放射線障害(読み)ホウシャセンショウガイ(その他表記)radiation damage
radiation hazard

デジタル大辞泉 「放射線障害」の意味・読み・例文・類語

ほうしゃせん‐しょうがい〔ハウシヤセンシヤウガイ〕【放射線障害】

放射線被曝ひばくによって健康な生体に起こる障害。造血器・生殖器・腸管・皮膚が障害を受けやすい。

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精選版 日本国語大辞典 「放射線障害」の意味・読み・例文・類語

ほうしゃせん‐しょうがいハウシャシャウガイ【放射線障害】

  1. 〘 名詞 〙 放射線にさらされることによって起きる障害。発癌、白内障、不妊などの身体的障害と、染色体異常などの遺伝的障害とがある。胎児では、成体に比べ軽度の被曝(ひばく)でも障害が大きい。電離放射線障害、放射能症とも。〔ついに太陽をとらえた(1954)〕

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改訂新版 世界大百科事典 「放射線障害」の意味・わかりやすい解説

放射線障害 (ほうしゃせんしょうがい)
radiation damage
radiation hazard

放射線被曝によって生体に引き起こされる障害をいう。放射線は,広義には,原子の構成因子である電子,中性子,陽子などの高速の流れである粒子線と,電磁波を総称したもので,電磁波の中には,赤外線,可視光線,紫外線,X線,γ線がある。したがって,放射線障害の中には,可視光線や紫外線による障害,たとえば,日光皮膚炎,皮膚癌,角膜炎,白内障なども,広義の放射線障害としては,取り上げられるべきかも知れない。しかし,一般には,電離作用をもった電離放射線,すなわち,α線,β線,γ線,X線,中性子線,陽子線などによる障害を意味し,可視光線や赤外線など低エネルギーのものによる障害は含めない。

 放射線障害は,被曝した個体に出現する身体的障害と,子孫に現れる遺伝的影響に分けられるが,身体的障害はさらに,症状の出現してくる時期によって,急性障害と,晩発性障害に分けられる。

 また,身体的障害出現の様相は,被曝した線量の大きさに左右されるばかりでなく,どのような状態で,どのような放射線による被曝を受けたかということによって,大きく変化する。そのような観点から,放射線の発生源(線源)が外部にある場合の被曝形式を外部被曝(体外被曝)と呼び,身体内に取り込まれた放射性物質によって,身体内部から被曝するような形式を内部被曝(体内被曝)と呼んで,その障害を分けて考えるほうが理解しやすい。外部被曝については,透過性の強いX線,γ線,中性子線が問題となり,α線やβ線のような透過力の弱い放射線は,皮膚障害以外は,重要な問題とならない。一方,内部被曝については,逆に,α線やβ線のほうが,大きな障害を引き起こす可能性がある。それは,α線やβ線が,身体内の細胞に密着して,そのエネルギーのすべてを周囲の細胞に与えて障害を引き起こすからである。

 原子爆弾被曝のような場合は,上記の外部被曝と内部被曝が同時に引き起こされているので,このような場合については,混合被曝と呼んでいる。

 次に,外部・内部被曝に共通していえる事実として,同じ量の放射線を受けても,年齢・性別などによって障害の出現には差異があり,胎児,幼児,小児などは成人に比べ,放射線に対して敏感である。また,かなりの個体差も認められる。

人類の放射線障害が認められるようになったのは,1895年,レントゲンによるX線の発見と,ほぼ同時であると考えてよい。表1に示すように,96年には,すでに,急性皮膚炎,脱毛などの障害が報告されている。

 X線の発見当初は,障害作用について無知であったため,その濫用による多くの犠牲者が生じた。

 表1に示すように,20世紀初頭までは,障害のおもなものは,放射線取扱者(技師,医師など)の手の皮膚炎や皮膚癌であったが,20世紀に入ると,造血障害としての再生不良性貧血や白血病の発生が,しだいに問題となってきた。一方,X線だけでなく,放射性物質による障害の報告も,ウラン鉱山の鉱夫の肺癌や,夜光時計のダイヤル塗装工の骨肉腫などが報告されるようになった。

 1950年代までは,放射線障害は,職業的に放射線や放射性物質を取り扱う人々に限って引き起こされるものであったために,大量の,ある一定の〈しきい線量〉以上の放射線被曝を受けたときに限って発生するものと考えられてきた。

 ところが,1957年,ルイスE.B.Lewisは,放射線被曝と白血病発生に関する疫学的調査の成績(放射線科医師,強直性脊椎炎X線治療患者,原爆被曝後生存者の調査)を基に,白血病および癌は,どのような少量の放射線被曝によっても引き起こされる可能性のあることを示し,放射線の発癌効果には,〈しきい値〉は存在しないものと主張した。

 一方,放射線および放射性物質を取り扱う研究所や工場などで,放射線の取扱いミスによる事故が,まれではあるが引き起こされ,それらの被曝者の病状は,主として放射線障害の急性障害に関する知識を得る上で,重要な情報源となった。これらの貴重な経験から,表2に示すような,放射線の人体への影響についての知識を得ることができたのである。

人体は,60兆個の細胞から成り立っている。そして,その中の2%約1兆2000億個が毎日,新しい細胞と交代している。そして,この細胞の交代,つまり細胞分裂には,細胞中の核酸(DNA)が重要な役割を果たしている。細胞の原形質内に侵入した放射線は,通過にあたって,原子,分子の励起状態と電離状態を引き起こす。このとき,まわりにエネルギーをたくさん与える力(線エネルギー付与損失LET)の高い放射線(α線など)ほど,透過力が弱くなる。LETの低い放射線(X線やγ線)は逆に透過力が強いことになる。

