日本大百科全書(ニッポニカ) 「シーゲル」の意味・わかりやすい解説
シーゲル
しーげる
Don(ald) Siegel
(1912―1991)
アメリカの映画監督。シカゴに生まれる。ユダヤ人音楽家の家庭に育ち、各地を転々とした後、1928年に渡英。ケンブリッジ大学に学び、ロンドンの王立演劇芸術アカデミーで演劇も学ぶ。パリでの生活を経て19歳で帰国。1934年、ワーナー・ブラザーズの映画編集者だった叔父の紹介で同社に職を得る。編集助手などを務めるうち、後から本編に挿入する副次的なシーンの撮影を任されるようになる。限られた条件下で必要な場面を手際よく撮ることが要求されるこのときの経験から、監督術の多くを学んだ。シーゲルが部分的に撮影を手がけた作品には『ヨーク軍曹』(1941。監督ハワード・ホークス)、『カサブランカ』(1942。監督マイケル・カーティスMichael Curtiz、1886―1962)、『鉄腕ジム』(1942。監督ラウール・ウォルシュRaoul Walsh、1887―1980)などがある。また、1940年代前半から短編映画を監督するようになり、1945年に撮った短編劇映画『遙なる星』と短編ドキュメンタリー映画『ヒトラーは生きている?』でアカデミー賞を受賞した。1946年『評決』で長編デビュー。その後フリーになり、ウォルター・ウェンジャーWalter Wanger(1894―1968)製作の『第十一号監房の暴動』(1954)でヒットを飛ばす。本物の囚人をエキストラとして出演させるなど、現場での即興を重視する自在な監督術が遺憾なく発揮された。同じウェンジャー製作で監督した『ボディ・スナッチャー 恐怖の街』(1956)は、冷戦期における反共ヒステリーの寓話(ぐうわ)として名高い。その後も『殺し屋ネルソン』(1957)、『ラインナップ』(1958)といった低予算、早撮りの犯罪活劇を得意としたが、同時にハリウッドの地位を脅かしつつあったテレビの世界でも活躍。ヘミングウェイ原作の『殺人者たち』(1964)は、元来ユニバーサル製作によるテレビ映画第一作であったが、暴力描写の激しさゆえに劇場用映画として公開されたものである。
『突撃隊』(1962)でテレビ出身のスティーブ・マックィーンをスターにしたシーゲルは、『マンハッタン無宿』(1968)で同じくテレビ出身のスター、クリント・イーストウッドと出会う。2人のコンビは以後『真昼の死闘』(1970)、『白い肌の異常な夜』『ダーティハリー』(ともに1971)、『アルカトラズからの脱出』(1979)と続くが、なかでも『ダーティハリー』は1970年代刑事アクションの金字塔としてイーストウッドを一躍ハリウッドの男性トップ・スターへと押し上げた。その後自らメガホンをとるようになるイーストウッドは、監督第一作『恐怖のメロディ』(1971)にシーゲルを俳優として出演させ、シーゲル没後に監督した『許されざる者』(1992)を彼に捧げている。
シーゲルのそのほかの代表作に『燃える平原児』(1960)、『刑事マディガン』(1968)、『突破口!』(1973)、『ドラブル』(1974)があるが、当初から名優ジョン・ウェインの「最後の映画」として撮られた『ラスト・シューティスト』(1976)では、死期の迫った伝説のガンマンの最後の数日間を描き、ハリウッドの歴史そのものでもある西部劇の死をみとるという大役を果たした。シーゲルは、リチャード・フライシャーRichard Fleischer(1916―2006)、ロバート・アルドリッチRobert Aldrich(1918―1983)らとともに黄金時代の撮影所を知るベテラン監督として1980年代初頭まで息の長い活躍を続けたが、これほどまでに一貫して商業的なアクション映画に徹した巨匠はむしろまれである。
[藤井仁子]
資料 監督作品一覧
遙なる星 Star in the Night(1945)
ヒトラーは生きている? Hitler Lives?(1945)
評決 The Verdict(1946)
暗闇の秘密 Night Unto Night(1949)
仮面の報酬 The Big Steal(1949)
暗黒の鉄格子 Count the Hours(1952)
抜き射ち二挺拳銃 The Duel at Silver Creek(1952)
中国決死行 China Venture(1953)
第十一号監房の暴動 Riot in Cell Block 11(1954)
地獄の掟 Private Hell 36(1954)
USタイガー攻撃隊 An Annapolis Story(1955)
ボディ・スナッチャー 恐怖の街 Invasion of the Body Snatchers(1956)
暴力の季節 Crime in the Streets(1956)
殺し屋ネルソン Baby Face Nelson(1957)
ラインナップ(殺人捜査線) The Lineup(1958)
裏切りの密輸船 The Gun Runners(1958)
グランド・キャニオンの対決 Edge of Eternity(1959)
燃える平原児 Flaming Star(1960)
突撃隊 Hell Is for Heroes(1962)
殺人者たち The Killers(1964)
犯罪組織 The Hanged Man(1964)
刑事マディガン Madigan(1968)
マンハッタン無宿 Coogan's Bluff(1968)
真昼の死闘 Two Mules for Sister Sara(1970)
白い肌の異常な夜 The Beguiled(1971)
ダーティハリー Dirty Harry(1971)
突破口! Charley Varrick(1973)
ドラブル The Black Windmill(1974)
ラスト・シューティスト The Shootist(1976)
テレフォン Telefon(1977)
アルカトラズからの脱出 Escape from Alcatraz(1979)
ガンファイターの最後 Death of a Gunfighter(1979)
ラフ・カット Rough Cut(1979)
ジンクス! あいつのツキをぶっとばせ! Jinxed!(1982)
『『世界の映画作家18 犯罪・暗黒映画の名手たち』(1973・キネマ旬報社)』▽『蓮實重彦著『映像の詩学』(ちくま学芸文庫)』▽『A Siegel Film(1993, Faber and Faber, London)』