江戸時代後期の浮世絵師。江戸本所の生まれとされ、幼年時のことはよく分かっていない。1778年ごろに、本格的に浮世絵の世界に入ったとみられ、洋画などのさまざまな画法を学び、表現に取り入れた。絵本の挿絵や肉筆画、狂歌本などを幅広く手掛けた。代表作に「
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江戸中期から後期にかけての浮世絵師。江戸・本所割下水(わりげすい)に川村某の子として生まれる。幼年時の事柄についてはあまり明らかではないが、幼名を時太郎といい、後年鉄蔵と改めた。4、5歳のころに一時、幕府御用鏡師中島伊勢(いせ)の養子となったといわれるが、その間の事情は伝わっていない。14、15歳のころ木板版下彫りを学び、また貸本屋の徒弟となったともいわれ、絵は6歳ごろから好んで描いていたと自ら後年に述懐している。しかし、本格的に浮世絵の世界に入ったのは、1778年(安永7)とされ、当時役者絵の大家として知られていた勝川春章(かつかわしゅんしょう)の門に入ってからである。
画界にデビューしたのは早くもその翌年で、春章の別号旭朗井(きょくろうせい)から朗の字をもらって勝川春朗と号し、細判(ほそばん)役者絵『瀬川菊之丞(きくのじょう)の正宗娘おれん』ほか2図をほぼ同時に発表している。この後、約15年間を勝川派の絵師として錦絵(にしきえ)や黄表紙、洒落本(しゃれぼん)などの挿絵を描いて過ごしたが、1794年(寛政6)中には勝川派を離れ、琳派(りんぱ)の俵屋宗理(たわらやそうり)を襲名して狂歌絵本や摺物(すりもの)などを数多く描いて活躍した。またこのころには戯作(げさく)も行い、時太郎可候(かこう)の名で数種の黄表紙を発表している。しかし、1798年には宗理号を家元に戻し、北斎を号して独立独歩の作画活動を開始することとなる。
まず1804年(文化1)ごろから1813年ごろにかけては読本(よみほん)挿絵の分野に多くの名作を残している。そのなかでもとくに、曲亭馬琴(きょくていばきん)とのコンビによって出版された『新編水滸(すいこ)画伝』や『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』、また柳亭種彦(りゅうていたねひこ)とによる『近世怪談霜夜星(しもよのほし)』などは、この時期の読本を代表するものとして著名である。1814年ごろより、連年数種の作品を発表してきた読本挿絵は急激に減少し、かわって絵の教習本ともいえる絵手本(えてほん)に傾注し始める。この方面でもっとも知られるのは、同年より没後も刊行され続けた『北斎漫画』である。全巻を通して約3000余図が載せられており、まさに絵の百科事典ともいえる性格をもっていて、日本はむろん、古くからヨーロッパにも「ホクサイスケッチ」とよばれ、多大な影響を及ぼしている。ほかにもこの方面では『略画早指南(りゃくがはやおしえ)』『三体画譜(さんていがふ)』『一筆画譜』など、特殊な描法を紹介した絵手本も発表されており、1848年(嘉永1)には『絵本彩色通(えほんさいしきつう)』で油彩画やガラス絵、銅版画などの制作方法を開陳している。このように絵手本は北斎晩年期に一貫して出版され続けたが、その間、文政(ぶんせい)(1818~1830)初年ごろから天保(てんぽう)(1830~1844)初年ごろにかけては、風景画の代表作『冨嶽(ふがく)三十六景』(全46枚)、『諸国滝廻(たきめぐ)り』(全8枚)、『諸国名橋奇覧』(全11枚)などのシリーズが集中的に出版されている。その後、1834年(天保5)ごろを境として、しだいに肉筆画に傾注するが、1843年ごろから日課として描いた『日新除魔(にっしんじょま)』と題されているおびただしい数の獅子(しし)の図には、老年期の画風とは思えぬみずみずしい作品が多数含まれていることに注目される。しかし、不屈の人北斎も病を得て嘉永(かえい)2年4月18日、浅草聖天町遍照院内に没した。
なお、北斎については多くの奇行が伝えられ、生涯のうち転居すること93回、また画号を改めること二十数度で、そのおもだった号だけでも画狂人(がきょうじん)、戴斗(たいと)、為一(いいつ)、画狂老人(がきょうろうじん)、卍(まんじ)など多くが知られている。しかし、約70年にも及んだ作画生活は終生刻苦勉学に貫かれていて、その情熱は当時の絵師としてはまれにみるところであった。
[永田生慈]
『岡畏三郎編『浮世絵大系8 北斎』(1975・集英社)』▽『辻惟雄著『日本の美術31 北斎』(1982・小学館)』▽『松木寛著『名宝日本の美術23 北斎・広重』(1983・小学館)』