 放射線による細胞の損傷は,細胞内で引き起こされた放射線による電離状態の結果生じたイオンや遊離ラジカルが分子変化を引き起こした結果生じるのである。さまざまな分子が損傷されるが,その中でも決定的な影響を受けるのは,DNA分子である。したがって分裂能力が障害を受けることになる。分裂の盛んな細胞,分化能力の高い細胞ほど,放射線の作用を強く受ける(これをベルゴニエ=トリボンドゥの法則という)のは,この理由による。また,DNA損傷の結果,誤った情報がDNA分子の中に組み込まれると,正常の細胞に分化しないで,変質した細胞になることになり,結果的には,癌細胞を生じたり,異常な生殖細胞を生じたりすることになる。

 人体の組織は,大別すると,(1)造血組織,生殖器官,粘膜,皮膚などのような絶えず細胞の新生,置換の起こっている細胞再生系,(2)肝臓,腎臓のような,普通は細胞の新生,置換は停止しているが,条件によっては分裂増殖を開始することのある条件付細胞再生系,(3)中枢神経などのように,生後は一生にわたって,細胞の新生,置換の行われることのない非分裂系,に分けられるが,障害を受けやすい組織は,(1)(2)(3)の順となる。一方,体細胞の中には,損傷を受けたDNAを修復するような酵素を自然にもっているので,同じ線量を被曝しても,1回に全部受けるときよりも,分割して被曝したときのほうが,損傷が少ないことになる。

事故被曝や原爆被曝症でも,近距離(爆心から1.5km以内)で大量の放射線(γ線や中性子線)を一度に,全身に浴びた人々に起こった症状である。被曝線量に応じて,造血障害を主症状とするもの,これに加えて消化管障害の症状が著明に出てくるもの,さらに,大線量のため,中枢神経障害が被曝直後から出現してくるもの,の3段階の障害に分けられる。

 また,症状の経過から,前駆症状期,潜伏期,症状発現期,回復期に分けられる。この際,被曝線量が大きいほど,潜伏期は短くなる。一般的に,なんらかの臨床症状が明らかに認められるのは,100rad(=Gy)以上の場合であり,血液検査によって変化が認められる最低線量は25rad以上である。最も鋭敏な検査法である末梢血リンパ球の染色体異常検査によれば,数rad以上で異常を検出することができる。以下に被曝線量と症状について解説する。

(1)100~200rad 一過性の悪心,嘔吐,全身倦怠感などの前駆症状が,被曝後3時間くらいから出現する。また,軽度の白血球減少(とくにリンパ球),血小板減少が,数日後より認められる。

(2)200~600rad 上記と同様の前駆症状が,被曝後2時間くらいから発生する。高度の白血球減少,血小板減少,貧血などの造血障害がしだいに悪化し,被曝後2~6週目に極期に達する。これらの血球減少に伴って,感染,出血などの臨床症状が出現する。また,300rad以上では,被曝後第2週より,脱毛が起こる。

(3)600~1000rad 悪心,嘔吐の前駆症状は,被曝後1時間より発生する。しかし,その症状は48時間以内に治まり無症状となる。数日後から,造血障害に伴う出血,感染症状に加えて,消化管障害による下痢,脱水症状が出現し,数週のうちに死亡する。

(4)1000rad以上 被曝直後より悪心,嘔吐,下痢とともに,中枢神経障害による見当識障害,運動失調,痙攣(けいれん)などの神経症状が出現する。また,これに加えて,循環器系のショック症状としての低血圧,乏尿などの合併により,24~48時間内に死亡する。

 治療法としては,100rad以下のときは,とくに治療の要はない。経過を観察し,必要に応じて鎮静剤を用いる。100~1000rad程度の被曝時は,治療の方法により生死が決せられる。感染と出血に対する治療が基本となる。無菌室に収容し,顆粒球数が1000/mm3以下のときは,予防的に血液毒性の少ない抗生物質を使用する。血小板数1万/mm3以下のときは血小板輸血を行う。顆粒球輸血も必要に応じて行う。ヒトの50%致死線量(LD50)は,350radくらいと考えられるので,600rad以上の被曝時は,造血能の自然回復は期待できないので,骨髄移植を考慮する。組織適合性の一致した兄弟や家族から骨髄を採取して,移植を行う。実際に,1967年,ピッツバーグの事故被曝者に,一卵性双生児の兄弟よりの骨髄移植により救命しえた報告がある。被曝線量と症状のまとめを,図に示した。

体の一部分だけに,外部線源から放射線被曝を受けたときにみられる障害である。体の部分の中でも,皮膚,生殖腺,眼がとくに問題となる。

 皮膚障害は,被曝線量により以下の4段階に分けられる。(1)300rad以上 約2週間の潜伏期の後,脱毛が起こる。(2)500~1000rad 被曝後数時間で,早期紅斑が出現するが,3~4日後にいったん消退し,8~10日後より乾性皮膚炎としての紅斑が出現し,2週間後に最強となる。(3)1200~1800rad 1週間の潜伏期の後,湿性皮膚炎としての水疱,びらんが出現する。(4)2000rad以上 3~5日間の潜伏期の後,難治性の壊死,潰瘍が出現する。

 生殖腺障害に関しては,男子生殖腺がとくに鋭敏に反応する。被曝後,数日内の精子数の減少があるときは,数百rad以上の被曝があったと考えてよい。15rad以上で,50~60日後の一時的な精子の減少,100rad以上で,9~18ヵ月間,200~300radで,30ヵ月以上,400~600radで,5年以上にわたって精子数の減少が認められ,800rad以上では,永久に生殖能力を失う。卵巣に関しては,200radで,2~3年間の一時不妊,400~600radで,永久不妊となる。卵巣被曝に関連して,部分被曝の中でも,とくに重要な事項として,妊婦の子宮被曝ないし胎児の被曝の問題にふれておきたい。

