日本大百科全書(ニッポニカ) 「シナリオ」の意味・わかりやすい解説
シナリオ
しなりお
scenario
映画の脚本、台本。古くはラテン語のscena(舞台、場面)から派生したことばで、イタリア語からの外来語。演劇やオペラの場面(シエーナ)をつないだ筋書きの意味で使われていたのが、映画用語へ転じて使われるようになった。ただし、英語ではスクリーンプレイscreenplayまたはスクリプトscriptが一般的である。
映画史初期の作品は物語よりも見世物性(アトラクション)を中心にごく短い映像を見せるだけのものであったが、しだいに一連の場面転換と人物の登退場、字幕による説明やせりふを含んだ筋書きめいたものが必要になってきた。映画が長尺化し、物語が複雑になるにつれて、その筋書きめいたもの、すなわちシナリオも洗練され、書き方も詳細になっていく。この詳細なシナリオ、つまり演出、撮影、編集などの役割が物語とともに文字化されたシナリオは、英語ではコンティニュイティcontinuity、シューティング・スクリプトshooting-script、フランス語ではデクパージュdécoupageなどとよばれ、撮影用台本として使われるようになった。欧米ではシナリオや撮影用台本の使用はかなり早くから始まっているが、日本で一般化するのは1920年代に入ってからである。それまでは監督のメモ程度のものでしかなく、むしろ弁士のための説明用台本のほうが重視された。1910年代後半からシナリオの必要性を説いた人に帰山教正(かえりやまのりまさ)がいる。アメリカ流のショット本位のコンティニュイティ形式を手本とした彼の『生の輝き』(1918)はシナリオが残されており、サイレント時代の日本映画のシナリオはこの形式を踏襲したものが多い。トーキー時代になると、戯曲や文芸作品を手本に各国で優れたシナリオライターが輩出するようになり、1930年代フランス映画のように、シナリオ優位の映画国も現れた。日本ではこのころから、現在活字で一般の目に触れるシナリオの形式へ、すなわちシーン本位で、場面の多い戯曲に近い形式へと変わった。
シナリオは戯曲と異なり、読まれるテキストとしての独立性が薄いので、「シナリオは文学たりうるか」という論争がかつて行われたこともある。しかし、シナリオは映画に必要不可欠の要素というわけではない。シナリオを重視する監督もいれば、重視しない監督もおり、記録映画などのようにかならずしも必要としないジャンルもある。それでも劇映画全体に占めるシナリオの役割が大きいことに変わりはない。なお、小説などの原作によらない書き下ろしをオリジナル・シナリオという。
[岩本憲児]
『野田高梧著『シナリオ構造論』(1952・宝文館出版、1976・改訂新版)』▽『『日本シナリオ文学全集』全12巻(1955~1956・理論社)』▽『新藤兼人著『シナリオの構成』(1959・宝文館、1978・改訂新版)』▽『『日本映画・シナリオ古典全集』全6巻(1965~1966・キネマ旬報社)』▽『『日本シナリオ大系』全6巻(1973~1979・映人社)』▽『飯島正著『映画のなかの文学 文学のなかの映画』(1976・白水社)』▽『田山力哉著『日本のシナリオ作家たち 創作の秘密』(1978・ダヴィッド社)』▽『新藤兼人著『日本シナリオ史』上下(1989・岩波書店)』▽『谷川義雄編『シナリオ文献』増補改訂版(1997・風濤社)』▽『新井一著『シナリオ作法入門――発想・構成・描写の基礎トレーニング』(2010・映人社)』▽『『年鑑代表シナリオ集』各年版(1953~1958・三笠書房、1960~1988・ダヴィッド社、1989~2002・映人社、2003~・シナリオ作家協会)』