グルスキー(読み)ぐるすきー(その他表記)Andreas Gursky

日本大百科全書(ニッポニカ) 「グルスキー」の意味・わかりやすい解説

グルスキー
ぐるすきー
Andreas Gursky
(1955― )

ドイツの写真作家ライプツィヒ生まれ。1978年から81年まで、エッセンのフォルクバング総合大学で学ぶ。85年にデュッセルドルフ美術アカデミーのベルント・ベッヒャーのクラスに入り、87年に最初の個展を開く。90年ベネチア・ビエンナーレの「アペルト90」展への出品を皮切りに主要な現代美術の国際展に参加。98年には、デュッセルドルフの美術館クンストハレで、最初の大個展「アンドレアス・グルスキー――1984年から今日まで」が開催される。さらに2001年、MoMA(ニューヨーク近代美術館)でアメリカで初めての大回顧展「アンドレアス・グルスキー」が開催され、写真作家としての国際的名声を確立した。

 初期の代表的作品は、河原埠頭など広大なスケールの空間のなかに人間像や貨物などが高密度に配置された風景である。広大な空間のなかに点在する小さな人間像や物体が、確かな存在感をもって風景全体のなかに構成されているさまは、例えば、ブリューゲルが少し高めの視点から街の様子とそこに点在するさまざまな人々を描いた絵画を彷佛させる。風景の要素にベッヒャー門下生の作品になかったテーマをもたらすとともに、作品のなかに絵画的な構図ビジョンを積極的にもち込むことで、独自な境地を拓いた。

 最初は比較的小さい作品サイズであったが、1988年ごろから巨大なサイズの作品も制作するようになった(幅が2メートル近くに及ぶ作品もある)。それによって、広大な空間とそこに点在する小さな人間の関係がより増幅されることになる。イメージのうえで、ミクロコスモスとそれを取り囲むマクロコスモスのダイナミックな相互浸透が促進されている。それぞれの作品は、トーマス・シュトゥルートやトーマス・ルフなど他のベッヒャー・スクールの作家と比べると、一点一点の独立性が強く、シリーズとしてのテーマの統一性がかなり緩やかであることもグルスキーの特徴の一つである。にもかかわらず、作家のビジョンのあり方と画面の構成には徹頭徹尾一貫したものがあり、その点ではベッヒャーの伝統に連なっている。

 90年代に入ると、証券取引所やレイブ会場といった人々が密集した巨大な空間や工場内、ファッション・ブランド、プラダのショーケース、ジャクソン・ポロックの絵画作品など被写体を広げていくとともに、作品制作にデジタル処理を大胆巧妙に導入することで新次元を切り拓いた。例えば96年に発表された「ライン川」という作品がある。ライン川の水面を此岸(しがん)の土手と彼岸(ひがん)の土手で挟むような構図で捉えた作品である。人々を驚かせたのは水面と両土手の稜線が、完全に直線で、画面上を水平に走っていることであった。緩やかなカーブを見せる日常的なライン風景とは異質の光景がそこにはある。この風景の直線性をより明確にするため、歩いている人々や土手の向こうにある建物、あるいは水上の船などはすべてデジタル処理により取り去られている。この処理には、視覚的な要素として「矩形(くけい)性」と「直線性」を重視するという彼の美学的ビジョンが深くかかわっていた。そうしたビジョンの表れた作品として、大規模な高層住宅を真正面から捉えた、モダニズム建築の幾何学的な合理主義を強調するような「モンパルナス」(1993)、ショーケースをミニマリズムの作品のように撮影した「プラダ」(1997)などがある。そこには、直線や矩形が支配している世界としての現代のリアリティーを視覚化するという戦略をみることができる。「ライン川」のデジタル処理もこのような美学的視点から行われている。グルスキーにとって重要なのは、眼前の現実のたんなる再現ではなく、それを元にしながら、現実世界を巡り彼が抱くビジョンを明確に可視化するということなのである。そのためにはデジタル画像処理を利用していいのだという作家の決断がそこにはある。師であるベッヒャーはこのイメージ操作について批判的な見解を示しているが、そうした議論の根底には、デジタル・イメージの普及という時代に直面して「写真」という概念そのものが揺れ動かざるをえないという状況がある。グルスキーは、ベッヒャーが切り拓いた写真芸術の可能性を引き受けながらも、新たな領域に一歩踏み込んだといえる。

[深川雅文]

『Bernd und Hilla Becher, Andreas Gursky et al.Distanz und Nähe (1992, Institut für Auslandsbeziehungen, Stuttgart)』『Marie Luise Syring et al.Andreas Gursky Photographs from 1984 to the Present (1998, Schimer/Mosel, München)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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