 胎児の胎齢によって,放射線の影響は,三つに分けて考えることができる。受精卵着床までの受精後2週間の間は,流産が問題となり,その最低線量は5radである。次に,胚芽期(器官形成期)は,胎齢2~10週であるが,この間の被曝はとくに重要で,出生後の知能障害も含めた奇形発生が問題となる。その最低線量は5~20radと,奇形の起こる臓器別に多少の差異がみられる。胎児の発育期である胎齢10週より出生までの期間の被曝では,出生後の悪性腫瘍の発生が問題となり,2.3×10⁻4rad⁻1の〈しきい値〉なしの増加が想定されている。原爆被曝の妊娠の成績では,妊娠4~13週で出生児の28%,14週以後で7%に小頭症が認められたとの報告がある。

 眼の障害に関しては,被曝による水晶体混濁が引き起こされるが,その最低線量は1回200radであり,視力障害を伴うような重症の白内障発生の最低線量は500rad以上である。潜伏期間は,250~650radで8年間,650rad以上で4年間である。白内障に関しては,放射線の種類がとくに重要で,中性子線は,γ線,X線に比し,著しく誘発効果が高い。

既述のように,100rad以上の放射線全身被曝のときは,数日から数週のうちに,種々の身体的異常が引き起こされる。これに対して,数ヵ月から数年の後に現れてくるタイプの放射線障害がある。これを晩発性障害(晩発性放射線症)と呼ぶ。その出現様式には,二つのタイプがある。その一つは急性障害が一応回復した後に,質的に異なった新しい障害の症状が出てくる場合で,数百rad以上の局所被曝で出現した急性障害としての放射線皮膚炎が不完全な治癒状態にあるとき,何年かして皮膚癌になるような場合である。もう一つは,急性障害を表さない程度の放射線被曝の後,数ヵ月から数年後になって,初めて障害が明らかになってくるような場合である。このような場合は,放射線被曝と症状の間に長期間の潜伏期が存在するので,原因と結果の因果関係を実証することは難しくなってくる。しかも,放射線の晩発性障害としての疾病と,他の原因または原因不明のいわゆる特発性疾患との間には,特別な病像の差が認められないので,晩発性障害の診断は,個々のケースについては困難なことが多い。しかし,晩発性放射線障害と考えうる疾病は,次の二つの方法によって規定することができる。その一つは,動物実験によって,放射線被曝と発症の因果関係が実証されうるものであり,もう一つは,大規模な人類集団の疫学的調査によって,同じく因果関係が実証されえたものである。

 広島の原爆被災者の統計によると,骨髄性白血病は,被曝後2年より増加し始め,5~8年目ころには,対照群の10倍以上にも発生頻度が上昇している。慢性リンパ性白血病は,これに反して,対照群との間に発生率の差を認めえない。このような放射線被曝後の白血病発生の増加は,原爆被災者の成績のほかにも,強直性脊椎炎,胸腺肥大などに対する放射線治療後の成績,母親の腹部X線診断による胎児被曝などの成績からも明らかである。統計的には,被曝後15~20年間にわたって,100rad以上被曝の場合は,1rad当り,100万人につき年間1~2例の白血病発生率の増加があると考えられている。

 一方,白血病以外の悪性腫瘍の誘発については,広島,長崎の被災者の成績で確実に対照群に比して発生率の増加が認められたのは,甲状腺癌,乳癌,肺癌,胃癌,唾液腺腫瘍,リンパ腫,多発性骨髄腫である。

 これらの固形癌の場合は,白血病発生に比してさらに長い潜伏期間(平均25年)が認められている。このような白血病やいろいろの癌の発生は,放射線を浴びたすべての人に100%起こるものではなく,浴びた線量に比例して,発生の確率が増加していくものと考えられている。

 このようなタイプの晩発性障害について,国際放射線防護委員会(ICRP)は,1977年の勧告で,〈確率的放射線障害stochastic effects〉と呼び,〈確率的障害とは,その障害の重篤度ではなく,その障害の起こる確率が,しきい値のない線量の関数とみなされる障害である〉と定義した。このようなカテゴリーに入るものは,発癌と遺伝的効果である。

 すなわち,被曝線量(D)と悪性腫瘍誘発率(I)との間には,(1)線形モデルI=αD,(2)線形二次曲線モデルI=αD+βD2,(3)二次曲線モデルI=βD2が考えられ,放射線生物学的な成績からは(2)のモデルが最も現実的と考えられるが,ICRPでは,大事をとって,(1)の直線型モデルを採用して,発癌および遺伝的効果の危険度(リスク)を評価している(表3)。

 確率的障害に対して,ある線量以上の放射線を浴びると,100%発症してくる晩発性障害がある。その例は,部分被曝の項で述べたように,眼の白内障(200rad以上),不妊症(数百rad以上)などである。このタイプの障害は,非確率的放射線障害non-stochastic effectsと呼ばれる。

 放射線による寿命の短縮,老化の促進について,かつては動物実験の成績および放射線科医が一般内科医よりも寿命が短いなどの報告で,重視されてきた。しかし,今日,詳細な検討の結果,腫瘍以外の疾患による死亡率の上昇,つまり,放射線が老化を促進するという事実は否定されてきている。アメリカ科学アカデミー,アメリカ研究審議会のBEIR委員会の第3報告書(1980)でも,低LET放射線300rad以下の被曝で起こる寿命短縮は,腫瘍が誘発されたためと結論しており,ICRPも同様の見解をとっている。

放射性物質が体内に入って,身体内部で引き起こされる放射線被曝は,外部被曝と次のような点で様相を異にしている。(1)内部被曝は,α線やβ線によることが多い。α線はまわりの組織に与えるエネルギーが大きい(高LET)ので,組織や細胞をγ線よりも強く障害する。(2)外部被曝は,線源から離れると放射線を受けなくなるが,内部被曝では,体内の放射性物質が排泄されない限り,放射線被曝が持続する。(3)放射性物質の種類によって,特定の組織,器官(これを標的臓器と呼ぶ)に蓄積する性質があり,また細胞に密着して存在するようになるので,一つの細胞に放射線の影響が集中して起こる可能性がある。

