日本大百科全書(ニッポニカ) 「パナマ会議」の意味・わかりやすい解説
パナマ会議
ぱなまかいぎ
南アメリカ独立の指導者シモン・ボリーバルの提唱により、1826年にパナマ市で開催された、ラテンアメリカ諸国による国際会議。当時独立したばかりのラテンアメリカ諸国は、スペイン、フランスなど神聖同盟諸国による再征服の危険に直面していた。それに対してボリーバルは、ラテンアメリカ諸国が団結し、同盟を結ぶことによって対抗しようとした。会議には、大コロンビア共和国、メキシコ、中央アメリカ連邦共和国、ペルーの四か国と、イギリス、オランダがオブザーバーとして出席し、ブラジル、チリ、ラ・プラタ連合は参加せず、アメリカも代表が途中で病死したことなどにより出席できなかった。会議では連合同盟条約が締結されたが、同条約を批准したのが大コロンビア共和国のみであったため、同盟は実現せずボリーバルの企図は失敗に終わった。パナマ会議は成功しなかったが、ラテンアメリカの団結と統一を試みた最初の国際会議として歴史的な意義をもつ。
[加茂雄三]