改訂新版 世界大百科事典 「タンパク質分解酵素」の意味・わかりやすい解説
タンパク(蛋白)質分解酵素 (たんぱくしつぶんかいこうそ)
protease
タンパク質のペプチド結合を加水分解(消化)する酵素。プロテアーゼともいう。酵素分子の活性中心の違いによって以下の四つに分類される。セリン残基を活性中心に含むセリンプロテアーゼ(トリプシン,キモトリプシンなど),システイン残基を含むチオールプロテアーゼ(パパインなど),酸性アミノ酸を活性中心に含む酸性プロテアーゼ(ペプシンなど),補酵素として金属イオンを含む金属プロテアーゼ(カルボキシペプチダーゼAなど)である。酵素のもつ分解作用に従って分類することもできる。ペプチド鎖を内部から分解するものをエンドペプチダーゼ,ペプチド鎖のアミノ末端から順次分解していくものをアミノペプチダーゼ,カルボキシル末端から順次分解するものをカルボキシペプチダーゼ,ジペプチドとして分解するものをジペプチダーゼと呼ぶ。狭義のタンパク質分解酵素proteinaseはエンドペプチダーゼに属する。
タンパク質分解酵素は生体内で種々の機能を発現するが,大別すると次の三つになる。(1)食物の消化。(2)生体(細胞,組織)内でのさまざまなタンパク質,ペプチドの限定分解による活性調節。(3)タンパク質の代謝回転。以下それぞれ具体例を挙げて説明する。
消化
口から摂取された食物中のタンパク質は,胃で酸性条件下(pH1~2)ペプシンによって一部分解され,小腸へ送られる。小腸ではさらに膵液中のトリプシン,キモトリプシンによってペプチド断片に分解される。これらのペプチドはさらに種々のペプチダーゼによりアミノ酸にまで分解される。
限定分解による活性調節
典型例は血液凝固の系である。出血などの刺激で活性化された血液凝固V因子,X因子などにより,プロトロンビンが限定分解を受けてトロンビンに変換する。プロトロンビンは酵素活性をもたないが,限定分解を受けたトロンビンはタンパク質分解活性をもち,フィブリノーゲンのアルギニン-グリシン間のペプチド結合を切断してフィブリンに変換する。このフィブリンが重合して繊維となり血液を凝固させるわけである。さらに,この繊維が分解されるときにもプラズミンというタンパク質分解酵素が働く。
近年,分泌性のタンパク質が小胞体上のリボソームで合成されて膜を通過する際に,シグナルペプチドと呼ばれる部分が重要な役割を果たしていることが判明してきた。リボソームで初めに合成されるアミノ末端部分がそれで,このシグナルペプチドは合成されたタンパク質が小胞体の膜を通過する時に,先導的役割を果たすと考えられているが,シグナルペプチド部分は膜通過の際にタンパク質分解酵素の作用をうけて切り取られ,残りの部分が成熟分泌タンパクとして細胞外に分泌される。
脳内には種々の生理活性ペプチドが存在し,それが神経伝達物質として働いていることがわかってきた。この中でも特に注目されるのはモルヒネ様の鎮痛効果を示す一群のペプチド(エンドルフィン類)である。このうちの一つにメチオニンエンケファリンという物質があるが,これはチロシン-グリシン-グリシン-フェニルアラニン-メチオニンという構造をもった重合度の低いオリゴペプチドである。メチオニンエンケファリンは他のいくつかの神経ペプチドとともに共通の前駆体から生じることが明らかとなった。まず最初にアミノ酸265残基からなる前駆体プロオピオコルチンが合成される。次にこれがタンパク質分解酵素によっていくつかに分断されてACTH(副腎皮質刺激ホルモン)とβ-リポトロピンが生成し,β-リポトロピンが二つに切断されてγ-リポトロピンとβ-エンドルフィンが生成する。さらにこのβ-エンドルフィンが分解されてメチオニンエンケファリンを生じるのである。
大腸菌では,DNAの組換えをつかさどるrecAタンパク質(recAという遺伝子がつくるタンパク質)が知られている。このタンパク質は別々のDNA分子の塩基配列の相同部分を対合し,組換えにより新しい二重鎖部分を形成させるという働きをもっている。recAタンパク質は通常は,つねに少量合成されて細胞内のDNAの遺伝的組換えに従事している。ところが放射線などによってDNAに損傷が起きた場合,recAタンパク質は多量に合成されてDNA損傷の修復を行うことになる。この場合recAタンパク質が多量に合成されるようになる機構は,recAタンパク質がもっている一種のタンパク質分解活性によるのである。recAタンパク質のメッセンジャーRNA(mRNA)の合成はlexAタンパク質(lexAという遺伝子がつくるタンパク質)という物質によって調節されている。lexAタンパク質が存在するとrecAmRNAの合成が抑えられ,結果としてrecAタンパク質の合成が抑えられる。これが通常の状態である。ところがここでDNAに損傷が起こると,recAタンパク質は活性化され,ATPを補酵素とするプロテアーゼ活性が出現する。そしてrecAタンパク質はlexAタンパク質を限定分解して不活性化する。するとlexAタンパク質によるrecAmRNA合成の抑制が解除され,recAタンパク質が大量に合成されるというしくみになっているのである。
これ以外にも種々の酵素やホルモンの前駆体(たとえばインシュリンの場合)を限定分解することによって活性化する例が知られている。
タンパク質の代謝回転
生体内では,一度合成されたタンパク質は半永久的に保持されるというわけではなく,つねに一定の速度で分解され,また新たに合成されている。例えばラット肝臓のタンパク質は4~5日でその約70%が交代する。このようなタンパク質の代謝回転において,その分解の役割をタンパク質分解酵素が担っているのである。しかし詳しい機構などについては不明の点が多い。また,細胞の自己消化もこの範疇(はんちゆう)に属すると考えられる。
執筆者:柳田 充弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報