放射線障害(読み)ほうしゃせんしょうがい(英語表記)radiation hazard

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

放射線障害
ほうしゃせんしょうがい
radiation hazard

生体が放射線にさらされ,損傷することによって起こる障害。一般に身体的障害と遺伝的障害とに分けられる。身体的障害はその出現時期により,急性障害,慢性障害,晩期障害に分けられる。急性障害は一度に 1Sv(シーベルト)程度をこえる大量の放射線にさらされた際にみられ,およそ 10Svの放射線にさらされると死にいたる。同じ被曝線量でも,被曝した容積や部位によって障害は異なる。放射線による遺伝的影響については,突然変異の発生率の変動,染色体異常などを用いて多くの研究がなされている。(→原子爆弾症

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディアの解説

放射線障害【ほうしゃせんしょうがい】

放射能症とも。放射線の照射や被曝(ひばく)によって起こる障害。そのうちX線によるものをX線障害という。造血器官,生殖器,目の水晶体,皮膚,粘膜などが冒されやすい。全身被曝や局所大量照射による急性障害と,その続発症または反復照射による慢性障害に分けられる。急性障害の全身症状には放射線宿酔があり,疲労倦怠(けんたい)感,頭痛,吐きけ,嘔吐(おうと),食欲不振,下痢などを示す。その他,皮膚炎,脱毛,白血球減少,出血傾向などがみられ,重症では細菌感染などを併発して死に至る。慢性障害の症状は貧血,白血球減少(進行すれば再生不良性貧血白血病が起こる),不妊,白内障,皮膚の潰瘍(かいよう)および癌(がん),その他,腸管や泌尿器の障害など。→被曝放射線量放射線防護
→関連項目原爆症白血球減少症放射線放射能症

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ほうしゃせんしょうがい【放射線障害 radiation damage】

放射線被曝によって生体に引き起こされる障害をいう。放射線は,広義には,原子の構成因子である電子,中性子,陽子などの高速の流れである粒子線と,電磁波を総称したもので,電磁波の中には,赤外線可視光線紫外線X線γ線がある。したがって,放射線障害の中には,可視光線や紫外線による障害,たとえば,日光皮膚炎,皮膚癌角膜炎,白内障なども,広義の放射線障害としては,取り上げられるべきかも知れない。しかし,一般には,電離作用をもった電離放射線,すなわち,α線,β線,γ線,X線,中性子線,陽子線などによる障害を意味し,可視光線や赤外線など低エネルギーのものによる障害は含めない。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

ほうしゃせんしょうがい【放射線障害】

一定以上の放射線をうけたことにより人体に生じる有害な影響。放射線皮膚炎・放射線腸炎・白血病など。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

放射線障害
ほうしゃせんしょうがい

電離放射線の被曝(ひばく)により生じる健康障害のことをいう。
 電離をおこす放射線には、電磁波(X線、γ(ガンマ)線)や粒子(α(アルファ)線、β(ベータ)線、中性子線、重粒子線)がある。放射線障害は、体外からの放射線による被曝(外部被曝)、あるいは放射性物質の摂取(内部被曝)により生じる。
 放射線の電離作用により細胞の遺伝子が損傷を受け、この損傷を修復できないと細胞は死に、その程度が大きいと臓器・組織の機能が損なわれる。遺伝子損傷の修復が不十分であると突然変異や染色体の異常が生じ、これが被曝した個体の細胞におきれば発癌(がん)の、生殖細胞におきれば子孫の障害の原因となる。
 放射線障害は臓器・組織により感受性が異なり、とくに細胞増殖の盛んな組織(骨髄、消化管上皮、皮膚、精子形成細胞など)が障害を受けやすい。[大町 康]

