改訂新版 世界大百科事典 「キノボリウオ」の意味・わかりやすい解説
キノボリウオ
climbing perch
Anabas testudineus
スズキ目キノボリウオ科の淡水魚。学名をそのままにアナバスとも呼ばれる。東南アジアの低地の淡水域,とくに湖沼,池,運河などに多い。キノボリウオの名から木に登ると思われがちだが,自力で木に登ることはない。この名はオランダの東インド貿易会社に勤めたダルドルフDaldorffが1797年に出版した回想録の中で,現地にはこの魚が木に登るといわれていることを紹介し,自分もヤシの木の幹にいるのを見たと述べたことから始まる。えらぶたに特殊なとげをもち,これで体を支え,尾部をくねらせて陸上を巧みにはって進む能力がある。夜に多いが,よく陸上で見つかるので,木にも登るという言い伝えが生まれたものと思われる。実際,樹上で発見されることもあるが,その後の調査では,カラスやトビなどが樹上に置いたものとされている。水を離れても生活できるのは迷器(めいき)(あるいは迷路器官)と呼ばれる補助呼吸器官がえらの上部の上鰓腔(じようさいこう)にあり,空気呼吸をすることができるからである。このため酸素の少ない汚れた水でも生存が可能。えらが退化しているため,水中の酸素だけでは生きられず,水面下に網を張ったりして空気呼吸をできなくすると死ぬ。全長25cmくらいになり,アジア各地で食用にし美味とされている。じょうぶな魚でときどき水をかけるだけで活魚として販売,輸送ができる。緑がかった灰色で,とくに美しい魚ではないので観賞魚としては重要ではないが,熱帯魚として飼育されることもある。
Anabas属はアジアに分布するが,近縁なものとしてアフリカに分布するCtenopoma属とSandelia属(合わせて40種ほど)がある。そのほか,同じような迷器をもつものとしてトウギョ,グラミー,キッシンググラミーなどもキノボリウオ科とされるが,現在,それぞれをキノボリウオ亜目の中の別科とする研究者もいる。
執筆者:清水 誠
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報