(浅野秀剛)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報
江戸後期に活躍した浮世絵師。本姓は川村氏で,江戸本所割下水(わりげすい)に生まれる。幕府御用鏡師の中島伊勢の養子となり,幼名時太郎,のち鉄蔵と改める。〈北斎〉とは一時の画号で,生涯に30回ほどの改号をする。〈画狂人〉とも号して,画三昧の生活を送り,浮世絵師中で最も作域が広い。1778年(安永7),勝川春章の門に入り,翌年に春朗と号して役者絵を発表,以後,役者絵,角力絵,浮絵,黄表紙の挿絵を描く。94年ころ,勝川派を破門された後,狩野,住吉,琳派,洋風画派を学び,2世俵屋宗理を名のり,30歳代後半に至って自己の画風を確立,97年に北斎と初めて号した。このころ,《東遊》《東都名所一覧》等の絵入狂歌本に優れた挿絵を描いて注目され,《くだんうしがふち》等では洋風の遠近・陰影表現による風景版画シリーズも発表する。次いで北斎の声価を決定づけたのは,文化年間(1804-18)の初めころから流行する読本(よみほん)の挿絵の仕事である。中国伝奇小説の影響を濃く反映し,荒唐無稽な内容をもつ読本の世界を絵画化するため,北斎は和漢洋の三体を融合し想像力を駆使した画面を展開した。木版墨摺技術の可能性を極限まで追求した北斎の読本挿絵の成果は,小説家曲亭馬琴と組む時に最も大きく得られ,《新編水滸画伝》(1806)や《椿説弓張月》等の傑作が生まれた。この読本挿絵で培われた北斎の新生面は,錦絵風景版画の分野でより効果的に発揮され,代表作《富嶽三十六景》をはじめとして《諸国滝廻り》《千絵の海》《諸国名橋奇覧》等の揃物シリーズに結実した。一例を挙げると,ゴッホが〈鷲の爪〉と呼んだ《富嶽三十六景》中の〈神奈川沖浪裏〉のすさまじい波の表現は,読本挿絵の経験の中から生まれた。この〈リアルな絵空事(えそらごと)〉の世界が北斎後期作品の核心部をなすといえるが,これは後に歌川広重に批判される(絵本《富士見百図》序文)。版画以外でも,肉筆の美人画および花鳥画に傑作が多く,中でも《二美人図》《雪中美人図》《酔余美人図》が代表作。その他,絵手本の刊行が注目されるが,山水,花鳥,人物,器物,図案等あらゆる題材を対象とした《北斎漫画》13編(1814-49)は彼の総決算ともいえる成果で,フランス印象派のドガらにも大きな示唆を与えた。
執筆者:狩野 博幸
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1760.9.23~1849.4.18
江戸後期の浮世絵師。葛飾派の祖。本姓は川村のち中島。俗称時太郎,のち鉄蔵。はじめ勝川春章の門に入り春朗と号した。宗理・画狂人・為一・卍(まんじ)など多くの号をもつ。活躍期は70年にも及び,狩野派・琳派・洋風画などの諸流派の画法を学んだ独自の画風で,錦絵版画・摺物(すりもの)・版本挿絵・絵本・肉筆画とあらゆるジャンルにわたって作画を行った。代表作の「富嶽三十六景」や「北斎漫画」などを通じてヨーロッパ後期印象派の画家たちにも影響を与えた。
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…長春は美人立姿の掛幅画にとどまらず,画巻や屛風にこまやかな観察をいきとどかせた風俗描写を展開,人物と衣装,季節の情感を盛る浮世絵肉筆画の良き範例を示した。この派の流れは孫弟子の勝川春章,さらには春章の弟子の葛飾北斎へと受けつがれ,宮川・勝川・葛飾派という浮世絵肉筆画の主流を形成することになる。紅摺絵期の宝暦年間は,美人画の石川豊信,役者絵の鳥居清満(1735‐85)が全盛で,俳趣の濃い詩的な風俗表現が好まれた。…
…柳亭種彦著。為一(葛飾北斎)画(若干図)。1826年(文政9)刊。…
…ために,恩人京伝との仲も疎遠になり,名声ゆえの孤立感をかみしめることもあった。やがて画工葛飾北斎とのコンビによる《墨田川梅柳新書》《新累解脱(しんかさねげだつ)物語》(以上1807),《椿説(ちんせつ)弓張月》(1807‐11),《三七全伝南柯夢(さんしちぜんでんなんかのゆめ)》(1808),《占夢南柯後記》(1812)等の傑作がつぎつぎに上梓され,彼の地位を不動のものとした。かくして名作《南総里見八犬伝》(1814‐42)の執筆,刊行がはじまった。…
…読本。曲亭馬琴作,葛飾北斎画。1808年(文化5)刊。…
…読本。曲亭馬琴作,葛飾北斎画。1807年(文化4)前編刊,11年完結。…
※「葛飾北斎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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