日本大百科全書(ニッポニカ) 「カノン」の意味・わかりやすい解説
カノン(音楽用語)
かのん
canon 英語
canon フランス語
Kanon ドイツ語
音楽用語。「規範」を意味するギリシア語に由来し、もっとも厳格な模倣対位法様式による作曲技法をさす。この意味でのカノンは二つ以上の声部から成り立ち、1声部(先行声部)の旋律を他の声部(後続声部)が厳格に模倣してともに進むもので、いわゆる輪唱はもっとも単純なカノンの一種である。声部の数により2声カノン、3声カノンのように表示されるほか、先行声部と後続声部との音程関係により、5度のカノン、8度のカノンなどとよばれる。カノンには後続声部の模倣の仕方によってさまざまな種類がある。単独で、あるいは組み合わせて楽曲全体またはその一部に用いられる。
(1)平行カノン 直行カノンともよばれ、後続声部は先行声部を一定の音程間隔でそのまま模倣する。
(2)反行カノン 先行声部の旋律を上下に転回して模倣するもので、転回カノンともいわれる。
(3)逆行カノン 後続声部は先行声部の旋律を末尾から最初へ逆行して模倣する。
(4)拡大カノン・縮小カノン 先行声部の旋律の各音符を一定の比例で拡大または縮小して模倣する。
(5)螺旋(らせん)カノン 直行カノンの一種。後続諸声部が次々に転調を続けていくもので、圏カノンまたは循環カノンともいう。
(6)群カノン 二つ以上の先行声部が同時に始まり、後続声部がそれらを同時に模倣する。先行声部の数によって二重カノン、三重カノンなどとよび、これに対して先行声部が一つの場合をとくに単純カノンということがある。
(7)無限カノン カノンの終わりがまた冒頭につながり、模倣が続いていくもので、輪唱もこの一種である。これに対して終止部をもつ場合を有限カノンという。
(8)混合カノン 模倣に加わらない付加的声部をもつもの。
(9)謎(なぞ)カノン 先行声部のみが記され、後続声部の入り方や模倣の方法は謎のようなことばや記号で指示されている。
音楽史においてはカノンの手法はすでに12世紀にみられるが、15世紀から16世紀中葉にかけてのフランドル楽派において非常に発達し、たとえばオケゲム作といわれる『デオ・グラツィアース』は36声のカノンである。バロック時代には、J・S・バッハの『音楽の捧(ささ)げ物』(BWV1079)や『フーガの技法』(BWV1080)などの作品において、カノンはふたたび技法的および芸術的高みに達し、その後ハイドンやモーツァルト、ベートーベンやブラームスらもこの手法を作品に用いている。また、現代音楽でもカノンは重要な作曲技法の一つである。
[寺本まり子]
カノン(美術用語)
かのん
canon
美術用語で「規準」を意味するギリシア語に由来し、人体比例(プロポーション)のことをいう。普通、もっとも理想的な調和のとれた人体比例は八等(頭)身であるとされ、それは八等身のカノンといわれる。八等身とは、直立した人体の頭の頂点から顎(あご)の先までの垂直距離で身長を割った数が8になるような人体の比例である。といっても、単にそれが8になるだけでは理想的なカノンといえない。それに応じて身体各所の長さも全体との比例において整っていなければならない(たとえば脚(あし)全体の長さが身長の2分の1、膝(ひざ)までの長さがさらにその2分の1、というように)。古くから画家や彫刻家が人体を表現描写する際に問題とされてきており、時代や地域によってさまざまなカノンが考えられてきた。古代エジプト美術にも独自のカノンがみいだせるし、古代ギリシアでは多くの彫刻家によってカノンが研究された。紀元前5世紀のポリクレイトスが『カノン』という書物を著した(現存せず)ことが知られており、彼はその原理を七等身のカノンによって『槍(やり)をかつぐ男』(ローマ時代の模刻が残っている)の像に具体化した。その後ギリシア彫刻では八等身のカノンがリシッポスらの作品に表された。カノンの研究はさらにローマ美術やビザンティン美術にも受け継がれた。またルネサンスではレオナルド・ダ・ビンチやデューラーらによって実測的な人体比例の詳しい研究が進められた。
[鹿島 享]
『中尾喜保著『生体の観察 体幹・体肢・生体計測編』(1965・メヂカルフレンド社)』
カノン(キリスト教用語)
かのん
canon 英語
Kanon ドイツ語
キリスト教用語。ギリシア語kanōn(カノーン)は、葦(あし)、測桿(そっかん)を意味するシュメール語に由来し、規範、原則を意味する。アンフィロキウス(4世紀末、イコニオムの主教)以来、聖書を正典(カノン)とよぶ。教理の基準として、信仰と生活に対する特別な権威をもつ書物として、信仰的承認の対象である。聖書の全体像が、「イエスはキリスト(救世主)である」との真理を決定的に証言していると信じられる。カノン自体を崇拝する行為は逸脱である。カノン結集の歴史は複雑である。『旧約聖書』はヤムニア会議(1世紀末、ユダヤ教)の結果を継承し、のちにトリエント公会議(1546、カトリック)で外典をカノンに追加した。『新約聖書』は、古代の異端思想との対決の過程で内容の選定がなされ、カルタゴ会議(397)で決定済みの結集の内容をトリエント公会議で改めて議決した。日本聖書協会の『旧約聖書』の型は、配列は七十人訳―ブルガータ訳の伝統を受けつつ、内容はユダヤ教聖書と一致する型である。
[川又志朗]