放射線障害の分類

被曝線量と障害の発生様式に基づき、確定的影響と確率的影響に分類される。
 確定的影響は細胞死に基づく臓器・組織の機能や形態の障害である。障害の発生には閾値(しきいち)があり、これを超えると線量が高くなるにしたがい障害は重篤化する。代表的なものは、骨髄障害、消化管障害、皮膚障害、不妊、白内障、胎内被曝による胎児障害である。
 骨髄障害では、0.5グレイ(Gy)より造血能の低下がみられ、障害の程度が強くなると白血球とともに血小板も減少し、感染や出血の原因となる。治療が施されないと3グレイ以上の被曝で死亡に至る。消化管障害では、5グレイ以上の被曝で、放射線感受性の高い幹細胞の分裂の停止により腸上皮細胞の再生が障害され、新たな上皮細胞が供給されず、吸収障害、体液の漏出のため、下痢、出血、感染が生じる。皮膚では、3グレイ以上の被曝で紅斑や脱毛が生じ、15~25グレイでは水疱形成が、20グレイ以上では潰瘍が生じる。精子や卵子を形成する細胞が障害を受けると不妊となるが、男性の場合3.5~6グレイで、女性の場合2.5~6グレイで永久不妊になる。白内障は眼の水晶体の上皮に障害が起こることが原因で、0.5~2グレイで水晶体の混濁が、5グレイ以上では視力障害に至る。胎児障害では、0.1グレイ以上の被曝を、受精後0~8日までに受けると胎児死(流産)が、受精後2~8週に受けると胎児の外表や内臓の形態異常を生じやすい。受精後8~25週に0.3グレイ以上の被曝で重篤な精神遅滞がおこる。
 確率的影響は突然変異に基づく障害で、発癌と遺伝的障害がある。確率的影響には閾線量(しきいせんりょう)はないと仮定されており、線量が高くなるとその発生頻度が増加する。発癌の代表的なものに白血病、肺癌、胃癌、甲状腺(こうじょうせん)癌、乳癌等がある。放射線による癌死亡は、0.1シーベルト(Sv)の被曝で0.5%程度増加すると考えられているが、0.1シーベルト以下の被曝では発癌リスクの増加は検出されていない。これは、0.1シーベルト以下でも癌リスクが見込まれるものの、統計的な不確かさが大きいために疫学研究ではそれを直接明らかすることが困難なためである。
 遺伝的障害は、放射線により生殖細胞におこった遺伝子の異常が子孫に現れるもので、身体の異常(形態異常など)や疾病がある。これらはショウジョウバエやマウス等の動物実験ではおこるが、広島と長崎の原爆被爆者二世調査の結果からヒトでは確認されていない。
 被曝線量や障害の症状の発生時期等からは、急性障害と晩発障害に分類される。急性障害は、比較的短期間に高線量(約1グレイ以上)を被曝した場合に、被曝後数週間以内に生じる。全身あるいは体幹部が被曝した場合を急性放射線症といい、その臨床は被曝後の時間的経過から、前駆期、潜伏期、発症期、回復期の病期をたどる。被曝0~2日の前駆期には食欲低下、吐き気、嘔吐、全身倦怠が起こるが、2日~3週間の潜伏期は無症状となり、その後の発症期では被曝線量に応じて骨髄、消化管、皮膚、中枢神経系に症状が現れる。晩発障害は被曝後数か月以上を経て現れる障害で、代表的なものは発癌、白内障である。[大町 康]

放射線障害の事例

X線発見の翌年である1896年には、X線による脱毛が報告されている。その後、放射線の利用に伴い、さまざまな事故等による障害が発生している。時計の文字盤にラジウムを含む夜光塗料を塗る作業者は、筆をなめる行為等によるラジウムの内部被曝により、顎の骨髄炎や骨肉腫が生じた。広島・長崎の原爆投下では、原爆放射線による急性放射線症、発癌、胎児障害等が発生した。チェルノブイリ原子力発電所事故では、作業者に急性放射線症や白血病が、住民には小児甲状腺癌が生じた。1954年に行われたマーシャル諸島の水爆実験で、放射性降下物に被曝した島民には放射性ヨウ素の内部被曝により甲状腺癌がおこった。1987年にブラジルのゴイアニアで発生した放射線治療用線源による被曝事故では放射性セシウム被曝により、1999年(平成11)の東海村臨界事故では中性子線とγ線被曝により急性放射線症が発生している。医療の場では、強直性脊椎炎や頭部白癬(はくせん)等の治療で放射線照射を受けた患者に発癌が、また、二酸化トリウムを主剤とした造影剤のトロトラストを投与された患者に白血病や肝癌等が発生したため、これらの治療や診断は現在行われていない。[大町 康]

放射線障害の治療

治療に際しては、被曝した放射線や放射性物質の種類、被曝線量、患者の症状やその程度に応じて、治療方法や用いる薬剤が選択される。たとえば、骨髄障害の治療として、感染症対策、骨髄移植、造血幹細胞移植、造血性サイトカインの投与が施される。内部被曝の場合には、放射性物質の体外排出を促進するために、消化管からの放射性物質の吸収の低減作用をする物質や、放射性物質と結合するキレート剤を投与する。[大町 康]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典の解説

