改訂新版 世界大百科事典 「カミザールの乱」の意味・わかりやすい解説
カミザールの乱 (カミザールのらん)
Révolte des Camisards
ルイ14世の治世末年(1702-04),スペイン継承戦争(1701-13)の渦中に,南フランスのセベンヌCévennes地方に起こったカルバン派新教徒の反乱。カミザールの名は,彼らが着ていた白いシャツcamiso,または夜襲を意味するcamisadeに由来するという。舞台となったセベンヌ地方は,マシフ・サントラル(中央山地)の南東部の山岳地帯で,山間に小村が点在し,段々畑での穀作に養蚕・牧羊をあわせ行う貧しい地方であったが,16世紀以来カルバン派の信仰が広まり,南フランスでも有数の新教派の拠点であった。1685年ルイ14世はナントの王令を廃止し,新教徒に改宗を強要するが,この地方は根強い抵抗を示した。1702年7月24日,予言者として信頼を集めていたマゼルとその一隊が,弾圧の中心人物シェーラ神父を暗殺,反乱が勃発する。ロランとカバリエに率いられた2000~2500人のゲリラ組織が,延べ2万5000人に上る国王軍に対抗し,27ヵ月にわたり一歩も譲らなかった。04年,総指揮官として派遣されたビラール元帥の謀略に陥り,カバリエは亡命,ロランは戦いに倒れ,同年10月ついに屈服する。この反乱は,絶対王権による思想や信仰の強圧的な画一化政策に対する反撃として長く語り伝えられ,〈カミザール伝説〉とも呼ぶべき伝承を残した。マス・スーベランにあるロランの生家には,1911年〈荒野博物館Musée du Désert〉が設けられ,カミザールの乱の追憶にあてられている。
執筆者:二宮 宏之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報