古代のインド・ヨーロッパ語族の間に伝えられた光、盟約、正義の神。インドでは最古の宗教的文献『リグ・ベーダ』にミトラとして現れ、バルナと一対の神としてたたえられている。ペルシアではゾロアスター教の聖典『アベスタ』やアケメネス朝の碑文などにミスラMithraとして現れる。これらは、オリエントに南下してくる前のインド・ヨーロッパ語族の故郷にまでミトラがさかのぼることを示している。しかし、ミトラの名を記すもっとも古い特定年代をもつ史料は、ボアズキョイ文書中の外交文書(前14世紀)である。そこではミトラは他の神々とともに条約の守護神としてあげられている。ペルシアではミスラは善と光の神アフラ・マズダーAhura Mazdāの陣営に属し、悪と闇(やみ)の神アフリマンAhrimanと戦うとされたが、ゾロアスターの一神教的体系では重要性を失った。その後、この神は王朝の守護神としても民族神としても復活し、『アベスタ』中では一つの讃歌(さんか)集(ミフル・ヤシュト)が捧(ささ)げられている。なお、ローマ帝国のミトラスMithrasや大乗仏教の弥勒菩薩(みろくぼさつ)などにもこの神名が反映していると思われる。
[小川英雄]
『岡田明憲著『ゾロアスター教』(1982・平河出版社)』
メキシコのオアハカ盆地にある遺跡。古典期(300ころ~900ころ)から後古典期(900ころ以降)のもの。モンテ・アルバンと並んでサポテカ文化の代表的な遺跡の一つである。今日同名の町が遺跡を囲んでいるので、本来の大きさなどは不明。現在保存されているのは宮殿とよばれる建物で、約30メートル四方の正方形の広場を囲んでいる。壁面は雷文、菱(ひし)形、波状渦巻などのモザイク装飾を施してある。円柱の間は38×7メートルの長方形で、内部中央に6本の円柱が立つ。古典期から後古典期にかけて、ミトラはサポテカ社会の宗教的中心地で、地下の神を祀(まつ)る所と考えられている。
[大貫良夫]
古代アーリヤ人(インド・イラン人)の男神。光,真実,盟約をつかさどるとされた。前15世紀にまでさかのぼると思われる《リグ・ベーダ》は,ミトラの名を伝える最古の文献であるが,そこでは太陽神ともされ,またソーマ酒や牝牛をめぐる神話と関係がある。次に古い史料は前14世紀の〈ボアズキョイ文書〉であり,そこではヒッタイト人とミタンニ人の盟約の神として現れる。イラン人の聖典アベスターではミトラMithraと呼ばれるが,《ミトラ賛歌(ミフル・ヤシュト)》において,〈死からの救い主〉〈祝福を与える者〉〈勝利者〉〈戦士〉〈牧場の主〉などと称される。ゾロアスターの宗教改革では最高神アフラ・マズダ(光と善の原理)の神性の一分身とされた。ミトラはまたアケメネス朝,アルサケス朝,ササン朝などでは,王朝の守護神として崇拝され,ローマ帝国では民間の密儀の神ミトラスMithras(ミトラス教)となった。
執筆者:小川 英雄
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…サンスクリットのマイトレーヤMaitreyaの音訳とされているが,〈弥勒〉という名前そのものはクシャーナ朝(1世紀半ば~3世紀前半)の貨幣にあらわれる太陽神ミイロMiiroに由来すると思われる。クシャーナ朝下で用いられた言語でミイロはイランの太陽神ミスラMithraに由来し,したがってベーダの契約神ミトラMitraと関連する。インド仏教徒はMiiroをMitraに還元し,mitraが友を意味し,派生語maitreyaが〈友情ある〉を意味することから,弥勒を〈慈氏〉(Maitreyaの意訳語)ととらえたものと思われる。…
…高位の者は,この上に身分をあらわす金銀宝石細工の禿鷹や蛇の飾りのついた丈の高い冠ティアラtiaraをつけた。メソポタミアでは,ティアラと,末端に房飾のついた薄手の布製リボン,ミトラmitraが用いられた。ミトラの変形であるターバン状の被り物も好まれた。…
…アルサケス朝は宗教的寛容政策を採り,メソポタミアではイランやセム,ヘレニズムの諸要素を折衷した諸信仰が成立した。帝国内において最も広く崇拝されたのはミトラ神で,アナーヒター女神も各地に神殿を有していた。ゾロアスター教はイラン人の間に信仰され,伝承によればウォロゲセス1世の時代にアベスターの編集が行われたという。…
…サンスクリットのマイトレーヤMaitreyaの音訳とされているが,〈弥勒〉という名前そのものはクシャーナ朝(1世紀半ば~3世紀前半)の貨幣にあらわれる太陽神ミイロMiiroに由来すると思われる。クシャーナ朝下で用いられた言語でミイロはイランの太陽神ミスラMithraに由来し,したがってベーダの契約神ミトラMitraと関連する。インド仏教徒はMiiroをMitraに還元し,mitraが友を意味し,派生語maitreyaが〈友情ある〉を意味することから,弥勒を〈慈氏〉(Maitreyaの意訳語)ととらえたものと思われる。…
※「ミトラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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