 今日まで知られた人体の内部被曝による重大な障害例は,夜光時計のダイヤル塗装工の骨肉腫(ラジウムの骨への蓄積),ウラン鉱山の鉱夫の肺癌(ラドンの肺への蓄積),トロトラスト造影剤注入者の肝癌,白血病(二酸化トリウムの肝臓,骨髄への蓄積)などにみられた発癌効果であり,大量の放射性物質が体内に取り込まれて急性障害を起こした例はほとんどない。最近,核実験による放射性降灰による内部被曝(ビキニ核実験による子どもの甲状腺腫),原子力施設作業員の核燃料(とくにプルトニウム)による汚染,1973年スリー・マイル・アイランド事故による環境汚染に伴う放射性物質の吸入(とくにヨウ素)などがあり,放射性物質による汚染および内部被曝の問題は,にわかに脚光を浴びつつある。

 内部被曝の治療法の原則を述べれば,まず,外傷やショックなどの一般的な臨床症状があれば,それを優先して治療する。次いで,できるだけ早く放射性物質の除染を開始する。次に,特殊処置として,洗浄だけで取りきれない放射性汚染は,外科処置も考慮する。消化管に入った場合は,吐剤,下剤を用いる。また,ヨウ素などの場合は,安定同位元素(ヨウ化カリウム)などを投与して希釈効果をはかる。気道に入った場合は,鼻腔,咽頭,肺洗浄を行う。プルトニウムなどの場合は,適当なキレート剤(DTPA)などを投与し,体内残留放射能をできるだけ少なくするように努めることが重要である。

放射線による遺伝障害については,歴史的にみて,1927年に,H.J.マラーが行った,ショウジョウバエを用いたX線照射による遺伝障害の成績が有名であるが,昆虫の実験成績から人間の遺伝障害を類推することには無理があり,60年代になって,ラッセル夫妻L.B.& W.L.Russellが,70万匹のマウスを用いた検討を行ってきている。

 遺伝的な影響の研究は,数世代にわたって多数例を検討することが,ヒトについては難しいので,動物実験で得られたデータによらざるをえない。マウスの実験で,精原細胞と卵母細胞の突然変異誘発の線量対効果の関係が求められたが,その結果,LETの高い放射線では,突然変異発生率は,線量に比例して増加するが,線量率には比較的無関係であった。しかし,LETの低い放射線では,発生率は線量率に比例するが,線量率依存性がきわめて高いことがわかった。

 現在までの知見をもとにすると,ヒトの突然変異発生率を倍加するのに要する線量(倍加線量)は50~240(平均114)remと考えられる。一方,広島,長崎の原爆被災者の成績では,研究の蓄積にもかかわらず,いまだ遺伝的影響を示すような証拠は見つかっていないので,ヒトの倍加線量はもっと大きくて,156rem以上,低い線量による緩やかな長期被曝の場合は,450remよりももっと大きいのではないかと考えられ,このような観点から,ICRP(1977年)は,遺伝的影響は,全身均等被曝の際の個人の身体的影響よりも少ないものと推定している。

 表4に示したように,遺伝的障害者の自然の発生率は意外に高く,10%以上であるので,これに比べて放射線被曝による遺伝障害の増加はそれほど目だたない。

 今後,ヒトでのデータの集積をはかる必要はあるが,事故被曝のような,きわめて大量の放射線被曝が,生殖腺に起こった場合を除いては,遺伝障害が問題となることは少ないと考えられる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「放射線障害」の意味・わかりやすい解説

放射線障害
ほうしゃせんしょうがい

電離放射線の被曝(ひばく)により生じる健康障害のことをいう。

 電離をおこす放射線には、電磁波(X線、γ(ガンマ)線)や粒子(α(アルファ)線、β(ベータ)線、中性子線、重粒子線)がある。放射線障害は、体外からの放射線による被曝(外部被曝)、あるいは放射性物質の摂取(内部被曝)により生じる。

 放射線の電離作用により細胞の遺伝子が損傷を受け、この損傷を修復できないと細胞は死に、その程度が大きいと臓器・組織の機能が損なわれる。遺伝子損傷の修復が不十分であると突然変異や染色体の異常が生じ、これが被曝した個体の細胞におきれば発癌(がん)の、生殖細胞におきれば子孫の障害の原因となる。

 放射線障害は臓器・組織により感受性が異なり、とくに細胞増殖の盛んな組織(骨髄、消化管上皮、皮膚、精子形成細胞など)が障害を受けやすい。

[大町 康]

放射線障害の分類

被曝線量と障害の発生様式に基づき、確定的影響と確率的影響に分類される。

 確定的影響は細胞死に基づく臓器・組織の機能や形態の障害である。障害の発生には閾値(しきいち)があり、これを超えると線量が高くなるにしたがい障害は重篤化する。代表的なものは、骨髄障害、消化管障害、皮膚障害、不妊、白内障、胎内被曝による胎児障害である。

 骨髄障害では、0.5グレイ(Gy)より造血能の低下がみられ、障害の程度が強くなると白血球とともに血小板も減少し、感染や出血の原因となる。治療が施されないと3グレイ以上の被曝で死亡に至る。消化管障害では、5グレイ以上の被曝で、放射線感受性の高い幹細胞の分裂の停止により腸上皮細胞の再生が障害され、新たな上皮細胞が供給されず、吸収障害、体液の漏出のため、下痢、出血、感染が生じる。皮膚では、3グレイ以上の被曝で紅斑や脱毛が生じ、15~25グレイでは水疱形成が、20グレイ以上では潰瘍が生じる。精子や卵子を形成する細胞が障害を受けると不妊となるが、男性の場合3.5~6グレイで、女性の場合2.5~6グレイで永久不妊になる。白内障は眼の水晶体の上皮に障害が起こることが原因で、0.5~2グレイで水晶体の混濁が、5グレイ以上では視力障害に至る。胎児障害では、0.1グレイ以上の被曝を、受精後0~8日までに受けると胎児死(流産)が、受精後2~8週に受けると胎児の外表や内臓の形態異常を生じやすい。受精後8~25週に0.3グレイ以上の被曝で重篤な精神遅滞がおこる。

