転移性脳腫瘍

EBM 正しい治療がわかる本 「転移性脳腫瘍」の解説

転移性脳腫瘍

どんな病気でしょうか?

●おもな症状と経過
 脳以外の場所にできたがんが、脳内に転移してできたものを転移性脳腫瘍(てんいせいのうしゅよう)といいます。
 ほかの場所のがんを治療する前にすでに転移していることもあれば、治療中や治療後に転移することもあります。しばしば複数箇所に転移が認められるのも特徴です。一方、もともと脳にできたがんが、体のほかの場所に転移することはほとんどありません。
 腫瘍が脳を侵したり、神経を圧迫したりすると、片麻痺(かたまひ)、歩行障害けいれん発作、視力・視野障害、聴力障害などの局所症状がでます。また、転移した腫瘍が頭蓋内(とうがいない)で大きくなると、脳を圧迫し頭蓋内圧が上昇します。このため頭痛が続いたり、吐き気・嘔吐(おうと)、うっ血乳頭(眼底の腫(は)れ)などがみられます。

●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
 肺がんから転移する場合が多く、約50パーセントを占めています。ほかに乳がん、消化器がんからの転移がそれぞれ約10パーセント程度あり、頭頸部がん、腎がん膀胱がん子宮体がん子宮頸がんなどから転移する場合がそれに続きます。

●病気の特徴
 すべての脳腫瘍のうち半数以上は転移性脳腫瘍と考えられています。治療法の進歩によって、がん患者全体の生存期間が延びているため、結果として転移性脳腫瘍は増える傾向にあります。


よく行われている治療とケアをEBMでチェック

[治療とケア]定位放射線療法を行う
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] ガンマナイフによる放射線療法の効果は臨床研究によって確認されています。ガンマナイフは、コバルト60を線源とする装置を頭部に固定し、そこから発せられるガンマ線を3次元方向から腫瘍に集中照射させる方法です。全身状態がよくない患者さんやお年寄り、またいろいろな所にできる多発性の転移性脳腫瘍の患者さんに対しても行うことができます。腫瘍の大きさが3センチメートル以下の小さい病巣で、転移病巣が数個以内の場合、有力な治療法になるといわれています。治療そのものは1日で終了します。効果が現れる場合は治療後、数週間で腫瘍は縮小、消失しますが、効果のない場合もあります。また放射線壊死(えし)によって、治療した部分の脳の浮腫(ふしゅ)が逆にひどくなる場合もあります。さらに、治療していない部分に新たな転移性脳腫瘍ができる可能性も常に考えなくてはなりません。
 最近、サイバーナイフという放射線治療も行われはじめています。原理はガンマナイフと同様ですが、ガンマナイフと違って放射線を分散してあてるため、治療に2~3週間を要します。副作用が少なく、治療中の頭部の固定もガンマナイフのように痛みを伴うものではありません。
 一般的な放射線治療装置ライナック)による治療の効果も臨床研究によって確認されています。ガンマナイフと同様、腫瘍に対して3次元方向から大線量の放射線をピンポイントに集中照射して、病変を治療する方法です。精度はガンマナイフより劣りますが、照射方法の改良により今後期待できる治療です。(1)~(3)

[治療とケア]全脳照射による放射線療法を行う
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 放射線に極めて敏感な種類のがんの転移性脳腫瘍であれば、ある程度効果のあることが臨床研究によって確認されています。手術やガンマナイフなどの治療が行えない場合に行うこともあります。治療には2~4週間程度かかります。この治療はたくさんの腫瘍が散らばっている場合や、手術により腫瘍を摘出したあとにおもに行われます。(4)(5)

[治療とケア]手術により腫瘍を摘出する
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 手術で腫瘍を摘出すると、腫瘍が頭蓋内を圧迫しているためにおこっている症状がただちに軽減されることは、臨床研究によって確認されています。ただし、全身麻酔による手術になりますので、全身状態が比較的良好な患者さんの場合に行われます。手術を行うことで転移性脳腫瘍を切除することはできますが、摘出後にまた新たな転移性脳腫瘍ができる可能性も考えておかねばなりません。また、手術により重い後遺症をおこす可能性のある場所にできた転移性脳腫瘍や、いろいろな場所にできる多発性の転移性脳腫瘍の場合には、手術ができないことがあります。(6)

[治療とケア]手術後に全脳照射による放射線療法を行う
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 腫瘍が一つで散らばっていない場合、摘出手術後に全脳照射を行うと新たな転移性脳腫瘍の出現を阻止する効果があります。これは非常に信頼性の高い臨床研究で確認されています。(5)


よく使われている薬をEBMでチェック

頭蓋内圧を減圧するために
[薬用途]副腎皮質ステロイド薬
[薬名]リンデロン(ベタメタゾン)(7)(8)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 腫瘍が大きくなったり、腫瘍の周囲に浮腫がおこると、頭蓋内圧が大きくなります。副腎皮質ステロイド薬には、この頭蓋内圧を軽減させる効果のあることが非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。

