イラン神話(読み)イランしんわ

改訂新版 世界大百科事典 「イラン神話」の意味・わかりやすい解説

イラン神話 (イランしんわ)

インド・ヨーロッパ語族のインド・イラン語派に属する言語を話す人びとは,古代において一方は東へ向かってインド亜大陸に至り,もう一方は西方へ南下してイランに定着することになった。したがって,イラン語による最初の文献アベスター中の神名・神話内容は,インドのベーダ文献(特に最古の《リグ・ベーダ》)に見られるそれと共通な点が多い。前2千年紀にさかのぼるインド・イラン共通時代には,神々はダエーバ/デーバ神群(/の後はサンスクリット語形)とアフラ/アスラ神群の2群に大別されていた。前者の神々は慈悲深く,人間的弱点をもあわせ持ち,戦士的,ときにディオニュソス的な性格を示す。一方後者は,人間に峻厳な,人知を超えた不可思議な力を備えた神々を指す。不死なる神々の天上世界と,死すべき人間の地上世界の両方を秩序づけるアルタ(真実)/リタ(天則)--アベスター語でアシャ--は,このアフラ/アスラ神群によって守護されている。ミスラ/ミトラと,《リグ・ベーダ》でこの神と1対をなすバルナがこの神群を代表する神である。ゾロアスター教の主神アフラ・マズダは,このバルナ神と同一起源のものであると推定される。インドでは,アフラ/アスラ神群が,仏教の阿修羅(アスラ)が示すように,悪神となったのに反して,イラン側ではまったく逆に,ダエーバ/デーバがすでにゾロアスター自身の教説において悪神とされている。このイラン,インド両神界に見られる最大の相違点を,ゾロアスターの宗教改革の結果に帰す学説がある。イランの宗教は,ゾロアスター教であれ,マニ教であれ,終末論的色彩の濃厚な,宇宙論を軸とする救済宗教である。以下,錯綜(さくそう)するイランの神話世界--古代においては神話とはしばしば教義と同一である--を,便宜上宇宙論と終末論に分けて概観する。

ササン朝期の中世ペルシア語文献によれば,イランの歴史的時間は1万2000年よりなり,これはさらに善神オフルマズド(アフラ・マズダの中世語形)と悪神アフリマンとの戦いの様相によって,四つの時期に等分される。この世界の初めにおいては,オフルマズドの上方の光明界とアフリマンの下方の暗黒界とは,虚空によって完全に分離されて存在していた。万物はこの〈第1の3千年紀〉には,メーノーグ(霊的・天上的・不可見)の状態であった。さて,オフルマズドはアフリマンの攻撃が不可避なことを察知して,それに勝利すべくまず物質世界〈ゲーテーグ〉の創造に着手する。〈第2の3千年紀〉の始まりである。次の〈第3の3千年紀〉は混交期(グメーニシュン)である。アフリマンがその軍勢を率いて,光明界への攻撃を開始する。彼らは天空を破って侵入に成功し,その結果水は塩水となり,地上はアフリマンの被造物である爬虫類でいっぱいになる。ここに善と悪,光と闇が混合し,混在することとなった。アフリマンはまず〈原初の牛〉を殺害する。その死体より植物が生じ,その精液は月に集められ,月光で清められて種々の益獣を生じた。次に〈原人(ガヨーマルト)〉が犠牲になる。地上に倒れたその身体より金属が生じる。精液は太陽の光で清められ太陽に保管されるが,3分の1は地上に落ちて,まずそれよりダイオウ(大黄)が生じ,やがてこの植物はイランのアダムとイブ,マシュエとマシュヤーネに変質する。アフリマンの攻撃により始動したこの3千年紀を区切るのは,3人の王者の統治である。アベスターによると,最初の千年はイマ・フシャエータ(インド神話のヤマ,仏教の閻魔えんま),現代ペルシア語ジャムシード)の支配する人類の黄金時代である。次の千年間は悪竜アジ・ダハーカの時代。最後の千年は,スラエータオナ(現代語形フェレイドゥーン)が悪竜を破って,王権の象徴たる光輪(フバルナ)を回復する。この〈原人〉以降スラエータオナに至る時代は,フィルドゥーシーの《シャー・ナーメ》にも受け継がれ,テーマとなっている。さて,〈最後の3千年紀〉の開始を告げるのは,ほかならないゾロアスターの誕生である。彼の出生後3000年にして人間の歴史は終焉(しゆうえん)する。この3千年紀の各千年ごとに,湖に秘匿されていた彼の精液より,その子が1人ずつ生まれ出る。その3人目,つまり最後の子息が〈真実の化身(アストバト・ウルタ)〉,通常サオシュヤントと呼ばれるこの世の救済者である。このサオシュヤントの概念は,ユダヤ教を通ってキリスト教にその救済者(メシア)像の原型を提供し,さらにイスラムにその〈隠れイマーム(マフディー)〉の理念を与えた。

アベスターによれば,人の魂は死後〈選別者の橋(チンバトー・プルトゥ)〉で,自分自身のダエーナー(宗教,意識)に迎えられる。義者(アシャバント,真実者)の場合にはダエーナーはこのうえなく麗しい乙女の姿であり,不義者(ドルグバント,虚偽者)のときは醜い老婆の形である。この橋は義者には大道であるが,不義者には剣の刃のように狭まる。前者はダエーナーの先導で橋を渡って天上の楽園(ガロー・ドマーナ)に至り,後者は渡りきれず地獄に落ちる。以上が,すでにゾロアスター自身の教説に見られる個別審判の記述である。ここで再びササン朝期の文献に戻れば,前述の人類の始祖の2人はまず水,ついで草木,ついで乳,最後に肉を食するようになった。人間は最後の3千年紀には,千年ごとのゾロアスターの子孫の生誕に合わせて,この逆に肉以下を控え,最後は水だけで肉体を維持するようになる。このようにして,第4の3千年紀(ビザーリシュン,善悪分離期)には,逆の順序で原初の状態への復帰が行われる。この世の終末は善・悪両軍の決戦で始まる。オフルマズドの勝利の後に,火によって溶かされた山々の金属が,溶鉱の川となって大地を流れ下る。復活した人類は全員がこの流れを渡らなければならない。すなわち,最後の審判,死直後の個別審判に対する総審判である。溶鉱は義者には温かい乳のように快適である。一方,不義者はその中で焼かれ苦しむが,4日目には罪を清められてよみがえる。流れが退いた後,山は消え去り,谷は埋めつくされて大地は平たんとなる。地獄は閉ざされ,アフリマンは永遠に無力化される。人類は,もはや罪業を持たないように,影を持たず,至福の存在を享受する。この待望される原初の状態への回帰は,アベスターではフラショークルティ,中世語形ではフラシャギルドと称される。
インド神話
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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