 確率的影響は突然変異に基づく障害で、発癌と遺伝的障害がある。確率的影響には閾線量(しきいせんりょう)はないと仮定されており、線量が高くなるとその発生頻度が増加する。発癌の代表的なものに白血病、肺癌、胃癌、甲状腺(こうじょうせん)癌、乳癌等がある。放射線による癌死亡は、0.1シーベルト(Sv)の被曝で0.5%程度増加すると考えられているが、0.1シーベルト以下の被曝では発癌リスクの増加は検出されていない。これは、0.1シーベルト以下でも癌リスクが見込まれるものの、統計的な不確かさが大きいために疫学研究ではそれを直接明らかすることが困難なためである。

 遺伝的障害は、放射線により生殖細胞におこった遺伝子の異常が子孫に現れるもので、身体の異常(形態異常など)や疾病がある。これらはショウジョウバエやマウス等の動物実験ではおこるが、広島と長崎の原爆被爆者二世調査の結果からヒトでは確認されていない。

 被曝線量や障害の症状の発生時期等からは、急性障害と晩発障害に分類される。急性障害は、比較的短期間に高線量(約1グレイ以上)を被曝した場合に、被曝後数週間以内に生じる。全身あるいは体幹部が被曝した場合を急性放射線症といい、その臨床は被曝後の時間的経過から、前駆期、潜伏期、発症期、回復期の病期をたどる。被曝0~2日の前駆期には食欲低下、吐き気、嘔吐、全身倦怠が起こるが、2日~3週間の潜伏期は無症状となり、その後の発症期では被曝線量に応じて骨髄、消化管、皮膚、中枢神経系に症状が現れる。晩発障害は被曝後数か月以上を経て現れる障害で、代表的なものは発癌、白内障である。

[大町 康]

放射線障害の事例

X線発見の翌年である1896年には、X線による脱毛が報告されている。その後、放射線の利用に伴い、さまざまな事故等による障害が発生している。時計の文字盤にラジウムを含む夜光塗料を塗る作業者は、筆をなめる行為等によるラジウムの内部被曝により、顎の骨髄炎や骨肉腫が生じた。広島・長崎の原爆投下では、原爆放射線による急性放射線症、発癌、胎児障害等が発生した。チェルノブイリ原子力発電所事故では、作業者に急性放射線症や白血病が、住民には小児甲状腺癌が生じた。1954年に行われたマーシャル諸島の水爆実験で、放射性降下物に被曝した島民には放射性ヨウ素の内部被曝により甲状腺癌がおこった。1987年にブラジルのゴイアニアで発生した放射線治療用線源による被曝事故では放射性セシウム被曝により、1999年(平成11)の東海村臨界事故では中性子線とγ線被曝により急性放射線症が発生している。医療の場では、強直性脊椎炎や頭部白癬(はくせん)等の治療で放射線照射を受けた患者に発癌が、また、二酸化トリウムを主剤とした造影剤のトロトラストを投与された患者に白血病や肝癌等が発生したため、これらの治療や診断は現在行われていない。

[大町 康]

放射線障害の治療

治療に際しては、被曝した放射線や放射性物質の種類、被曝線量、患者の症状やその程度に応じて、治療方法や用いる薬剤が選択される。たとえば、骨髄障害の治療として、感染症対策、骨髄移植、造血幹細胞移植、造血性サイトカインの投与が施される。内部被曝の場合には、放射性物質の体外排出を促進するために、消化管からの放射性物質の吸収の低減作用をする物質や、放射性物質と結合するキレート剤を投与する。

[大町 康]

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内科学 第10版 「放射線障害」の解説

放射線障害(生活・社会・環境要因)

