日本大百科全書(ニッポニカ) 「スイス料理」の意味・わかりやすい解説
スイス料理
すいすりょうり
フランス料理やイタリア料理のように、際だった色合いをとらえることのむずかしいスイス料理のなかで、はっきりと一つの特徴を示すのは、やはりチーズ料理である。そして、谷ごとに異なるといわれる素朴な農民料理と、この国の三つの文化圏、つまりドイツ系、フランス系、イタリア系の料理が国を三分している。
鍋(なべ)に煮立ったチーズをパンの小片にからませて食べるフォンデュfondueは、スイスの代表的な料理としてすでによく知られている。地味(ちみ)が悪く、作物の育ちにくい山がちの国土をもつこの国では、農産物といえばその70%以上が畜産物。なかでもチーズは、ローマ帝国の皇帝がわざわざ輸入していたというから、スイスの伝統的な産物といってよいだろう。
フォンデュ以外にもスイスのチーズ料理にはケーゼシュニッテKäseschnitte、シュペツリSpätzli、ラクレットracletteなど、いかにも山国の農民料理にふさわしい素朴な味覚がめじろ押しである。これらのうちラクレットは、ラクレットチーズという脂肪分の多いチーズの切り口を熱で溶かしてそぎ落とし、ふかしたジャガイモに添えて食べるもので、現在ではこれを食べさせる店がスイス中でみられる。しかし本来これは、マッターホルン北麓(ほくろく)に広がるバレー地方に古くから伝えられた郷土の味である。
アルプス地方には、このような谷間単位の生活文化が発達していて、谷ごとに違った食生活がみられ、今日のように交通が発達しても、祭礼などにはなお、いくらかその名残(なごり)をみることができる。たとえばイン川上流のエンガディン地方に特有の乾燥牛肉ビュントナーフライシュBündnerfleischは、本来貯蔵食品の一種だが、今日ではスイス料理の前菜として広く用いられる。また、チーズで有名なエメンタール地方には、豚肉や野菜の盛合せ料理ベルナー・プラッテBerner Platteがあり、こちらは古くから祭礼用の御馳走(ごちそう)としていまに伝わっている。「ベルナー」というのは「ベルンの」という意味だが、多くは、首都ベルンよりも、エメンタールをはじめとするベルン周辺の地域をさしている。このあたりは谷ごとの文化がよく発達した所で、さまざまな郷土文化が残っている。いまではスイス中で食べられるベルナー・レスティBerner Röstiなどもその一つで、ふかしたジャガイモを細かくおろしてフライパンで焦げ目をつけたものだが、ドイツなどでみられる炒(いた)めジャガイモとはかなり趣(おもむき)を異にする。
スイスは、大ざっぱに分けてドイツ系、フランス系、イタリア系など、民族も言語も異なる住民によって構成される多民族国家だが、食生活もまたそれぞれの言語地域に応じて分かれている。フォンデュはフランス語で「溶けた」という意味の形容詞で、その名のとおりフランス系の料理だが、いまでは全スイス的な、というよりは国際的な料理となっている。しかし、ジュネーブを中心とするフランス語地域では、レマン湖畔の名物料理ニジマスのオー・ブルーau bleu(ニジマスを酢や香料で煮たもの)などのようなフランス系の料理が依然として中心であり、チューリヒやバーゼルなどの大都市を含むドイツ語地域では、ジャガイモとソーセージが主役のドイツ料理、そして南部のイタリア語地域では、スパゲッティやリゾットなどイタリア式の食事が日常のものとなっている。それぞれの本国、つまりドイツ、フランス、イタリアでは互いに相いれないこの3種類の料理が、スイスではなんの不自然さもなく混在できるあたりにも、この国の特異な成り立ちがうかがわれておもしろい。
[角田 俊]