パンの略取(読み)ぱんのりゃくしゅ(その他表記)La Conquête du Pain

日本大百科全書(ニッポニカ) 「パンの略取」の意味・わかりやすい解説

パンの略取
ぱんのりゃくしゅ
La Conquête du Pain

ロシアの無政府主義者クロポトキンが1892年、亡命地ロンドンにおいて無政府共産主義の思想を精力的に宣伝普及していたころの著作。原題どおりならば「パン征服」と名づけるべきであろうが、日本では幸徳秋水(しゅうすい)が英訳本をもとに1908年(明治41)に『麺麭(パン)の略取』と題して邦訳したため、この名称が用いられている。無政府共産主義社会実現するためには、破壊と建設の部分が必要であるが、本書は、その建設的側面、とくに経済的側面について論じている。クロポトキンによれば、無政府共産主義社会とは、ぜいたくの欲求をも含む人間的欲求のすべてを満たす社会、しかも個人の全面的自由を認め、いかなる権威をも容認せず、人々に労働を強いるためのいかなる強制をも用いない社会である。したがって、パンの征服とは、革命に際して緊急に解決を迫られるのは食糧の問題だという意味であるが、本書ではそれだけにとどまらず、無政府共産主義社会に至る方法と手段が論じられている。このような社会を実現するためには私有財産制を廃止する必要があるが、革命達成の過程においては、クロポトキンは、マルクスのいうようなプロレタリア独裁政権による方法は個人の自由を侵害するとして反対し、また代議制と賃金制度を温存し、私有財産制をそのままにして社会主義の実現を図ろうとする社会民主主義イギリスでは集産主義collectivismという)の方法にも反対している。

田中 浩]

『長谷川進訳『パンの略取』(『アナキズム叢書 クロポトキンⅡ』所収・1970・三一書房)』

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