ほうしゃせん‐しょうがい ハウシャシャウガイ【放射線障害】

〘名〙 放射線にさらされることによって起きる障害。発癌、白内障、不妊などの身体的障害と、染色体異常などの遺伝的障害とがある。胎児では、成体に比べ軽度の被曝(ひばく)でも障害が大きい。電離放射線障害、放射能症とも。〔ついに太陽をとらえた(1954)〕

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

内科学 第10版の解説

放射線障害(生活・社会・環境要因)

概念
 放射線は,線量に依存して生体に多様な影響を与える.現代社会においては,医療において多用されている放射線のみならず,原子力災害などの原因によって環境中に存在する放射線の影響についても考慮する必要がある.
分類
 放射線に被曝した場合には,被曝線量に応じて多様な症状が時間依存的に発現するために,放射線影響については複数の分類方法が存在する(図16-1-8).まず,放射線障害は身体的影響と遺伝的影響に大別される.さらに,身体的影響は症状が発現する時期によって,被曝後数カ月以内に発症する早期影響と,それ以降に発症する晩発影響に分類される.また,被曝時に妊娠している場合には,胎児への影響も発生することがある.これらの分類とは別に,放射線防護の観点から,症状の発現に閾値が存在する確定的影響(deterministic effects)と,閾値がはっきりとしない確率的影響(stochastic effects)に分類することもある(図16-1-9).
病因
 高線量の放射線に被曝した細胞では,DNA損傷は修復されないために細胞死に至り,それが広汎に及びかつ幹細胞も傷害を受けた場合には,組織の機能不全をきたす.これは,早期影響における重篤な障害の原因となる.それに対して,低線量の放射線に被曝した場合には,DNA損傷が修復される可能性が高くなるために,細胞致死の頻度は少なくなるが,修復された遺伝情報が必ずしも元のものと完全に同じであるとは限らないために,異常な遺伝情報が生成されることによって細胞の機能異常が誘導される.これは,晩発影響である癌や遺伝的影響の原因となる.
早期影響
 0.5 Gy程度よりも高い線量の放射線に全身被曝した場合には,被曝直後から発症する症状によって特徴づけられる前駆期が存在し,いったんこれらの症状が軽快する潜伏期を経て,発症期にはいると放射線感受性の高い臓器の障害による症状が出現する.これらが軽快しない場合には重篤期にはいり,4 Gyよりも高い線量の全身被曝では半数以上が致死に至る可能性が高い.
1)前駆期症状:
悪心・嘔吐,下痢の消化器症状,頭痛と意識障害の神経症状,全身症状である発熱が,線量に応じて発現する(図16-1-10).線量が高いほど,発現頻度は高く,発現時期は早くなる傾向がある.また,耳下腺腫脹も特徴的な症状である.
2)発症期症状:
放射線感受性の高い臓器から症状が発現する.造血器の障害は早期から血球減少によって顕在化するが,リンパ球,好中球,血小板,赤血球の順に減少し,感染症,出血傾向,貧血による症状が発現する.粘膜傷害は,放射線感受性の高い小腸で発現頻度が高く,障害部位から出血しやすくなる.皮膚傷害は,線量が高くなるにしたがって,紅斑,脱毛,乾性落屑,湿性落屑,水疱,潰瘍,壊死が発現する.
3)重篤期症状:
感染症の中でも肺炎や敗血症は,呼吸不全やショックをきたすことによって呼吸・循環動態の不安定化の原因となりやすい.消化管粘膜と皮膚の傷害が遷延すると,傷害部位からの体液の漏出と感染症が発生しやすくなる.これらも不安定な循環動態に影響を及ぼす.さらに,重篤期が長期におよぶ場合には,放射線肺臓炎(radiation pneumonitis)によって呼吸不全が悪化する可能性がある.
4)治療:
