改訂新版 世界大百科事典 「センチュウ」の意味・わかりやすい解説
センチュウ (線虫)
nematode
ネマトーダともいう。線形動物門Nematodaを構成する無脊椎動物の総称。袋形動物門センチュウ綱Nematodaに分類する学者も多い。イギリスではその細長い形からeelwormという。土壌中では,原生動物を除くと,動物としてはもっとも個体数が多く,また動植物の体内,海洋,河川,湖沼にも分布し,凍土から温泉まで,ほぼ生物が生存できるすべての場所に広く分布している。生活様式も多様で,動植物に寄生する寄生性から,自活性で腐植質やそこに繁殖する微生物を食べる腐生性,他のセンチュウその他の微小生物を食べる捕食性などがある。動物寄生性センチュウはカイチュウ(回虫),コウチュウ(鉤虫)など人に寄生するもの,各種の家畜,鳥,魚,昆虫に寄生するものなど有害なものが多いが,カその他の害虫に寄生する種類は天敵として有用である。植物寄生性センチュウにはシダ類など下等植物に寄生する種類もあるが,各種の農作物に寄生して被害をもたらすものが多数含まれる。自活性センチュウの多くは,他の微小生物と複雑にからみ合いながら土壌中での有機物分解過程の一端を担っており,土壌の肥沃度や通気性,保水力など農業上重要な諸性質を維持,改良していくうえで大きな役割を果たしている。一方,Caenorhabditis elegansという自活種は室内培養が容易で,薬品による突然変異が作りやすく,遺伝子地図や胚子から成虫に至るまでの細胞系統図も明らかにされているところから,遺伝子のシス・トランス検定や遺伝子発現,神経制御,性決定,老化などの機構解明のための生化学的研究の材料として利用価値が高い。
センチュウはふつう雌雄異体で,有性生殖によって繁殖するが,単為生殖の種類も多い。卵は体内または体外に産出され,条件さえよければすぐに孵化(ふか)するものもあるが,寄生性センチュウでは卵塊やシスト(包囊)を形成し一定期間後,寄主からの刺激によって孵化するものもある。幼虫は多くの場合,卵殻内での1回を含めて合計4回脱皮し,成虫になる。
体型は原則として雌雄同形で糸状を呈するが,雌が肥大したり,体表にうろこ状などの突起をもっている種類もある。一般に動物寄生性の種類は大型で,数十cmを超えるものも珍しくないが,植物寄生性の種類はごく微小で,体長1mm以下のものが多い。ほぼ乳白色で半透明。体液で満たされている管状の擬体腔内に消化器官,生殖器官,神経などがあり,皮膚呼吸をしている。動物寄生性や捕食性の種類は口唇部に吸盤状やフック状突起,歯などをもつものが多いが,植物寄生性センチュウは口針(こうしん)と呼ばれる注射針状の器官をもっている。
植物寄生性センチュウには農林業上重要な種類が数百種含まれ,そのほとんどは生活史の一部または全部を土壌中で過ごす。大さじいっぱいくらいの土壌からしばしば数百~数千のセンチュウが分離されるが,この中には腐生性,捕食性,植物寄生性など各種のセンチュウが混じっている。植物寄生性センチュウは大きくても数mm,ふつうは1mm以下なので,識別には顕微鏡が必要であるが,口針をもっているので比較的容易に見分けられる。センチュウはこの口針によって植物の組織に侵入したり,汁液を吸収したりする。寄生部位は芽,葉,茎,根,球根,いも,種子などさまざまで,外部から吸汁するもの,内部に侵入するもの,組織の内外を移動するもの,定着するものと寄生のしかたも多様である。センチュウの寄生を受けた植物は奇形になったり,組織が破壊されて腐敗するなどの症状を呈し,全体に退緑黄化して生育不良となり,品質や収量が低下する。おもなセンチュウにはネコブセンチュウ,シストセンチュウ,ネグサレセンチュウ,クキセンチュウなどがある。なかにはウイルスやバクテリアを伝搬したり,他の病原菌と複合して植物の病状を激しくするものもある。こういったセンチュウによる農作物の被害は連作などによって土壌中の線虫密度が高くなった場合にはなはだしくなるので,輪作や抵抗性品種の栽培,薫蒸剤その他の薬剤による土壌処理などによってその密度を低く制御する必要がある。