けいれん発作の対策として
[薬用途]抗けいれん薬
[薬名]デパケン(バルプロ酸ナトリウム)
[評価]☆☆
[薬名]アレビアチン/ヒダントール/フェニトイン(フェニトイン)(9)
[評価]☆☆☆
[薬名]フェノバール(フェノバルビタール
[評価]☆☆
[評価のポイント] これらは脳腫瘍によっておこるけいれん発作に対して、よく用いられる抗けいれん薬です。フェニトインは臨床研究によって効果が確認されています。バルプロ酸ナトリウム、フェノバルビタールについては、専門家の意見や経験から支持されています。


総合的に見て現在もっとも確かな治療法
症状に応じて副腎皮質ステロイド薬や抗けいれん薬を使用する
 脳内に転移した腫瘍のために、麻痺、歩行障害、視力・聴力障害などの局所的な神経症状や、頭痛、吐き気、うっ血乳頭などの脳圧亢進症状が現れることがあります。
 これらの症状に対しては、副腎皮質ステロイド薬の使用が効果的です。また、いったんけいれんがおこれば、抗けいれん薬を継続して使用します。

単発の場合は手術で腫瘍を摘出する
 転移性腫瘍が1個で、患者さんの全身状態がよければ、手術で腫瘍を切除することがあります。摘出手術後の全脳照射が新たな転移性脳腫瘍の出現を阻止する効果は、信頼性の高い臨床研究で確認されています。
 これらにより、腫瘍が頭蓋内を占拠するためにおこっていた症状はただちに軽減します。一方、全身状態がよくない場合には、ガンマナイフやライナックなどの放射線療法が行われます。
 多数の転移性脳腫瘍が認められるときや、転移性脳腫瘍を手術で切除したあとなどには、放射線の全脳照射を行います。

症状を緩和し、生活の質に配慮したケアを
 体のどの部位から転移したものか、どんな種類のがん細胞なのか、どのくらい転移が広がっているかなどにより、予後は大きく左右されます。
 ただし、残念ながら根治は困難ですので、患者さんの症状を緩和(かんわ)し、生活の質(QOL)を最大限に尊重したケアをする必要があります。

(1)Suh JH. Stereotactic Radiosurgery for the Management of Brain Metastases. N Engl J Med. 2010;362:1119-1127.
(2)Yamamoto M, Serizawa T, Shuto T, et al. Stereotactic radiosurgery for patients with multiple brain metastases (JLGK0901): a multi-institutional prospective observational study. Lancet Oncol. 2014;15:387-395.
(3)Brem SS, Bierman PJ, Black P, et al. Central nervous system cancers.J Natl ComprCancNetw. 2008;6:456-504.
(4)Lin X, DeAngelis LM. Treatment of Brain Metastases.J ClinOncol. 2015;33:3475-3484.
(5)Patchell RA, Tibbs PA, Regine WF, et al. Postoperative radiotherapy in the treatment of single metastases to the brain: a randomized trial. JAMA. 1998;280:1485-1489.
(6)Lang FF,Sawaya R. Surgical treatment of metastatic brain tumors. SeminSurgOncol. 1998;14:53-63.
(7)Ryken TC, McDermott M, Robinson PD, et al.The role of steroids in the management of brain metastases: A systematic review and evidence-based clinical practice guideline. J Neurooncol. 2010;96:103-114.
(8)Vecht CJ, Hovestadt A, Verbiest HB, et al. Dose-effect relationship of dexamethasone on Karnofsky performance in metastatic brain tumors: a randomized study of doses of 4, 8, and 16 mg per day. Neurology. 1994;44:675-680.
(9)North JB, Penhall RK, Hanieh A, et al. Phenytoin and postoperative epilepsy: A double-blind study. J Neurosurg. 1983;58:672-677.

出典 法研「EBM 正しい治療がわかる本」EBM 正しい治療がわかる本について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「転移性脳腫瘍」の解説

転移性脳腫瘍
てんいせいのうしゅよう
Metastatic brain tumor
(脳・神経・筋の病気)

どんな病気か

 体のほかの部分に発生したがんが、主に血液を介して脳に転移したもので、悪性の腫瘍です。元のがんは、肺がん、次に乳がんの順に多くなります。最近、日本では大腸がんの増加が目立っています。乳がんは、頭蓋骨の下で脳をおおっている硬膜(こうまく)と呼ばれる膜に転移する特徴があります。

 近年、転移性脳腫瘍の頻度は増えています。これは最初に発見されるがんの治療成績が向上し、患者さんが長く生存するためとも推察されます。

症状の現れ方

 脳のなかでがんが転移したところの症状として、けいれん、麻痺、感覚障害、人格変化、精神症状、ふらつきなどが現れます。また、腫瘍が大きくなると頭痛、吐き気、嘔吐などの頭蓋内圧が高くなった時の症状が現れます。がん細胞が脳の表面を流れる髄液(ずいえき)のなかに転移すると、手足のしびれ、背中の痛み、首が硬くなるなどの症状が現れます。

