家庭医学館 「がんの放射線療法」の解説
がんのほうしゃせんりょうほう【がんの放射線療法】
◎放射線療法の種類と進め方
◎他の治療法と併用する集学的治療(しゅうがくてきちりょう)
◎放射線療法の副作用
◎放射線療法はどんながんに有効か
●放射線でがん細胞の増殖(ぞうしょく)を抑える
放射線療法は、手術と同じように、がんの代表的な局所療法の1つで、X線やガンマ線といった放射線を照射して、がん細胞の増殖を抑え、消滅させてしまおうというものです。これは、照射によってがん細胞核(さいぼうかく)の中の重要な遺伝子(いでんし)であるDNAが傷ついて、多くのがん細胞が死滅するからです。
このとき、放射線によって正常な細胞も障害を受けますが、この障害をできるだけ少なくし、がん細胞だけに大きな効果を発揮するように、照射方法が工夫されます。
放射線療法は、手術のようにからだを傷つけたり、治療中、痛みを感じるようなことはありません。
●放射線療法が行なわれる場合
現在では、放射線療法だけで治るがんも増えてきていますし、手術その他の治療法との併用によって治癒率(ちゆりつ)が向上するようになってきています。
①機能や形を温存したいとき
手術で患部を切除すると、治ってもからだの機能や形態が損なわれることがあります。喉頭(こうとう)がん、舌(ぜつ)がん、子宮頸(しきゅうけい)がん、陰茎(いんけい)がんなどは、早期がんであれば、手術で簡単に治りますが、放射線単独でも治療が可能です。
治療に要する日数は多少かかりますが、放射線照射で治すよう努力すれば、臓器・組織を傷つけずに機能や形を保つことができます。
たとえば、転移のまだみられない喉頭がんの場合、手術と放射線療法の治療成績はほとんど同じくらい良好ですが、手術によって声を出す機能が失われる危険性が避けられるのです。
また、早期の乳がんのうち、とくに組織型が腺(せん)がんの場合では、しこりのある部分を狭い範囲で切除して乳房の形をきれいに残し、その後、放射線だけで治そうという温存療法が、今では主流になっています。
欧米では、しこりが1cm以下の場合、がん組織の中に放射線源を直接入れる治療法も行なわれています。
②手術より治療効果が大きいとき
放射線療法のほうが手術より治療成績がよいがんもあります。悪性リンパ腫(しゅ)のうち、組織型が良性で限られた部位のもの(ホジキン病など)は、早期がんなら放射線による通院治療だけでほとんど治ります。また、進行がんでも放射線と化学療法との併用によって治癒可能です。
ただし、胃や腸などの臓器に発生した悪性リンパ腫は、手術で大きく切除した後に、化学療法を行なって再発を予防します。
③手術が不可能なとき
脳幹部(のうかんぶ)にできた脳腫瘍(のうしゅよう)のように、手術するのがきわめて困難な位置に発生したようなケースの場合に、放射線療法のみで、または化学療法と組み合わせた集学的治療が行なわれます。
④手術後のがん再発を予防するとき
乳がんやセミノーマ(精巣腫瘍(せいそうしゅよう)の一種)などの原発巣(げんぱつそう)を切除した後、がん細胞が転移(てんい)しやすいリンパ節に放射線の照射を行ないます。
⑤がんによる苦痛を和らげたいとき
がんが末期になると、神経や気管を圧迫して痛みや呼吸困難がひどくなったりします。根治はむずかしいのですが、このような症状を改善する姑息(こそく)的治療として用いられることがあります。
がんの骨転移(こつてんい)による疼痛(とうつう)、脊髄(せきずい)が圧迫されておこる神経まひ、肺がんや食道がんで気管・食道狭窄(きょうさく)がおこった場合などによく用いられ、かなり有効な効果が得られています。
◎放射線療法の種類と進め方
●まず治療計画を立てる
放射線による治療が選択されたら、治療前に、画像診断などにより患者さんを観察しながら、つぎのことが検討されます。
①患者さんのからだの一般状態や、他の病気はないかチェックする
②がんの病期(進行の程度や広がり)を正確に診断する
③どの治療装置が最善か決める
④照射する部位と範囲を決める
⑤年齢や一般状態から、照射する線量を決める
放射線を照射する際には、正常な細胞には障害を与えないように、逆にがん細胞には最大の障害を与えるように、綿密な計画が立てられます。
そのためには、がんが存在する位置と広がりを正確に把握(はあく)することが必要です。そして、がんの周辺にある放射線に弱い臓器にまで放射線が届かないように位置関係を検討し、高エネルギーの放射線をがんに集中させるようにします。
それには、コンピュータによる三次元画像が得られる装置によって、患者さんの体内の病巣を透視(とうし)し、照射位置や範囲を確認して、皮膚表面に特殊なインクでマークして準備しておきます。
最近では、このほか、線量計算、装置の管理、治療後の患者登録に至るまで、コンピュータを用いて、精度の高い治療計画が立てられるようになっています。
●照射法と治療のしかた
からだの外から放射線を照射する外部照射(遠隔(えんかく)照射)と、からだの内部に密封した小さな放射線源を入れて照射する、腔内(くうない)照射や組織内照射がありますが、外部照射が主流になっています。
①外部照射 ガンマ線という放射線を出すコバルト60遠隔治療装置や、X線や電子線を出すライナック(リニアック)という装置がありますが、現在では高エネルギーが出せて、からだの深部まで照射できるライナックが広く用いられています。患者さんの横たわったベッドのまわりを回る回転照射型の装置が主流です。
治療は、治療計画の段階でマークされた照射部位と一致することを確認して開始されます。