→殺線虫剤
執筆者:稲垣 春郎
人体寄生虫としてのセンチュウ
センチュウは種類が非常に多く,自由生活種と寄生生活種とを合わせると約50万種が存在するという。そのうち人体寄生種として知られているのは約50種程度である。しかし,重篤な病害を与えるものがあり,寄生虫全体からみても重要なものが少なくない。人体寄生種では成虫の体長2mm程度のものから1mに及ぶものまである。雌雄異体で,雌虫のほうが大きい。
形態
センチュウの体壁は,角皮,角皮下層および筋層からなり,擬体腔を形成する。角皮下層は繊維状の薄い層であるが,背腹正中部および左右両側部で内側に隆起して4本の縦走索となり,筋層を4群に分ける。これらの縦走索のうち,側索が顕著で,その横断端の形状はしばしば種の鑑別の一助となる。筋層はすべて縦走筋のみで,輪状筋はない。横断面の筋肉の配列状況から,多筋肉型(カイチュウ科),部分筋肉型(ギョウチュウ(蟯虫)科,コウチュウ科),全筋肉型(ベンチュウ科)の3型にセンチュウを分けることができる。消化管は単管状で,体の前端にある口から口腔,咽頭腔,食道,中腸,直腸を経て肛門(雄虫では総排出腔)に開く。カイチュウやギョウチュウのように口の周囲に口唇を有するものと,シジョウチュウ(糸状虫)のようにこれを有しないものとがある。また口腔に歯芽または歯板を有するものがある。通常食道はよく発達した筋肉壁をもち,断面では内腔が三叉状となっている。しかし,一部のセンチュウでは食道が毛細管状をなし,数珠状に並んだ巨大細胞柱を貫通している。食道の末端は球状に膨大して食道球を形成し,その内部に弁装置を有するものもある。排出系は体後端近くから起こり,側索内を縦走して体前端近くの排出橋で合流して腹面に開口する。神経系の中枢は食道周囲にある神経環であるが,特殊な感覚器官として前端部にアンフィドamphid,肛門の後方にファスミドphasmidがある。このファスミドの有無により,センチュウをファスミド綱,無ファスミド綱の2群に分けることがある。生殖系は,雄虫では管状の精巣(1個または2個)にはじまり,輸精管,貯精囊,射精管を経て,後端近く肛門と共同の総排出腔に開く。交接補助装置として交接刺,交接囊などを有するものがある。また,雌性生殖器は多くは1対の糸状の卵巣としてはじまり,輸卵管,受精囊,子宮に連なり,排卵管を経て陰門に開く。
発育史と寄生
センチュウの多くは卵生(少数のものは胎生)で,虫卵,幼虫,成虫の各発育期に分けられる。そこで人体寄生のものは,ヒト腸管内に成虫が寄生する種類,リンパ系などの組織内に成虫が寄生する種類,ヒトが非固有宿主であるため組織内に幼虫が寄生する種類の3種に大別することができる。いずれにしてもヒトへの感染は,成熟卵(感染幼虫包蔵卵)または感染幼虫により起こる。後者の場合,中間宿主を介することがある。
寄生性センチュウの栄養のとりかた
寄生性センチュウの栄養摂取の方法は複雑で,腸内容,血液,組織液などを摂取するが,その物質代謝は主として嫌気的に行われる。例えばカイチュウやセンモウチュウ(旋毛虫)では,グリコーゲンがホスホエノールピルビン酸まで分解された後,ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼの作用によりオキサロ酢酸になり,これからリンゴ酸が生成される。リンゴ酸の一部はミトコンドリアの中でフマル酸に変化する。また他の一部はピルビン酸になるが,フマル酸はその際生ずる電子の受容体となり,コハク酸にまで変化して,ATPを生じ,これがエネルギー生成にあずかる。なお,ヒトに寄生するおもなセンチュウについては〈寄生虫〉の項目を参照されたい。
執筆者:小島 荘明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報