一般にいわれる宇宙を大宇宙(マクロコスモス、ラテン語でmacrocosmus、英語でmacrocosm/macrocosmos)とし、それに対して人間の身体を小宇宙(ミクロコスモス)に見立てて、大宇宙との対応を求めることを、大宇宙・小宇宙(マクロコスモス・ミクロコスモス)対応の原理という。大宇宙の秩序(コスモス)は人間の身体内にも調和をつくるとして、医学に影響を与えたが、その源は古代ギリシアのヒポクラテス学派に発するともいわれる。
より広範な神秘思想としては、ヘルメス文書に宇宙と人との共感の形となって現れ、後期古代における初期キリスト教教父たちに受け入れられて広がった。キリスト教のなかでも、神のイメージとしてつくられたアダムは小宇宙であるが、その身体の中に大宇宙を体現するとされた。
古代ギリシアからアラビア科学やユダヤ教の神秘思想カバラの中にも入り、さらにイブン・シーナーの翻訳を通じてアラブ世界から中世ヨーロッパに伝えられ、やがてルネサンス期から17世紀初期の西欧でもっとも盛んとなり、新ピタゴラス派、新プラトン派の神秘思想家の間で論じられた。
ルネサンス期の西洋にあっては、占星術と錬金術にその具体的応用がみられた。そして占星医術(イアトロマテマティカ)は大宇宙・小宇宙対応を原理として、大学の医学部でしばしば講じられた。黄道十二宮と身体の臓器とが関連づけられ、天体の観測によって、それと結び付けられる器官との関係が論じられ、病気の処方が行われた。当時としては、流行性感冒は病因がまったくわからず、天体の影響としか考えられなかったので、天の影響を意味するインフルエンザという語が病名の語源となった。
人体の宇宙アナロジー(類推)という点では、パラケルススは首尾一貫していて、彼の錬金術的、医学的思想を貫いている。彼の追随者ロバート・フラッドの著書『医学大全』(1629)では
熱-運動-明-膨張-希薄化
冷-慣性-暗-収縮-濃縮化
太陽-父-心臓-右眼-生命に不可欠な血液
月-母-子宮-左眼-粘液
というような対応がつくられている。
西洋では黄道十二宮と身体の12の器官が対応すると考えられていたように、起源は違うが、中国でも天上の惑星(五星)が地上の五行、それに五臓六腑(ぷ)に対応づけられて、天の影響が身体に現れると考えられた。
また、ニュートンは万有引力の法則が天と地の間に働く遠隔作用であるとしたが、これは大宇宙・小宇宙対応に類する考えであるとし、天と地の間に何も存在しないのにオカルト的な力が働くというのは、占星術・オカルトを認めることになる、と批判された。
洋の東西を通じて潮汐現象(ちょうせきげんしょう)を呼吸とのアナロジーでとらえる考え方があるのも、大宇宙・小宇宙対応と考えることができる。しかし、天と人との間の遠隔操作は近代科学では受け入れにくいものになり、そのために気象とか環境の人体への影響を捨象することになった。
[中山 茂]
マクロコスモスmacrocosmusの対概念で,大きな世界(大宇宙)に対応する小さな世界(小宇宙),すなわち人間を指す。人間と宇宙とを対比させて考えるこの思想型は,すでに初期古典ギリシア時代のデモクリトスにみられるが,とくにプラトン学派の人々に好んで用いられ,《ティマイオス》的・生命的宇宙観と結びつけて語られた。この伝統はボエティウスや新プラトン主義を介して西欧に伝えられ,中世プラトン主義の拠点となったシャルトル学派のベルナルドゥス・シルウェストリスらによって代弁された。さらにルネサンス期になると,フィレンツェ・プラトン主義者グループのフィチーノらによってヘルメス思想と融合され,ルネサンス期世界観の典型となった。たとえばレオナルド・ダ・ビンチに明らかなように,ミクロコスモスとマクロコスモスとの間には厳密な類比関係があり,両者はともに機械的ではなくて生命的な存在だとされる。そこからミクロコスモスたる人間の尊厳性と同時にマクロコスモスたる世界の尊厳性とが同様に提唱され,とりわけ人間の尊重思想と合して,個人は宇宙全体に匹敵するという個人主義思想が強調された。他方,個体と宇宙とが現象面でも照応するという考え方は,占星術と結びついて,医学,人相学,骨相学などの原理ともなった。その後近代になってミクロコスモスという用語は,しだいに特殊的意義を失って,一般的意味で使用されるようになり,今日では,ミクロの世界といえば,肉眼では不可視な極微の世界を,逆に,マクロの世界といえば,巨視的な,宇宙のごとき巨大世界を指すようになった。
