ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「オジャラン」の意味・わかりやすい解説
オジャラン
Öcalan, Abdullah
トルコの武装組織クルディスターン労働者党 PKKの最高指導者。クルド語でおじを意味するアポ Apoの愛称で知られる。トルコ南東部の貧しい村に生まれた。アンカラ大学で政治学を学び,マルクス主義に傾倒,学生運動を組織して左翼思想の冊子を配布し,投獄された。その後大学を中退してトルコ南東部に戻り,1978年にクルド人の独立国家設立を目指すマルクス主義組織,PKKを創設した。1979年シリアに渡り,ゲリラ活動の訓練を積んだのち,1984年から分離独立を求めて武力闘争を開始。1984年から 1999年にかけて,オジャラン率いる PKKの武力闘争で多数の民間人や軍人が犠牲になった。1999年,ケニアのナイロビでトルコ治安部隊に逮捕され,国家反逆罪などに問われ死刑判決をくだされた。その後,2002年にトルコで死刑制度が廃止されたため,終身刑となった。オジャランの投獄で PKKの活動は終わると思われたが,PKKは攻撃を再開。2012年トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン首相が服役中のオジャランとの交渉開始を発表し,2013年オジャランが停戦を呼びかけ,PKKはトルコから段階的な撤退を始めた。(→クルド人問題)
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