概念
 放射線は,線量に依存して生体に多様な影響を与える.現代社会においては,医療において多用されている放射線のみならず,原子力災害などの原因によって環境中に存在する放射線の影響についても考慮する必要がある.
分類
 放射線に被曝した場合には,被曝線量に応じて多様な症状が時間依存的に発現するために,放射線影響については複数の分類方法が存在する(図16-1-8).まず,放射線障害は身体的影響と遺伝的影響に大別される.さらに,身体的影響は症状が発現する時期によって,被曝後数カ月以内に発症する早期影響と,それ以降に発症する晩発影響に分類される.また,被曝時に妊娠している場合には,胎児への影響も発生することがある.これらの分類とは別に,放射線防護の観点から,症状の発現に閾値が存在する確定的影響(deterministic effects)と,閾値がはっきりとしない確率的影響(stochastic effects)に分類することもある(図16-1-9).
病因
 高線量の放射線に被曝した細胞では,DNA損傷は修復されないために細胞死に至り,それが広汎に及びかつ幹細胞も傷害を受けた場合には,組織の機能不全をきたす.これは,早期影響における重篤な障害の原因となる.それに対して,低線量の放射線に被曝した場合には,DNA損傷が修復される可能性が高くなるために,細胞致死の頻度は少なくなるが,修復された遺伝情報が必ずしも元のものと完全に同じであるとは限らないために,異常な遺伝情報が生成されることによって細胞の機能異常が誘導される.これは,晩発影響である癌や遺伝的影響の原因となる.
早期影響
 0.5 Gy程度よりも高い線量の放射線に全身被曝した場合には,被曝直後から発症する症状によって特徴づけられる前駆期が存在し,いったんこれらの症状が軽快する潜伏期を経て,発症期にはいると放射線感受性の高い臓器の障害による症状が出現する.これらが軽快しない場合には重篤期にはいり,4 Gyよりも高い線量の全身被曝では半数以上が致死に至る可能性が高い.
1)前駆期症状:
悪心・嘔吐,下痢の消化器症状,頭痛と意識障害の神経症状,全身症状である発熱が,線量に応じて発現する(図16-1-10).線量が高いほど,発現頻度は高く,発現時期は早くなる傾向がある.また,耳下腺腫脹も特徴的な症状である.
2)発症期症状:
放射線感受性の高い臓器から症状が発現する.造血器の障害は早期から血球減少によって顕在化するが,リンパ球,好中球,血小板,赤血球の順に減少し,感染症,出血傾向,貧血による症状が発現する.粘膜傷害は,放射線感受性の高い小腸で発現頻度が高く,障害部位から出血しやすくなる.皮膚傷害は,線量が高くなるにしたがって,紅斑,脱毛,乾性落屑,湿性落屑,水疱,潰瘍,壊死が発現する.
3)重篤期症状:
感染症の中でも肺炎や敗血症は,呼吸不全やショックをきたすことによって呼吸・循環動態の不安定化の原因となりやすい.消化管粘膜と皮膚の傷害が遷延すると,傷害部位からの体液の漏出と感染症が発生しやすくなる.これらも不安定な循環動態に影響を及ぼす.さらに,重篤期が長期におよぶ場合には,放射線肺臓炎(radiation pneumonitis)によって呼吸不全が悪化する可能性がある.
4)治療:
被曝直後は,全身状態を安定に保つとともに,放射性物質の汚染を軽減することが重要である.脱衣と体表面の除染に加えて,体内への放射性物質の取り込みが疑われる場合には,それらの体外への除去を促進する対応が必要である.セシウムに対してはフェロシアン化第二鉄(プルシアンブルー)が,プルトニウムやアメリシウムに対してはキレート剤であるジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)が有効である.また,放射性ヨウ素の甲状腺への取り込みを予防するために,ヨウ化カリウムが用いられる.造血器障害による血球減少に対しては,顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)や輸血が必要となることが多いが,高線量被曝では造血幹細胞移植の適応も検討される.感染症に対しては,細菌,真菌,ウイルスなどの原因に応じた治療が必要である.消化管粘膜傷害に対しては,補液によって消化管を保護するとともに,L-グルタミン大量投与などによって粘膜再生を促進し,また高線量被曝においては,消化管滅菌も必要となる.重症化した場合には,厳密な呼吸・循環動態の管理が必要である.
晩発影響
 放射線の晩発影響は,被曝後長時間経過してから発現する影響であり,一生涯に及ぶものである.その病態の機序については確立していないが,DNA損傷が最初の原因であったとしても直接的な役割を果たすのではなく,染色体不安定性,慢性炎症,加齢などが関与することが想定されている.
1)癌:
原爆被爆者の疫学調査によって,1 Gyあたりの過剰相対リスクは,全癌では0.5であると報告されている(Prestonら,2007).多くの臓器由来の癌でリスクの増加がみられるが,癌の種類によって過剰相対リスクには差がある.造血器腫瘍,膀胱癌,乳癌,肺癌などは,リスクの高い代表的な癌である.また,放射線発癌のリスクは,被曝時年齢に大きく依存し,若年期の被曝ほどリスクは高くなる.
2)白内障:
放射線被曝によって発症する白内障は,水晶体の後極の後囊下の混濁から発生することが特徴であると報告されている.発症の閾値は,以前考えられていた値よりもかなり低いことが報告され,現在も詳細な調査が進行中である.
3)不妊:
低線量被曝では男女とも一時的に不妊になるが,高線量被曝では男女とも永久不妊となり,閾値は個人差が大きい.
4)その他:
放射線の晩発障害として,甲状腺機能低下症,子宮筋腫などの良性腫瘍が知られているが,これらに加えて,最近の原爆被爆者の調査では,高血圧性心疾患などの心血管病のリスクが放射線被曝によって増加することが報告されている(Yamadaら,2004).
胎児への影響
 放射線の胎児への影響は,胎児の被曝時期に大きく依存する.着床前期である受精から妊娠9日程度までの放射線被曝は死亡の原因となり,閾値は100 mGy程度である.器官形成期である妊娠2週から8週までにおいては,放射線被曝は奇形の発生の原因となり,閾値は100 mGy程度である.妊娠8週から25週までの胎児期においては,放射線被曝は精神発達遅滞の原因となり,特に妊娠15週までにおける頻度が高く,閾値は300 mGy程度である.放射線による癌のリスクは,妊娠期間全体において増加する.
遺伝的影響
 これまでの原爆被爆者の子供を対象とした調査においては,限られた調査項目では遺伝的影響は明らかではないが,加齢に伴ってどのような健康影響が発現するのかについては,長期間にわたる調査が必要である.[宮川 清]
■文献
Preston DL, Ron E, et al: Solid cancer incidence in atomic bomb survivors: 1958-1998. Radiat Res, 168: 1-64, 2007.
Yamada M, Wong FL, et al: Noncancer disease incidence in atomic bombs survivors, 1958-1998. Radiat Res, 161: 622-632, 2004.