被曝直後は,全身状態を安定に保つとともに,放射性物質の汚染を軽減することが重要である.脱衣と体表面の除染に加えて,体内への放射性物質の取り込みが疑われる場合には,それらの体外への除去を促進する対応が必要である.セシウムに対してはフェロシアン化第二鉄(プルシアンブルー)が,プルトニウムやアメリシウムに対してはキレート剤であるジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)が有効である.また,放射性ヨウ素の甲状腺への取り込みを予防するために,ヨウ化カリウムが用いられる.造血器障害による血球減少に対しては,顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)や輸血が必要となることが多いが,高線量被曝では造血幹細胞移植の適応も検討される.感染症に対しては,細菌,真菌,ウイルスなどの原因に応じた治療が必要である.消化管粘膜傷害に対しては,補液によって消化管を保護するとともに,L-グルタミン大量投与などによって粘膜再生を促進し,また高線量被曝においては,消化管滅菌も必要となる.重症化した場合には,厳密な呼吸・循環動態の管理が必要である.
晩発影響
 放射線の晩発影響は,被曝後長時間経過してから発現する影響であり,一生涯に及ぶものである.その病態の機序については確立していないが,DNA損傷が最初の原因であったとしても直接的な役割を果たすのではなく,染色体不安定性,慢性炎症,加齢などが関与することが想定されている.
1)癌:
原爆被爆者の疫学調査によって,1 Gyあたりの過剰相対リスクは,全癌では0.5であると報告されている(Prestonら,2007).多くの臓器由来の癌でリスクの増加がみられるが,癌の種類によって過剰相対リスクには差がある.造血器腫瘍,膀胱癌,乳癌,肺癌などは,リスクの高い代表的な癌である.また,放射線発癌のリスクは,被曝時年齢に大きく依存し,若年期の被曝ほどリスクは高くなる.
2)白内障:
放射線被曝によって発症する白内障は,水晶体の後極の後囊下の混濁から発生することが特徴であると報告されている.発症の閾値は,以前考えられていた値よりもかなり低いことが報告され,現在も詳細な調査が進行中である.
3)不妊:
低線量被曝では男女とも一時的に不妊になるが,高線量被曝では男女とも永久不妊となり,閾値は個人差が大きい.
4)その他:
放射線の晩発障害として,甲状腺機能低下症,子宮筋腫などの良性腫瘍が知られているが,これらに加えて,最近の原爆被爆者の調査では,高血圧性心疾患などの心血管病のリスクが放射線被曝によって増加することが報告されている(Yamadaら,2004).
胎児への影響
 放射線の胎児への影響は,胎児の被曝時期に大きく依存する.着床前期である受精から妊娠9日程度までの放射線被曝は死亡の原因となり,閾値は100 mGy程度である.器官形成期である妊娠2週から8週までにおいては,放射線被曝は奇形の発生の原因となり,閾値は100 mGy程度である.妊娠8週から25週までの胎児期においては,放射線被曝は精神発達遅滞の原因となり,特に妊娠15週までにおける頻度が高く,閾値は300 mGy程度である.放射線による癌のリスクは,妊娠期間全体において増加する.
遺伝的影響
 これまでの原爆被爆者の子供を対象とした調査においては,限られた調査項目では遺伝的影響は明らかではないが,加齢に伴ってどのような健康影響が発現するのかについては,長期間にわたる調査が必要である.[宮川 清]
■文献
Preston DL, Ron E, et al: Solid cancer incidence in atomic bomb survivors: 1958-1998. Radiat Res, 168: 1-64, 2007.
Yamada M, Wong FL, et al: Noncancer disease incidence in atomic bombs survivors, 1958-1998. Radiat Res, 161: 622-632, 2004.

