カルロヴィッツ条約(その他表記)Karlowitz

山川 世界史小辞典 改訂新版 「カルロヴィッツ条約」の解説

カルロヴィッツ条約(カルロヴィッツじょうやく)
Karlowitz

1699年オスマン帝国オーストリア,ポーランド,ヴェネツィアとの間に結ばれた講和条約。ドナウ河畔のカルロヴィッツで結ばれた。トルコハンガリートランシルヴァニアスロヴェニアクロアチアをオーストリアに譲り,ポーランド,ヴェネツィアにも若干の領土を与えた。オーストリアの東・中欧での覇権を確立した重要な意義を持つ。オスマン帝国にとってはキリスト教国に対する初めての大幅な領土割譲であり,改革の時代への端緒となった。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

旺文社世界史事典 三訂版 「カルロヴィッツ条約」の解説

カルロヴィッツ条約
カルロヴィッツじょうやく
Frieden von Karlowitz

1699年オスマン帝国とオーストリア・ポーランド・ヴェネツィア・ロシアの間に結ばれた講和条約
1683年,オスマン帝国は2回目のウィーン包囲を行うが失敗し,その後の戦いにおいても大敗イギリスオランダ調停で,ドナウ川河畔のカルロヴィッツにおいて和約を結んだ。この結果,オスマン帝国はヨーロッパにおける領土の大半を失い,オーストリアはハンガリーを得た。この結果,ヨーロッパに対するオスマン帝国の優位はくつがえされることとなった。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む