私有財産制 (しゆうざいさんせい)
財産とは人間によって支配される外的物資であり,この支配が排他的に個人に属するような社会制度を,一般に私有財産制という。なんらかの形での私有財産は人間社会の歴史とともに古いが,とりわけそれが経済社会の中枢を占める制度として確立したのは近代社会であり,それゆえ私有財産制をより特定化してみれば,近代社会の市場経済体制(資本主義体制)を支える法的,制度的基礎である,ということができる。近代社会では私有財産は法的に保護されるに至る。すなわち,それは使用権,処分権,契約権を内容とする,財貨に対する排他的,絶対的権利として社会的に承認されるのだが,それはほとんどあらゆる財貨が市場的交換の対象となる,つまり商品となるという経済的関係のいわば法的表現なのである。
ところで一般に,私有財産の対象たる財貨は生活手段(消費に供する財)と生産手段(機械,道具,土地など生産に供する財)からなるが,財産制度の歴史的形態という観点から重要なのは,生産手段の所有形態である。というのは,生産手段は人間労働がそれに作用して社会的生産物を形成する要因であり,それゆえ生産手段がどのように支配されるかによって,生産的労働の形態(生産関係あるいは分業形態)が決定されるだけでなく,同時に生産の大きさ(生産力)も決定されてくるからである。そこで生産手段の支配形態という観点から,財産制度の歴史だけでなく,社会の経済的構造の歴史的把握も可能となる。
歴史
歴史的にみた場合,私有財産制度の起源を明らかにすることは困難だが,狩猟を中心とする原始的部族社会では生産手段は私有されず,氏族共同体によって支配されていたと考えられる。とはいえ,この段階でも装飾品や武器などは個人的に所有されている。私有財産がある程度明瞭に発生してくるのは農耕社会においてである。ここでは生産手段たる農耕地が分割所有され,階級関係を発生させる。この階級関係は土地を媒介とし,家父長的な土地所有者と奴隷の関係であるが,この階級関係が原始的共同体を崩壊せしめて古代的階級社会を形成することになる。続く封建社会においては,財産形態は大土地所有者たる封建領主とその支配下にある農民・農奴という階級関係として現れる。ここでは農民はある程度の土地所有は認められるものの,例えば処分権は剝奪されるといった共同体的拘束下に置かれ,また共同体的土地所有も解体されてはいない。私有財産制度が社会の基本的な制度上の原則となるのは,まさに近代社会においてである。近代社会とは市場経済社会にほかならないが,私有財産制はこの市場経済における商品交換の基礎となる。明確化され保護された私有財産があってはじめて,経済主体は自己の自由意思に基づいて財を処分する,つまり自由な交換契約を取り結ぶことができるからである。ここでいう自由な経済主体とは,自由主義経済下における企業や消費者のように,他人の意思に従属することなく合理的意思決定を行う主体のことである。したがってこの観点からすれば,私有財産制度とは合理的,個人主義的な経済活動を保障し,市場経済体制のもつ合理的機能を可能とする制度として評価されることになる。
〈自由〉との関係
市場経済の主体たる自由な個人という観念と私有財産制度の結びつきは,私的所有と契約の自由を保障することによって法的側面からも支持される。近代社会の私有財産制度は,法的,政治的には封建的支配体制や身分上の拘束からの人間解放の理念のもとに展開されてきた。例えばフランスの人権宣言に結実するような所有権の絶対不可侵の観念は,個人の経済的自立が同時に政治的自由という人格の解放につながるという,近代の政治哲学の中心的理念を前提としているのである。しかし,近代市場社会を私有財産を軸に展開される自由な政治,経済体制と理解する考え方は,そもそもの近代的私有財産形成に関する歴史的展望を考慮した場合には,重大な制約を受けざるをえない。というのは,市場経済の形成過程とは確かに一面では封建的土地所有と農奴制の解体を伴うが,これは同時に土地を剝奪された農民や小生産者が賃労働者へと転化する過程だからである。こうして一方に生産手段の所有者たる資本家,他方に無産者たる労働者が創出されるが,この過程が〈資本の本源的蓄積〉ないし〈資本の原始的蓄積〉と呼ばれるものである。近代社会の私有財産制度は事実上はこのような過程を経て形成されたのであり,この側面から見れば,先に述べた自由な経済主体の自由交換という市場の理解はあくまで資本家をモデルとした一つの理念にすぎず,実際には市場経済(資本主義経済)とは私有財産制を軸に新たに編成された階級社会とも考えられる。この階級観念をつきつめれば,資本家の私有財産とは,労働者の搾取,収奪の手段であり結果であるという論点へゆきつく。社会主義者が階級社会の消滅という目標の基軸に,私有財産制度の廃止を掲げるのはそのためである。その背後には,現実に労働した者だけが生産物を所有する権利を持つという,近代初頭の自然権論によって支えられた〈労働全収権〉と呼ばれる考え方が底流をなしているといってよい。
執筆者:佐伯 啓思
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
