改訂新版 世界大百科事典
「ステファンネマーニャ」の意味・わかりやすい解説
ステファン・ネマーニャ
Stefan Nemanja
生没年:1114-1200
セルビアの中世のネマニッチ王朝(1168-1371)の始祖。在位1168-96年。初めジュパン(族長)としてビザンティン支配下のイブラ川流域を治めていた。その後ビザンティンとベネチアの抗争を利用して重要な海港コトルを占領,1183年にはハンガリー人と組んでさらに領土を拡大する。バルカン半島を通過した第3次十字軍の神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世バルバロッサにビザンティン攻撃の同盟を申し込んだが,これは拒絶された。セルビア南西部のラシュカ地方を中心に権力を確立すべく,ボゴミル派を迫害して正教会を保護。ストゥデニッツァ修道院を建立し,貴族同様に封土を与え,正教会の支持をえた。1196年次子ステファン・ネマニッチを後継者に立て,自らは修道士シメオンとなる。アトス山へこもり,末子サバとヒランダル修道院を創建して,中世セルビア文化のセンターにつくりあげた。
執筆者:田中 一生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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ステファン・ネマーニヤ
Stefan Nemanja
[生]1113/1114
[没]1200.2.13.
セルビア公 (在位 1168?~96) 。ネマーニヤ朝の祖。 1166年頃ラシュカ地方の領主。 68年兄のティホミルを倒し,大ジュパーンを称した。 90年ビザンチン帝国と戦って独立を獲得,セルビアの大半を統一した。 96年公位を子ステファンに譲って引退。アトス山にヒレンダル修道院を寄進。死後,聖人に列せられた。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内のステファンネマーニャの言及
【サバ(鯖)】より
…スズキ目サバ科サバ亜科に属する海産魚の総称。日本近海にはマサバScomber japonicus(イラスト),[ゴマサバ]S.australasicus(イラスト),および[グルクマ]Rastrelliger kanagurtaの3種が分布する。このうち,グルクマは熱帯系で沖縄以南に分布し,漁獲量も少ないため,ふつうサバといえばマサバとゴマサバを指す。両種は外観がよく似ており,別名マサバはヒラサバ,ゴマサバはマルサバといわれるように体型が異なること,またマサバは背部に黒色の波状紋があるのに対し,ゴマサバは体側と腹面に小黒点があることなどで経験的に区別はされるが,外形からは判別が困難な場合もある。…
【セルビア】より
…こうして,セルビア人の中心地は西方のゼータからラシュカへと移動した。1168年,[ステファン・ネマーニャ](在位1168‐96)がふたたび対立・抗争を繰り返していたラシュカを統一し,ビザンティン帝国の内紛に乗じてその支配下から脱し,セルビアを約200年間統治するネマニッチNemanić朝を創設した。彼はゼータを併合し,アドリア海沿岸地帯をも領域に組み入れた。…
※「ステファンネマーニャ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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