ジオット
Giotto di Bondone
1267頃~1337
イタリア・ルネサンスの前段階におけるフィレンツェ派の画家,彫刻家,建築家。チマブーエの弟子とされるが,カヴァリーニらローマ派の美術やピサーノ父子の彫刻から影響を受けて,13世紀ビザンツ様式を刷新し,新たな造形伝統を確立した。自然観察にもとづく明晰で簡潔な空間表現や人体の量感把握,劇的な物語表現や卓抜した内面描写を駆使してルネサンス絵画の先駆者となった。工房を率いてフィレンツェ,ローマ,アッシジ,パドヴァ,ミラノ,ナポリなど各地で活躍。代表作はアッシジのサン・フランチェスコ聖堂壁画,パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂壁画。晩年にはフィレンツェ大聖堂の造営主任となり,鐘塔の設計に関与したが,未完成のうちに死去した。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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ジオット
GIOTTO
1985年7月,アリアン1型ロケットによって打ち上げられた,ヨーロッパ宇宙機関 (ESA) のハレーすい星探査機。 86年3月,すい星を取り巻くチリに突入し,その素顔を見事に撮影した後「冬眠状態」に入っていたが,90年2月,NASAマドリッド追跡ステーションがコマンドを発信して,同機の信号を受信し,同機は復活した。 90年3月中旬,ESAは同機に新しいミッション,グリグ・シェルルップすい星の探査を命じるため,テレコマンドによる軌道修正に着手した。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内のジオットの言及
【惑星】より
…このISEE3は82年6月ラグランジュ点から移動を開始,85年9月ジャコビニ・ツィンナーすい星に接近,観測を行った後,86年3月にはハリーすい星の観測も行った。76年周期で太陽に接近するハリーすい星にはこのほかソ連が2機(ベガ1,2),ESAが1機(ジオット),日本が2機(MS‐T5,PLANET‐A)の探査機を送った。[パイオニア計画][バイキング計画][ボエジャー][マリナー計画]【上杉 邦憲】
【惑星現象】
地球上から観望した諸惑星の天球上の位置,動きに関連する現象を惑星現象という。…
※「ジオット」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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