放射線障害(医原性疾患)

概念
 診断や治療のために患者が被曝する医療被曝は,医療従事者が被曝する職業被曝や一般人が被曝する公衆被曝とは異なり,線量限度が設定されていない.これは,放射線による診断や治療の便益が,被曝のリスクを上回って健康維持に寄与することを前提としているからである.したがって,放射線を用いた診断や治療を行う際には,その必要性を常に確認する必要がある.また,計画された線量を照射することを遵守するとともに,過剰な照射が行われないよう安全性の確保も不可欠である.一方,同じ医療における被曝であっても,職業被曝と公衆被曝においては,線量限度をこえて被曝しないよう配慮する必要がある.
放射線診断における被曝障害
 単純X線撮影に比べて,CTスキャンや放射性同位元素を用いたシンチグラフィの検査では被曝線量が高い.原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)2008年の報告によれば,CTスキャンの実効線量の平均は7.4 mSvとされ,日本では部位別に,頭部2.4 mSv,胸部9.1 mSv,腹部12.9 mSv,骨盤部10.5 mSvである.日本のPET検査の実効線量の平均は,同報告では6.4 mSvである.また,上部消化管造影の実効線量の平均は,国際的には3.4 mSvと報告されている.放射線防護基準の策定の際に重要なデータを提供している原爆被爆者を対象とした疫学研究によれば,30歳で被爆した場合の70歳での固形癌発症の過剰相対リスクは1 Svあたり47%であり,100 mSvで約5%となる(Prestonら,2007).そのために,これらを頻回に施行した場合には,発癌リスクの増加が問題となる.また,診断に引き続いて治療も行うinterventional radiology(IVR)では,局所照射によって皮膚障害などの局所症状も発現する可能性がある.
1)癌:
放射線診断による被曝で問題となる発癌は,低線量の放射線によるものである.放射線発癌は,閾値の存在が明らかではない確率的影響に分類されているが,低線量域においては,より高い線量域で観察される線量とリスクの直線関係が適応されるかどうかは不明である(Mullendersら,2009).
 低線量域における線量とリスクの関係を複雑化する複数の要因が存在することが想定されているが,その中でもDNA損傷応答機構の個人差は分子機構の解明が進んでいる.これまで同定されているDNA損傷応答機構は,高線量照射の研究によって同定されたものである.これらのうち,主要な分子については低線量照射時でも,DNA損傷に対する応答において重要な役割を果たしていることが確認されている.それゆえ,これらの分子の機能が遺伝的に低下している場合には,放射線発癌の高リスク群に属することになる(放射線高感受性症候群).代表的な例は,DNA損傷のセンサーであるATMの遺伝性変異によって発症する血管拡張性失調症の放射線高感受性と発癌リスクの増加にみられる.また,この疾患のキャリアでは,ATMのヘテロ接合変異によって酵素活性が低下しているために,放射線感受性の亢進と若年発症の乳癌のリスクが増加している.このように,DNA損傷応答機能の個人差は,低線量の放射線被曝の発癌リスクの複雑性に寄与する. このほかに低線量域の放射線影響の複雑性に寄与する要因としては,バイスタンダー効果と適応応答が知られている.前者は,被曝した細胞の周辺に存在する非被曝細胞においても被曝細胞と同様の放射線影響が発現することであり,後者は,事前に低線量の放射線照射した細胞では,事前照射をしない細胞に比べて,その後に同じ線量の照射をしても,放射線の影響が少なくなることである.このように,複数の要因が存在するために,低線量域における線量とリスクの関係は,いまだに確立していない.
2)皮膚障害:
時間あたりの線量が低い低線量率の照射による診断あるいはIVRであっても,長時間照射する場合には,放射線の早期影響である皮膚障害が発生する.軽症例では,急性炎症が原因となるために可逆性であるが,重症例では,DNA損傷に起因する細胞死が中心的な病因になるために,不可逆的な変化をきたす.
放射線治療における被曝障害
 放射線治療においては,治療の標的となる腫瘍組織に線量を集中するように計画をしていても,その周辺に存在する正常組織も被曝してしまうために,その局所における障害が発生する.癌治療においては,局所の被曝線量は高線量域に及ぶために,多彩な早期障害と晩期障害が発生する可能性がある.
1)早期障害:
放射線感受性の高い組織である造血器,皮膚,粘膜などが高線量の放射線に被曝した場合には,急性炎症や細胞死による組織の局所脱落による症状が発現する.
2)晩期障害:
晩期障害に分類される肺線維症,神経障害,直腸障害などは,慢性炎症や細胞死が病因となり,これらは早期障害の病因とも類似するために,晩期の中でも比較的早い時期に出現する.それに対して,癌は染色体異常や塩基の点突然変異などを特徴とすることから,DNA損傷,慢性炎症,染色体不安定性,加齢などの要因が原因となることが想定され,かなりの年数を経てから顕在化する.この場合に,治療の対象となった癌の再発や転移との鑑別診断が重要である.また,放射線治療に加えて化学療法を施行している場合には,DNA損傷を生成しやすい薬剤の影響も考慮する必要があるが,特徴的な染色体異常の原因となるエトポシドなどの一部の薬剤を除いては,放射線とDNA損傷性薬剤の発癌への寄与を鑑別することは困難である.このような局所照射の障害に加えて,造血幹細胞移植における全身照射では,生殖細胞への影響によって不妊の可能性が高くなる.[宮川 清]
■文献
Mullenders L, Atkinson M, et al: Assessing cancer risks of low-dose radiation. Nature Rev Cancer, 9: 596-604, 2009.
Preston DL, Ron E, et al: Solid cancer incidence in atomic bomb survivors: 1958-1998. Radiat Res, 168: 1-64, 2007.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「放射線障害」の解説

放射線障害
ほうしゃせんしょうがい
Radiation injury
(中毒と環境因子による病気)

どんな病気か・原因は何か

 放射線は、電離放射線(X線、γ(ガンマ)線、α(アルファ)線、β(ベータ)線、電子線、陽子線、重粒子線、中性子線)と非電離放射線(紫外線、赤外線、可視(かし)光線、マイクロ波、レーザー光線、磁場)に分けられます。また、電離放射線は、電磁波(X線、γ線)、荷電をもつ粒子線(α線、β線、電子線、陽子線、重粒子線)、荷電をもたない粒子線(中性子線)に分けられます。

 一般的には、電離放射線による障害を放射線障害といっています。具体例としては、原子炉事故、臨界事故、X線発生装置による事故、電離放射線取り扱い従事者の被曝(ひばく)事故などです。電離放射線の生体への影響としては、早期障害と晩発障害、後世代的障害があります。