放射線障害(医原性疾患)

概念
 診断や治療のために患者が被曝する医療被曝は,医療従事者が被曝する職業被曝や一般人が被曝する公衆被曝とは異なり,線量限度が設定されていない.これは,放射線による診断や治療の便益が,被曝のリスクを上回って健康維持に寄与することを前提としているからである.したがって,放射線を用いた診断や治療を行う際には,その必要性を常に確認する必要がある.また,計画された線量を照射することを遵守するとともに,過剰な照射が行われないよう安全性の確保も不可欠である.一方,同じ医療における被曝であっても,職業被曝と公衆被曝においては,線量限度をこえて被曝しないよう配慮する必要がある.
放射線診断における被曝障害
 単純X線撮影に比べて,CTスキャンや放射性同位元素を用いたシンチグラフィの検査では被曝線量が高い.原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)2008年の報告によれば,CTスキャンの実効線量の平均は7.4 mSvとされ,日本では部位別に,頭部2.4 mSv,胸部9.1 mSv,腹部12.9 mSv,骨盤部10.5 mSvである.日本のPET検査の実効線量の平均は,同報告では6.4 mSvである.また,上部消化管造影の実効線量の平均は,国際的には3.4 mSvと報告されている.放射線防護基準の策定の際に重要なデータを提供している原爆被爆者を対象とした疫学研究によれば,30歳で被爆した場合の70歳での固形癌発症の過剰相対リスクは1 Svあたり47%であり,100 mSvで約5%となる(Prestonら,2007).そのために,これらを頻回に施行した場合には,発癌リスクの増加が問題となる.また,診断に引き続いて治療も行うinterventional radiology(IVR)では,局所照射によって皮膚障害などの局所症状も発現する可能性がある.
1)癌:
放射線診断による被曝で問題となる発癌は,低線量の放射線によるものである.放射線発癌は,閾値の存在が明らかではない確率的影響に分類されているが,低線量域においては,より高い線量域で観察される線量とリスクの直線関係が適応されるかどうかは不明である(Mullendersら,2009).
 低線量域における線量とリスクの関係を複雑化する複数の要因が存在することが想定されているが,その中でもDNA損傷応答機構の個人差は分子機構の解明が進んでいる.これまで同定されているDNA損傷応答機構は,高線量照射の研究によって同定されたものである.これらのうち,主要な分子については低線量照射時でも,DNA損傷に対する応答において重要な役割を果たしていることが確認されている.それゆえ,これらの分子の機能が遺伝的に低下している場合には,放射線発癌の高リスク群に属することになる(放射線高感受性症候群).代表的な例は,DNA損傷のセンサーであるATMの遺伝性変異によって発症する血管拡張性失調症の放射線高感受性と発癌リスクの増加にみられる.また,この疾患のキャリアでは,ATMのヘテロ接合変異によって酵素活性が低下しているために,放射線感受性の亢進と若年発症の乳癌のリスクが増加している.このように,DNA損傷応答機能の個人差は,低線量の放射線被曝の発癌リスクの複雑性に寄与する. このほかに低線量域の放射線影響の複雑性に寄与する要因としては,バイスタンダー効果と適応応答が知られている.前者は,被曝した細胞の周辺に存在する非被曝細胞においても被曝細胞と同様の放射線影響が発現することであり,後者は,事前に低線量の放射線照射した細胞では,事前照射をしない細胞に比べて,その後に同じ線量の照射をしても,放射線の影響が少なくなることである.このように,複数の要因が存在するために,低線量域における線量とリスクの関係は,いまだに確立していない.
2)皮膚障害:
時間あたりの線量が低い低線量率の照射による診断あるいはIVRであっても,長時間照射する場合には,放射線の早期影響である皮膚障害が発生する.軽症例では,急性炎症が原因となるために可逆性であるが,重症例では,DNA損傷に起因する細胞死が中心的な病因になるために,不可逆的な変化をきたす.
放射線治療における被曝障害
 放射線治療においては,治療の標的となる腫瘍組織に線量を集中するように計画をしていても,その周辺に存在する正常組織も被曝してしまうために,その局所における障害が発生する.癌治療においては,局所の被曝線量は高線量域に及ぶために,多彩な早期障害と晩期障害が発生する可能性がある.
1)早期障害:
放射線感受性の高い組織である造血器,皮膚,粘膜などが高線量の放射線に被曝した場合には,急性炎症や細胞死による組織の局所脱落による症状が発現する.
2)晩期障害:
晩期障害に分類される肺線維症,神経障害,直腸障害などは,慢性炎症や細胞死が病因となり,これらは早期障害の病因とも類似するために,晩期の中でも比較的早い時期に出現する.それに対して,癌は染色体異常や塩基の点突然変異などを特徴とすることから,DNA損傷,慢性炎症,染色体不安定性,加齢などの要因が原因となることが想定され,かなりの年数を経てから顕在化する.この場合に,治療の対象となった癌の再発や転移との鑑別診断が重要である.また,放射線治療に加えて化学療法を施行している場合には,DNA損傷を生成しやすい薬剤の影響も考慮する必要があるが,特徴的な染色体異常の原因となるエトポシドなどの一部の薬剤を除いては,放射線とDNA損傷性薬剤の発癌への寄与を鑑別することは困難である.このような局所照射の障害に加えて,造血幹細胞移植における全身照射では,生殖細胞への影響によって不妊の可能性が高くなる.[宮川 清]
■文献
Mullenders L, Atkinson M, et al: Assessing cancer risks of low-dose radiation. Nature Rev Cancer, 9: 596-604, 2009.
Preston DL, Ron E, et al: Solid cancer incidence in atomic bomb survivors: 1958-1998. Radiat Res, 168: 1-64, 2007.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

今日のキーワード

スト破り

ストライキの際、使用者側について業務を続けること。特に、使用者がストライキに対抗して雇用者の一部や外部からの雇用者を就業させること。また、その労働者。スキャッブ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

放射線障害の関連情報