→ヘルメス思想
執筆者:清水 純一
バルトークの作曲した子どものためのピアノ練習曲集。息子ペーテルのピアノ練習のために1926年に作曲を始め,第1巻と第2巻を息子に捧呈し,39年に全6巻,153曲のピアノ曲集(Sz(セレーシュSzőllősy Andrásによる作品整理番号)107)として完成した。タイトルの〈小宇宙〉が示しているように,この曲集は,ピアノ演奏の初歩から高度な技巧までのすべてを含み,とくに近代・現代の音感覚を効果的に生かしている。ハンガリーの民謡に基づく旋法,自由なリズム,長調・短調の枠にとらわれない拡大された調性などが用いられている。113番(《ブルガリアのリズム第1番》),69番(《和音の練習》),135番(《無窮動》),123番(《スタッカートとレガート》),127番(《新しいハンガリー民謡》),145番(《半音階的インベンション》),146番(《オスティナート》)は,バルトーク自身によって《ミクロコスモスより七つの小曲》(Sz108)として2台のピアノのために編曲されている。
執筆者:船山 隆
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…ウーシアはイデアたる〈真実有〉であり,コーラは質料,素材に相当する〈空間〉である。もう一つプラトンに特徴的な発想は,こうした宇宙を大宇宙(マクロコスモスmacrocosm)としたときに,人間はそれと対比をもつ小宇宙(ミクロコスモスmicrocosm)として把握されている点であって,そのことはまたプラトンにあっては,宇宙は一つの有機体として生き生きと活動する概念であったともいえる(例えば《ファイドロス》におけるプラトンは,宇宙を〈戦車〉にたとえ,それを御するものとしてゼウスを擬している)。 こうした古代的宇宙観は,唯一の世界創造者としての創造主概念を強力にもつユダヤ・キリスト教の展開とともに,限定付きで受けとられた。…
…1990年代に急速に研究が進み,いまやコンピューター詰将棋の実力はトップクラスのプロ棋士の実力をはるかにしのぐまでになっている。十数手までは一瞬のうちに解き,現在最長の詰将棋であるミクロコスモス(1525手詰め)も数時間で解くことができる。研究の焦点はコンピューターによる詰将棋の創作へ移った。…
…ヨーロッパにおいては12~13世紀以降に村落共同体と都市共同体が成立するが,それ以前の氏族団体においては家が人的結合の基本的な単位をなしていた。この段階においてはミクロコスモスとしての家とマクロコスモスとしての世界が対峙していたのであって,司祭や呪術師,国王ですら前述の仕事にたずさわった人々と同じく二つの世界の狭間に生きていたのであった。しかるに12~13世紀以降共同体が成立するとともに人間がみずからなんとか制御しうるミクロコスモスの領域が拡大され,キリスト教信仰の普及とあいまって,かつての多元的な世界像に代わって一元的な世界像が成立していった。…
…コダイとの共著)出版の準備が始まる一方,作品も,《弦楽器,打楽器とチェレスタのための音楽》(1936),《2台のピアノと打楽器のためのソナタ》(1937)など,新しい構成原理として黄金分割を採用した最も独創的でしかも円熟した作品が相次いで誕生する。また,教育的内容をもったピアノ曲集《ミクロコスモス》(1939)が完成するのもこの時期である。《弦楽四重奏曲第6番》(1939)をヨーロッパ時代の最後の作品として,40年,バルトークは荒れ狂うファシズムの嵐を避けてアメリカに亡命する。…
※「ミクロコスモス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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