バトンルージュ(その他表記)Baton Rouge

デジタル大辞泉 「バトンルージュ」の意味・読み・例文・類語

バトン‐ルージュ(Baton Rouge)

米国ルイジアナ州南東部の都市ミシシッピ川に面する。1719年にフランス人建設、1815年に米国領となった。20世紀初頭より石油産業発展ネオゴシック様式の旧州庁舎をはじめ、南北戦争以前の歴史的建造物が残っている。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「バトンルージュ」の意味・わかりやすい解説

バトンルージュ
Baton Rouge

アメリカ合衆国,ルイジアナ州の州都ニューオーリンズ北西約 129km,ミシシッピ川下流東岸に位置し,外洋船舶の遡航終点にあたる。 1719年フランス人によってインディアン鎮圧のための砦が築かれたのが市の始りで,63年にはイギリス領,79年にはスペイン領となった。 1803年のルイジアナ買収によって合衆国領となったが,スペイン人はバトンルージュと西部フロリダの主権を主張。一時この地域にフロリダ共和国が成立したこともあったが,10年までに合衆国に吸収された。 49年には州都となった。工業は 1909年スタンダード石油会社が精油所を設立してから発展,以降油田天然ガスなどの原料,海上輸送の便宜を求めて多くの化学工場が進出し,現在にいたっている。第2次世界大戦中は国内の合成ゴム生産の中心であった。ルイジアナ州立大学 (1860創立) やサザン大学 (1880創立) などがある。人口 22万9493(2010)。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「バトンルージュ」の意味・わかりやすい解説

バトン・ルージュ
ばとんるーじゅ
Baton Rouge

アメリカ合衆国、ルイジアナ州南東部の都市で、同州の州都。人口22万7818(2000)。ミシシッピ川の左岸に位置した河港で、周囲に広がる油田地帯の中心地として、多くの精油施設がある。石油のほかに天然ガスも産出し、石油化学、合成ゴム、アルミニウム製紙、機械器具、食品加工などの工業が発達している。1719年にフランスが砦(とりで)を建設したことによって集落が建設された。バトン・ルージュという地名は、インディアン部族の境界を示す「赤い棒」(フランス語でbaton rouge)がこの地に立っていたことにちなむ。1762年にイギリス領となったが、79年にスペイン領、1815年に合衆国領となった。その後、1817年に町となり、49年に州都となった。南北戦争以前の住宅が多く残っており、ルイジアナ州立大学の所在地でもある。

[菅野峰明]

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改訂新版 世界大百科事典 「バトンルージュ」の意味・わかりやすい解説

バトン・ルージュ
Baton Rouge

アメリカ合衆国ルイジアナ州南東部の同州の州都。人口22万2064(2005)。ミシシッピ川の左岸に位置する河港で,周囲に広がる油田地帯の中心地。石油化学,合成ゴム,アルミニウム,製紙,機械器具,食品加工などの工業が発達している。1719年フランスの砦の建設と同時に集落ができ,62年にイギリス領,75年にスペイン領,1815年に合衆国領となった。ルイジアナ州立大学の所在地。
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百科事典マイペディア 「バトンルージュ」の意味・わかりやすい解説

バトン・ルージュ

米国,ルイジアナ州南東部,ミシシッピ川に臨む同州の州都。後背農業地の中心で,砂糖,米,綿花の取引が盛ん。製油・化学工業も発達。1719年フランス人が建設。1815年米国領。ルイジアナ州立大学(1860年創立)がある。22万9493人(2010)。

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