照射は、1回に2~3分、1日1回、週4~5回で、20~30回行なわれるのがふつうですが、より治療成績をあげるために、1日2~3回照射する多分割照射も工夫されています。ただし、がんの種類、他の治療法との関係、患者さんの状態をみながら、そのつど変更されます。
がん細胞には、放射線障害からの回復力が正常細胞より弱いという性質があります。何回かに分けて照射するのは、この特徴を利用し、正常細胞になるべく障害を与えずにがん細胞をたたこうとするものです。
また、弱い放射線を数多く配列して多方向から病巣に集中させる集光照射法も開発されています。放射線は焦点になる病巣だけに集積されて大量にあたり、周囲では分散されるため、障害を少なくして治療できます。ガンマナイフやライナックという装置で用いられ、転移性脳腫瘍(てんいせいのうしゅよう)や脳動静脈奇形(のうどうじょうみゃくきけい)を開頭手術なしで治療する場合などに威力を発揮しています。
②腔内照射 腟(ちつ)、子宮(しきゅう)、食道、気管などの管腔(かんくう)内のがんの治療には、放射線を出す物質を小さな容器の中に密封した密封小線源(みっぷうしょうせんげん)が用いられます。がんの発生した管腔内にチューブ状のアプリケータ(線源支持器)を挿入し、その中に密封小線源を送り込んで、病巣を照射する方法(アフターローディング法(図「アフターローディング法」))です。
放射線を出す物質(放射性同位元素(ほうしゃせいどういげんそ))には、一般に、ガンマ線を出すラジウム、コバルト、ヨード、イリジウム、セシウムなどが利用されます。
高度な治療技術が必要ですが、とくに子宮がんでは、外部照射と組み合わせて、手術に劣らない治療成果をあげています。
③組織内照射 密封小線源を針の先端につけ、直接、がん病巣に刺し込んで照射します。針は固定し、一定期間、連続して照射します。
舌(ぜつ)がん、口腔(こうくう)がん、脳腫瘍、中咽頭(ちゅういんとう)がん、乳がん、腟がんなどに用いられています。
早期の舌がんの場合、約1週間照射を行ないますが、手術で切除せずに治療できるので、食事や会話などが不自由になるような機能障害を残さずにすみます。
●将来、期待される放射線療法
現在使われている放射線療法は、X線やガンマ線などの電磁波や電子線によるものです。
これからの新しい放射線療法として期待されているものに、電子より重い粒子(りゅうし)(重粒子(じゅうりゅうし))である中性子(ちゅうせいし)、陽子(ようし)、負(ふ)パイ中間子(ちゅうかんし)、重イオンなどを使った重粒子線(じゅうりゅうしせん)治療があります。
がん組織には、細胞の酵素(こうそ)が多い部分と少ない部分がみられますが、酵素の多い部分ほど放射線に弱く、X線やガンマ線で死滅します。しかし、酵素の少ない細胞は死なずに残る可能性もあり、再発の原因になります。
重粒子線は、この酵素の少ない細胞まで殺すことができ、また、がん組織のある範囲だけに集中して効率よく照射できる長所があるのです。
◎他の治療法と併用する集学的(しゅうがくてき)治療
放射線療法と他のいくつかの療法を組み合わせる集学的治療も、多く行なわれています。
●術前・術後照射
手術前に大きながんを小さくして切除しやすくしたり、転移(てんい)を防止するために行なわれる術前照射と、手術後に再発を予防するために行なわれる術後照射があります。
●術中照射
手術中に、直接、がん病巣に集中して照射します。
●薬剤との併用
転移を予防したり、放射線の効きにくいがんに対する治療効果をあげるために、化学療法や免疫(めんえき)療法などを併用します。
●温熱療法との併用
一般に、温度が高くなると放射線はがんに効きやすくなりますが、この性質を利用して、温熱療法と組み合わせて治療します。
◎放射線療法の副作用
放射線療法により、いろいろな症状が現われることがあります。しかし、現在は、治療計画が綿密になり、正常組織には照射されないような工夫がなされ、治療後の症状も軽くすむように検討されています。
副作用も、現在では患者さんが耐えられる程度のものになっているといってよいでしょう。
●おもな副作用と対策
放射線療法によって生じる副作用には、治療中におこる急性障害と、治療後、半年以降に徐々におこる晩期障害があります。
①急性障害
たとえば、皮膚が日焼けしたように赤くなり、かゆくなることがあります。この場合は、刺激の少ないステロイド(副腎皮質(ふくじんひしつ)ホルモン)軟膏が効きます。
食道や胃の炎症で食事がとりにくくなることがありますが、やわらかく飲み込みやすい食べ物を少しずつとるようにします。吐(は)き気(け)や下痢(げり)、食欲不振などには漢方薬も有効です。
白血球(はっけっきゅう)が減少することもありますが、血球をつくり出す骨髄(こつずい)は、全身にたくさんあるので、ふつうはすぐに回復します。
また、放射線療法で髪(かみ)の毛が抜けると思い込んでいる人もいますが、頭に放射線をかけないかぎり、頭髪(とうはつ)が抜けることはありません。
そのほか、からだがだるい、手足がむくむなどの症状もみられますが、予測される副作用については、治療前に、それらの症状と対策について医師から説明があるはずですから、不要な心配はしないようにしましょう。
②晩期障害
たとえば、大腸(だいちょう)の潰瘍(かいよう)、肺炎、白血病(はっけつびょう)や成長障害などがおこることがあります。これらの頻度は非常に低いのでまず心配ありませんが、治療後の定期検診でチェックを受けるようにしましょう。
放射線療法の副作用に対しては、患者さん本人ががんを告知されている場合とされていない場合では、がまんの限度がちがってきますから、家族の協力が欠かせません。告知が可能であれば、放射線治療に対する正しい理解があるかぎり、けっしてこわいものではありません。