カナダのアーティスト、写真家。バンクーバー生まれ。1970年にブリティッシュ・コロンビア大学芸術学部修士課程修了。1970~1973年ロンドン大学のコートールド美術研究所で美術史を修めた後、1976~1987年バンクーバーのサイモン・フレーザー大学でアートセンター準教授を務め、1987~1999年ブリティッシュ・コロンビア大学芸術学部で教鞭(きょうべん)をとるなど、現代美術の理論家、執筆者としても知られている。1999年カナダの全国紙『グローブ・アンド・メイル』The Globe and Mailから「生存するカナダ人でもっとも有名なアーティスト」と賞され、2002年にはハッセルブラッド賞を受賞。同じバンクーバー生まれで、写真やビデオなどを用いるメディア・アーティストとして知られるスタン・ダグラスStan Douglas(1960― )やロドニー・グレアムRodney Graham(1949―2022)らとともに「バンクーバー・スクール」とよばれることもある。
1978年にバンクーバーのノバギャラリーにて、大判のカラー透明陽画(カラー・トランスペアレンシー)をライト・ボックス(蛍光灯を仕込んだアルミニウムの箱型の額)に取りつけて裏側から照らしてみせる手法をとった初めての作品「破壊された部屋」を発表。以後、バンクーバーの街を背景に人種問題、貧困、都市生活者の不安や緊張といったきわめて今日的な主題を扱いながら、ドキュメンタリーではなく役者や小道具を用いた演出によってさまざまなシーンを再現する、曖昧(あいまい)かつ多重な解釈が可能な作品を発表し続ける。大画面のカラー写真が好まれた風潮ともども1980~1990年代の現代写真の流れをつくった作家の一人となる。
1991年からコンピュータのデジタル技術を用いて、映画製作さながらの長期にわたる準備と撮影によって得た複数のイメージをモンタージュしたり、あるいは一つのイメージを幾重にもつなぎ合わせるなどして、パノラマ的眺望の緻密(ちみつ)で連続した画面表現を深めてゆく。この時期の代表作としては、19世紀の画家ドラクロワの歴史画を想(おも)わせる「戦死した部隊の語らい」(1991~1992)や、葛飾北斎(かつしかほくさい)の富嶽(ふがく)三十六景「駿州江尻(すんしゅうえじり)」を模して現代に置きかえた作品「突風(北斎にならって)」(1993)、近年では「浸水した墓地」(1998~2000)があげられる。
ウォールはしばしば展覧会カタログに寄せた文章においてベラスケスやドラクロワ、マネの名をあげて賞賛する。19世紀絵画の大画面は、フィルム・スクリーンや地下道のビルボード(広告板)とともに、ウォールの「絵画、映画、写真、広告のいずれでもないのに、そのすべてと結び付いている」表現方法に影響を与えている。また絵画史への言及は、単なるポーズや構図の引用にとどまるものではなく、ボードレールが1863年に発表した美術批評の表題で、ウォールが好んで引用する「現代生活の画家」Painter of Modern Lifeのことばどおり、ゴヤやマネのように、アーティスト自身が生きている時代を鮮やかに描き出す作品をつくるにはどうすべきか、現代社会にとって意味のある作品とは何かを問いつづけるウォールの制作姿勢を反映している。
1997年、ドイツのカッセルで5年ごとに催される国際美術展ドクメンタの第10回の出品作家に選出されたウォールは、大判ではあるがライト・ボックスを用いない白黒写真のプリントをも展示。日常の時間を一瞬凍結したような場面に現れるかすかな身ぶりや表情、いわゆる「マイクロ・ジェスチャー」から読みとれる物語性はここでは抑えられ、よりシンプルで静的、ストレートな記録写真に見まがいかねないよう企(たくら)まれた作品は批評家を大いに驚かせた。ウォール自身は「絵画の始原にさかのぼるドローイングもまたモノクロームであり、色彩にあふれた世界を白黒だけで表現する行為はきわめて特殊な表現ともいえる。自分の世代はカラー作品によって写真の表現を押し広げてきたが、白黒作品においても同じことが可能であると考えている。今後は自分のアートの重要な主題となるだろう」と語っている。
大がかりな巡回展としては、1997年にロサンゼルス現代美術館や水戸(みと)芸術館現代美術センターを国際巡回した「ジェフ・ウォール展」、2001年にフランクフルト近代美術館で催された「ジェフ・ウォール――人物と場所 セレクティッド・ワークス1978―2000」展がある。ニューヨークのマリアン・グッドマン・ギャラリーで2002年秋に催した個展には、同年第11回ドクメンタに出品したばかりの「ラルフ・エリソンの『見えない人間』にならって 序章」(1999~2001)を展示。アメリカの黒人作家ラルフ・エリソンが、個人的体験をもとに、社会からあたかも目に見えぬように無視され疎外される黒人男性の思索と回想を小説として1952年に出版したものに想を得ている。光を希求してやまない主人公のハーレムにある地下室の隠れ家を、ウォールは1369個の電球で天井や壁をツタのようにおおい幻想的に再現してみせた。先にあげた作品「浸水した墓地」でも、洪水で水浸しになった墓地の墓穴に海底を出現させるなど、近年ファンタジーの色合いが増しているウォールだが、絵画ではなく文学の引用に転じた点でも新たなシリーズ展開を予感させる。
[北折智子]
『Jeff Wall, Rolf LauterJeff Wall; Figures & Places; Selected Works from 1978-2000 (2001, Prestel, München)』▽『Gary Dufour et al.Jeff Wall, 1990 (catalog, 1990, The Vancouver Art Gallery, Vancouver)』▽『Kerry BrougherJeff Wall (1997, The Museum of Contemporary Art, Los Angeles)』▽『Thierry de Duve et al.Jeff Wall(2nd ed., 2002, Phaidon, London)』
出典 (株)デジサーフ、(株)セキノレーシングスポーツサーフィン用語集について 情報
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