時代になっても,死だけでなく,死後の永生の象徴としても生き続けたのである。花言葉は〈死〉〈悲嘆〉〈不死の魂〉。
執筆者:山下 正男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報