ブルガリア出身の造形作家。1958年からパリで活動し、オブジェを使用した作品でヌーボー・レアリスムの作家として知られた。1964年に渡米して以来、アメリカを中心に活動し、市民権を得ている。初期には、街路を封鎖する行為を演出。また、日用品、樹木の枝などの小さな物体を布で梱包(こんぽう)するオブジェを発表したが、この梱包作品はマン・レイの影響に由来するとも考えられている。こうして布で梱包される物体は、1960年代後半から建築物や橋といった都市の景観から山や島のような自然へとスケールを拡大していった。ベルリン市立美術館の建物全体を梱包した作品、イタリアのスポレートの塔や噴水の梱包(1968)は巨大化した「梱包芸術」の例であり、白い布で梱包された物体や建造物が無化され、非在化されることで市街の景観を変容して観客に視覚的衝撃を与える。また、大自然の地形を利用した作品としては、コロラド渓谷の『バレー・カーテン』(1972)、カリフォルニア州の砂漠の丘陵に沿って39キロメートルの布製の柵(さく)が蛇行する『ランニング・フェンス』(1976)、フロリダ州の海に点在する11の小島をピンク色の布で包囲した『囲まれた島』(1976)、パリのセーヌ河にかかる橋を包んだ『ポン・ヌフの梱包』(1985)、20年越しの計画であったベルリンの旧帝国国会議事堂を数千メートルに及ぶ銀色の布で覆った『梱包されたライヒスターク(旧帝国国会議事堂)』(1995)、スイスのバーゼル郊外にある178本の木立を5万平方メートルの布で覆った『梱包された木立』(1998)などがある。屋外や大自然を梱包する壮大なプロジェクトは、資金的・技術的・法律的な困難を乗り超えることが必要とされ、チームを組んで実現される。屋外の巨大な空間を使用して一定期間だけ存在する仮設的なインスタレーションとして、展示後に消滅する作品は、写真、記録映画、設計図、ドローイングなどの形で保存され、画廊や美術館で展示されることも多い。クリストは世界各地でアース・ワークの一種ともいえるイベントを展示し続けてきたが、1991年(平成3)に開催された『アンブレラ・プロジェクト』は日本でも話題になった。茨城県北部に直径8メートル、高さ6メートルの巨大な青い傘1340本、アメリカのカリフォルニア州でも1760本の黄色い傘を立てるという芸術イベントであったが、事故のために中断された。1995年第7回世界文化賞の彫刻部門で、夫人のジャンヌ・クロードJeanne Claude(1935―2009)とともに初のカップル受賞者となった。2000年にはベルリンの国会議事堂を梱包するプロジェクトを記録したドキュメンタリー映画「議事堂を梱包する」が日本で上映された。2002年、ベルリンで大規模なクリスト展が開催された。
[石崎浩一郎]
『中原佑介著『クリスト――CHRISTO WORKS1958―1983 神話なき芸術の神話』(1984・草月出版)』▽『クリスト著、中原佑介監修『クリスト』(1990・新潮社)』▽『マリーナ・ヴェゼイ著、三宅真理訳『現代美術の巨匠 クリスト』(1991・美術出版社)』
出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報
ブルガリア出身の美術家で,環境芸術作家の一人。ガブロボ生れ。本名クリスト・ヤバチェフChristo Javacheff。1958年パリで物体を布で梱包した作品によってデビュー。以来,対象を包む,視界を遮るということを仕事の基本としてきた。60年代後半より,対象のスケールを巨大化し,公共建築の梱包,谷間に布を張りわたす《バレー・カーテン》(1972),野外で数kmにわたって幕をはる《ランニング・フェンス》(1976)など巨大空間の視界の遮断の計画を次々と実現した。64年よりニューヨークに住み,今はアメリカ国籍をもつ。
執筆者:中原 佑介
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