障害の現れ方

①早期障害

 被曝後数週間以内に現れる障害を早期障害といいます。

・急性放射線症

 短時間で、全身あるいは身体の広範囲に、高線量の放射線を被曝すると、被曝線量に応じていろいろな障害が現れてきます。これを急性放射線症といいます。

 被曝後最初の48時間以内に現れる食欲不振、悪心(おしん)(吐き気)・嘔吐、倦怠感(けんたいかん)などの症状を前駆症状と呼びます(前駆期)。

 潜伏期は、前駆期から発症期に至る中間の過程で、疲労感のほかには無症状の期間です。

 発症期には、6~7Gy(グレイ:吸収線量)以下の被曝で、放射線感受性の高い骨髄の障害が主に現れます。骨髄(こつずい)が障害されると、白血球減少や血小板減少、貧血がみられます。皮膚では紅斑や脱毛(5Gy以上)、潰瘍(25Gy以上)、壊死(えし)(500Gy以上)が発生します。10Gy以上の被曝では、骨髄障害に加えて消化管の障害が起こり、腹痛や嘔吐、下痢などがみられます。

 数十Gy以上の被曝では、骨髄・消化管の障害に加えて、中枢神経系の障害が発生し短時間で死亡します。中枢神経系の障害により、感情鈍麻、興奮、運動失調、けいれん、意識障害などが現れます。発症期を乗り切れた場合には、回復期に移行します。

・眼障害

 眼の組織のなかで、最も放射線感受性が高いのは水晶体(すいしょうたい)です。被曝により水晶体は混濁し、進行すると白内障になります。5Gyの1回被曝あるいは8Gy以上の分割被曝で白内障が発生します。

・生殖機能障害

 男性では精原(せいげん)細胞、女性では卵母(らんぼ)細胞が最も放射線感受性の高い細胞です。一時的に不妊の起こる吸収線量は、男性で0.15Gy、女性で0.65~1.5Gyです。また、永久的に不妊の起こる吸収線量は、男性で3.5~6.0Gy、女性で2.5~6.0Gyです。

②晩発障害

 被曝線量が低く、死に至らなかった場合には、数カ月から数十年後に白血病皮膚がんなどの悪性腫瘍の発生、白内障(はくないしょう)、老化の促進などが現れます。これを晩発障害といいます。

③後世代的障害

 胎児障害(奇形など)や遺伝的障害(染色体異常など)などを後世代的障害といいます。

④確率的影響と確定的影響

 悪性腫瘍や遺伝的障害は、被曝線量の増加に伴って発生頻度が高くなります。これを確率的影響といいます。骨髄障害や皮膚障害、眼障害、性腺機能障害などは、ある一定量以上の被曝で発生します。これを確定的影響といいます。

治療の方法

 電離放射線の被曝からの離脱が最も重要です。各障害では、重症度に応じた治療が必要です。

病気に気づいたらどうする

 被曝してしまったら、内科を受診し、自覚症状の有無などの問診、皮膚や眼などの身体的検査、白血球数や赤血球数などの血液検査を受ける必要があります。

柳澤 裕之

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

百科事典マイペディア 「放射線障害」の意味・わかりやすい解説

放射線障害【ほうしゃせんしょうがい】

放射能症とも。放射線の照射や被曝(ひばく)によって起こる障害。そのうちX線によるものをX線障害という。造血器官,生殖器,目の水晶体,皮膚,粘膜などが冒されやすい。全身被曝や局所大量照射による急性障害と,その続発症または反復照射による慢性障害に分けられる。急性障害の全身症状には放射線宿酔があり,疲労倦怠(けんたい)感,頭痛,吐きけ,嘔吐(おうと),食欲不振,下痢などを示す。その他,皮膚炎,脱毛,白血球減少,出血傾向などがみられ,重症では細菌感染などを併発して死に至る。慢性障害の症状は貧血,白血球減少(進行すれば再生不良性貧血,白血病が起こる),不妊,白内障,皮膚の潰瘍(かいよう)および癌(がん),その他,腸管や泌尿器の障害など。→被曝放射線量放射線防護
→関連項目原爆症白血球減少症放射線放射能症

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「放射線障害」の意味・わかりやすい解説

放射線障害
ほうしゃせんしょうがい
radiation hazard

生体が放射線にさらされ,損傷することによって起こる障害。一般に身体的障害と遺伝的障害とに分けられる。身体的障害はその出現時期により,急性障害,慢性障害,晩期障害に分けられる。急性障害は一度に 1Sv(シーベルト)程度をこえる大量の放射線にさらされた際にみられ,およそ 10Svの放射線にさらされると死にいたる。同じ被曝線量でも,被曝した容積や部位によって障害は異なる。放射線による遺伝的影響については,突然変異の発生率の変動,染色体異常などを用いて多くの研究がなされている。(→原子爆弾症

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

化学辞典 第2版 「放射線障害」の解説

放射線障害
ホウシャセンショウガイ
radiation hazard

電離放射線により人体の受ける障害.障害は,被ばく線量,被ばく部位,被ばく時間,体外被ばくか体内被ばくか,被ばく年齢,放射線の種類・エネルギーなどによって障害の種類,程度が異なる.障害は,被ばく後数週間以内に現れる早期効果と,多年月後に現れる晩発効果とに分類され,早期効果としては,中枢神経障害,腸管障害,造血障害,皮膚障害,生殖腺障害などがあり,晩発効果としては,白血病,再生不良性貧血,悪性腫瘍,白内障,寿命短縮,不妊,妊婦への影響などがある.そのほか個体以外への放射線影響として生殖腺の被ばくにもとづく遺伝障害があり,遺伝を通じて社会全体に与える障害も重要である.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

栄養・生化学辞典 「放射線障害」の解説

放射線障害

 放射線の照射を受けて身体に障害がでること.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

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