検査と診断

 MRIやCT検査で診断します(図39)。転移性脳腫瘍は、ひとつであるとはかぎらず、2つ以上の病変が多発することがあります。そのため、多発した病変がないかどうか、MRIで薄い断層撮影を行い、詳しく検査します。まれなケースとして、MRIなどで腫瘍が発見され、切除された腫瘍ががんであった場合、手術後、全身にがんがないかどうか詳しい検査をすることがあります。

 一部の腫瘍では血液検査で腫瘍マーカーなどを測定します。最初に発見されたがんを治したあと、腫瘍マーカーを定期的に測定し、値が上がる傾向にある時には転移性脳腫瘍がないかどうかを調べるためにMRI検査を行う場合があります。

治療の方法

 2㎝程度のがんが、まわりの神経が耐えられる大きさである5㎝程度の大きさになるまでには、一般的に4カ月程度かかるといわれています。したがって脳に転移が発見された時に、最初に見つけられたがんや、脳以外に転移した部分の予後が3カ月以内であると、脳転移の治療にはあまり意味がなくなります。

 手術治療を行う原則は、頭以外に最初にできたがんが治っているかどうか、少なくとも予後が6カ月以上期待でき、かつ転移性脳腫瘍がひとつである、または2個以上の転移があっても1回の手術で同時に切除できる場合です。この原則から外れる場合は、副腎皮質ステロイド薬などの薬物療法、脳全体への放射線治療、場合により定位的放射線治療などが選択されます。

 ただし、転移性脳腫瘍が急速に大きくなり、生命への危険が差し迫っている場合には、救命の目的で、前記の原則から外れても手術を行う場合があります。そのほか例外としては、転移性脳腫瘍を切除することにより大幅に患者さんの機能回復が得られると予想できる場合があります。

 手術でがんを切除したあとは、再発を抑えるために放射線治療が行われます。がんの種類によっては、抗がん薬や免疫療法が追加されます。

松前 光紀


出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

内科学 第10版 「転移性脳腫瘍」の解説

転移性脳腫瘍(脳腫瘍各論)

(7)転移性脳腫瘍
 転移性脳腫瘍は全脳腫瘍の約15%を占めるが,近年その発生頻度は増加傾向にある.原発巣としては肺癌が半数を占め,ついで乳癌,大腸・直腸癌,胃癌,頭頸部癌,腎癌,子宮癌と続く.約半数の症例では単発性病変,残りは多発性で約10%の症例では5個以上の病変を認める.
好発部位
 テント上が75%,残り25%はテント下に発生する.
臨床症状
 痙攣発作,比較的急速に進行する局所症状,精神症状をみる.
診断
 CT,MRI上,リング状あるいは均一に造影される円形の病変を認め,腫瘍の周囲には著明な浮腫を伴う(図15-14-7).単発性の場合には膠芽腫,多発性の場合には脳膿瘍との鑑別が問題となる.
治療
 脳転移が単発性である,原発巣がコントロールされている,ほかの臓器への転移がない,3〜6カ月以上の生命予後が期待できる,血液凝固異常がないなどの条件を満たせば開頭術による腫瘍摘出を行う.一方,多発例などで手術適応のない症例では放射線治療を行うが,病変のサイズが3 cm以下の場合には放射線外科治療が有効である.[新井 一]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

家庭医学館 「転移性脳腫瘍」の解説

てんいせいのうしゅよう【転移性脳腫瘍】

 脳以外に発生したがんが飛び火し、脳にできた腫瘍を、転移性脳腫瘍といいます。
 転移するのは、肺がんがもっとも多く、ついで、胃がん、乳がん、直腸がん、頭頸部(とうけいぶ)がんなどの順になっています。これらのがんと比べれば頻度は少ないのですが、絨毛(じゅうもう)がん、悪性黒色腫(あくせいこくしょくしゅ)、腎細胞(じんさいぼう)がんは、脳に転移しやすいものです。
 これらのがんが先に発見されていて、後から転移性脳腫瘍が発見されることもありますし、逆のこともあります。
●治療
 元のがんが完治し、脳の腫瘍が1つだけであれば、手術をして、摘出します。
 手術が不可能なときは、放射線療法を行ないますが、化学療法を併用したほうが効果が高くなります。
 最近は、γ(ガンマ)線を腫瘍に集中的に照射するガンマナイフが行なわれるようになり、効果を上げています。

出典 小学館家庭医学館について 情報

世界大百科事典(旧版)内の転移性脳腫瘍の言及

【脳腫瘍】より

…頭蓋内にできる新生物をいう。頭蓋内に原発する原発性脳腫瘍と,そうでない転移性脳腫瘍の二つに大きく分類することができる。脳腫瘍の真の発生原因は不明である。…

※「転移性脳腫瘍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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