日本大百科全書(ニッポニカ) 「トゲウオ」の意味・わかりやすい解説
トゲウオ
とげうお / 棘魚
stickleback
硬骨魚綱トゲウオ目トゲウオ科Gasterosteidaeの魚類の総称。体長10センチメートル以下の小魚で尾柄(びへい)はとくに細い。口は小さくて突き出すことができる。体表に鱗(うろこ)はない。普通、体側に骨板(鱗板(りんばん))が1列に並ぶが、ときにまったくないこともある。背びれに3~16本の遊離した棘(とげ)がある。腹びれは1棘(きょく)1~2軟条からなるが、まれにないこともある。
[落合 明・尼岡邦夫]
種類
日本には8種3亜種が生息していたが、ミナミトミヨとムサシトミヨが絶滅した。他の種や亜種も環境汚染により減少しており、地方によっては絶滅の恐れのある個体群や絶滅危惧種、天然記念物として保護されている。トゲウオ類はイトヨ属Gasterosteusとトミヨ属Pongitiusに大別される。イトヨ属には、イトヨ群とハリヨGasterosteus aculeatus subsp.2があり、ともに背びれの棘は原則として3本である。イトヨ群は体側の骨板がよく発達し、体の前部から尾柄部まで連続し、太平洋系降海型Gasterosteus aculeatus aculeatus、太平洋系陸封型Gasterosteus aculeatus subsp.1および日本海系Gasterosteus sp.の3系がある。それぞれは種または亜種に相当するとされているが、学名は太平洋系降海型以外確定していない。太平洋系降海型イトヨと日本海系イトヨは背びれ棘に鰭膜(きまく)がないか、棘の基部のみに認められるが、太平洋系陸封型イトヨとハリヨでは鰭膜は棘の先端まで伸びる。ハリヨは陸封型で、体の前方だけ骨板があり、普通は数枚前後である。環境省のレッド・リスト(2013)によるとハリヨを絶滅危惧ⅠA類に、イトヨ類の福島県以南にすむ陸封型と本州にすむ日本海系を絶滅のおそれのある地域個体群に指定している。
トミヨ属は背びれの棘が10本前後あることで特徴づけられる。従来トミヨPungitius inensisとされていたものはトミヨ属淡水型Pungitius p.1、トミヨ属汽水型Pungitius sp.2およびトミヨ属雄物(おもの)型Pungitius sp.3の3型に分けられたが、和名と種名は与えられていない。これらの種以外にミナミトミヨPungitius kaibarae、エゾトミヨPungitius tymensis、およびムサシトミヨPungitius sp.4が含まれる。ミナミトミヨ(京都府南西部、大阪府樟葉(くずは)、兵庫県南東部の水の澄んだ細流や池沼に分布)は体側の鱗板は連続して並び完全であるのに対し、エゾトミヨ(北海道、樺太の河川、湖沼などに分布)、トミヨ属汽水型(北海道東部の琵琶(びわ)瀬川と別当賀(べっとが)川の河口域に分布)、トミヨ属雄物型(秋田県雄物川と山形県最上(もがみ)川水系に分布)およびムサシトミヨ(東京都と埼玉県の水の澄んだ細流や池沼に分布)は不完全である。トミヨ属の淡水型には両者がみられる。環境省のレッド・リスト(2013)によると、ミナミトミヨとムサシトミヨはすでに絶滅した。また、トミヨ属雄物型は絶滅危惧ⅠA類に、エゾトミヨとトミヨ汽水型は準絶滅危惧種に、トミヨ属淡水型は絶滅のおそれのある個体群に指定されている。なお、従来イバラトミヨ(別名キタノトミヨ)とされていた種は独立種ではなくなり、トミヨに統合された。
[落合 明・尼岡邦夫]
生態
北半球の寒帯から温帯にかけて広く生息し広塩性である。普通、生後1年で4センチメートルになって成熟するが、3年以上生き10センチメートルより大きくなることもある。澄んだ冷水の小川や湧水(わきみず)の池などで一生を過ごす淡水型と、夏から秋に降海して沿岸で越冬したのち、春に川を遡上(そじょう)して下流域で産卵する遡上型とがある。成長は遡上型がよく、たとえばイトヨでは淡水型は4センチメートル、遡上型は8センチメートルになる。淡水型は海水中で長く生存できないが、遡上型は浸透圧がうまく調節され、淡水中でもよく成育する。
産卵期は種によってかなり異なるが、3~7月が多い。産卵期には体形や体色、ひれなどの斑点(はんてん)に雌雄差が出るが、その状態は種類や生息地によって異なる。イトヨでは雌雄差が著しく、雄では胸びれが長く、背びれの棘がよく発達し、その全面が鋸歯(きょし)状になり、目が青く、腹面が鮮紅色となる。しかし、トミヨ雄物型ではそれほど雌雄差がなく、雄では腹面が黄色で腹びれが白い。
雄は産卵のための巣づくりをし、水草の生えた流れの緩やかな砂泥底の場所を選んで、繁殖用の縄張り(テリトリー)を確保する。ほかの個体とくに雄が侵入すると、これを攻撃したり、頭を下に向けて水中に逆立ちし、吻(ふん)を砂中に入れてけいれんして威嚇する。イトヨは砂泥底に直径5センチメートル、深さ1.5センチメートルのくぼみをつくり、集めた水草などをこのくぼみに押し付け、腎臓(じんぞう)から出す特別な粘液で固め、その上に砂泥をかける。このようにして直径10センチメートルほどのトンネル状の巣をつくる。
トミヨの雄は水面近くの水草などの茎に、集めた水草で直径3、4センチメートルの巣をつくる。初めは前後2か所に開口があるが、やがて一つを閉じて他方だけをあけて雌を待つ。熟した雌が近づくと、雄は雌のひれをかんだり、追い回したりし、ジグザグダンスをして巣の中に誘い入れ、この中で雌が放卵したのち巣に入って放精する。雄は数尾の雌との間でこのような動作をし、4、5日で400~1200粒の卵を巣の中に産ませる。ときには同時に数個の巣をつくる。
産卵後も、雄は巣や卵、仔魚(しぎょ)を監視して外敵から守る。孵化(ふか)までの1週間は巣の周りを泳ぎ、胸びれを活発に動かして卵へ酸素を送り込む。孵化した仔魚は10~14日間、巣の中にいて卵黄を吸収したのちに巣の外へ出る。雄に守られながらおもに動物プランクトンを食べ、孵化後20日前後で巣から離れて独立の生活をし、付着生物や底生生物も食べるようになる。仔魚は冬に湧水のある所で過ごす。
[落合 明・尼岡邦夫]