日本大百科全書(ニッポニカ) 「セラーノ」の意味・わかりやすい解説
セラーノ
せらーの
Andres Serrano
(1950― )
アメリカの写真家。ニューヨーク、ブルックリン生まれ。アフロ・キューバ系の母、ホンジュラス人の父という、ラテンアメリカ系の家庭でカトリック信仰に親しんで育つ。高校中退後、1967年から2年間、ブルックリン美術館のアート・スクールで学ぶが、最初の関心は絵画と彫刻にあった。80年代に入ってから写真家として制作活動を始め、86年にはニューヨークのラテンアメリカ現代美術館で個展「知られざるキリスト」を催した。皮をはがれた子羊と大量生産品のキリストの頭部像を対置したり、切断した牛の頭を撮影するなど、初期より宗教や死に関心を寄せた強いイメージづくりを展開。87年の作品「尿に沈む十字架像」では本物の尿を用いて衝撃を与え、アートへの助成をめぐる国会での論争の標的となった。
87年から90年にかけて発表した「流体の抽象画」シリーズでは自らの尿や血、精液を使って、赤や黄の鮮烈な色彩による抽象画を思わせる写真作品をつくり、エイズやセクシュアリティ等、80年代後半の社会背景とも相まって高く評価された。
時に生理的嫌悪感をかきたてるセラーノの作品の凶暴さ、激しさの果てに、宗教画やスペイン芸術の水脈に通じる、聖性や明澄さを見いだす美術史家もいる。セラーノ自身は、自分はポリティカルなアーティストではなく興味は常にただ人間にあると語っており、確かに以後の展開は、被写体がホームレスであれ、白人至上主義のクー・クラックス・クランであれ、フェティッシュ・クラブ(特殊なセックスを愛好する者が集(つど)うクラブ)で見いだしたモデルであれ、みなしっかりとカメラを見据え、シンプルな背景とライティングで撮られており、むしろストレートな写真の語り口となる。一方で、92年の「モルグ」シリーズのように、死体安置所で本物の死体を撮影する等、主題のスキャンダラスさは健在である。97年、オランダのフローニンゲン美術館における回顧展でまとめられた「セックスの歴史」シリーズでは、男の口の中に放尿する女性を撮影して物議をかもした。アートかポルノグラフィーかの論争は、同じくセクシュアリティや性のマイノリティを題材とした、亡きロバート・メープルソープを思い起こさせる。
2001年、ニューヨークのポーラ・クーパー画廊で新シリーズ「夢分析」を発表。フロイトへのオマージュというよりは、ベビー・ブーマーとしてセラーノ自身が50年代から60年代初期の子供時代にテレビで見たり、読んだりしたメディアからのイメージに強く影響された、と語っている。頭部と顔がつながったシャム双生児に王と王妃の扮装をさせて撮影するなど、悪夢めいた演出はシンディー・シャーマンの一連の仕事への近似も見てとれる。2001年に発表した作品「洗礼者ヨハネ」では初めてライト・ボックスを使って展示するなどスカルプチャーの要素を組み入れ、セラーノのアートに再展開の兆(きざ)しが表れている。
[北折智子]
『Andres Serrano; Works 1983-1993 (1994, The Institute of Contemporary Art, Philadelphia)』▽『Andres Serrano et al.Andres Serrano; Body and Soul (1995, Takarajima Books, New York)』▽『「Andres Serrano」(カタログ。1991・西武百貨店)』▽『A History of Andres Serrano/A History of Sex (catalog, 1997, Groninger Museum, Holland)』