私有財産制
しゆうざいさんせい
Privateigentum System ドイツ語
財産の私的所有が制度的・法律的に確認されていること。資本主義社会ではそれが全面的に発展していき、その矛盾も激化する。財産制度は、人間の外界的自然に対する支配の仕方によって、さまざまな形をとる。資本主義社会以前における社会にあっては、主要な財産は土地であり、財産制度は土地所有のあり方によっていた。
[河村 望]
原始共同体にあっては、自然に働きかける前提としての血縁集団(部族・氏族)があり、土地の共同所有は、むしろ集団的労働の結果であった。このなかから家族が形成されるということは、それまですべて共同所有であった土地のうち、宅地と庭地が家族によって私的に所有され、男系の男子たちによって相続されることを意味した。耕地を含めて残りの土地のすべては依然として共同所有であったが、このような変化に伴って、部族・氏族という血縁集団にかわって、共同の土地所有のうえに成り立つ農業共同体という地縁集団が、連合の基本単位となるに至ったのである。
その後、家族による土地の私的所有は耕地にまで及ぶが、土地の共同体的所有は、なんらかの形で資本主義社会の成立以前には存続する。たとえば、ギリシア・ローマの都市国家では、耕地の私的所有と共同体所有が並存し、共有地からの収穫は共同体の公共の事業をまかなうのに用いられた。また、封建的土地所有のもとでも生き続けたゲルマンの村落共同体、すなわちマルク共同体Markgenossenschaft(ドイツ語)にあっては、耕地は家族によって私的に占有されていたが、放牧地、森林、採草地などは共同体によって占有されていた。なお、奴隷制や農奴制は、奴隷主や農奴主・領主の私的土地所有の付属的結果として生ずるもので、奴隷や農奴は、家畜と並んで土地の付属物とみなされていたのである。
[河村 望]
資本主義的生産は、それまで土地に縛り付けられていた労働者が二重の意味で自由な(これまでの古い束縛から自由であると同時に、生産手段の所有から自由な)賃労働者になることによって可能となるが、このことはまた、共同体的土地所有と、それを基礎に成り立つ共同体的諸関係の終極的解体をも意味していた。こうして、資本主義的生産様式は、もっとも純粋な私有財産の形態をつくりだすのである。資本主義社会のもとでは、すべての財貨は個人的、私的に所有される。と同時に、資本主義的私有は、所有における人間と財貨の関係を逆転させる。本源的には、所有は対象的自然に対する意思関係行為であり、われわれのものとして対象と関係をもつことであった。ところが、資本主義的所有は、資本の所有にみられるように、所有者である人間は、単に所有の対象である物の人格化にすぎないのである。
[河村 望]
『K・マルクス著、手島正毅訳『資本主義的生産に先行する諸形態』(大月書店・国民文庫)』▽『F・エンゲルス著、村井康男・村田陽一訳『家族、私有財産および国家の起源』(大月書店・国民文庫)』
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私有財産制
しゆうざいさんせい
private property
生産手段や消費財など一切の財産が原則として個人によって所有され,かつその個人の所有権が法律などにより保障されている社会制度をいう。古代の奴隷制,中世の封建制は私有財産制を基礎としてはいるが,その所有権は共同体ないしは封建制による拘束を受けており,完全な私有財産制ではない。そして,近代の資本主義社会で初めて私有財産制が完全な形で出現した。資本主義社会では消費財はもちろんのこと,生産手段の私的所有も法律によって保護され,私有財産制が資本主義社会の基礎的制度となった。しかし資本主義の発展とともに,生産手段を所有する階級と所有しない階級との間の財産所有の格差が拡大する傾向にあったため,現代の資本主義的社会では社会的,公共的観点から私有財産制度に種々の法的規制が加えられつつある。社会主義社会では基本的な財産である生産手段については社会的所有とされ私有財産制は廃止されているが,消費財については私的所有が認められている。
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私有財産制【しゆうざいさんせい】
広義には財産の私有を認める制度,狭義には生産手段の私有を基礎とする社会制度をいう。前者は原始共産制の崩壊以後の社会に共通し,社会主義国でも消費財は私有される。後者は資本主義社会の根幹をなし,財産権は法律で保護され,原則的に生産された財貨も生産手段所有者の自由処分に任せられる。
→関連項目資本主義|社会主義
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世界大百科事典(旧版)内の私有財産制の言及
【財産権の不可侵】より
…市民革命期においては,財産権は自由かつ独立の人格の存在を可能ならしめる経済的基盤を構成するものとして,その人権としての重要性が強調されたのである。これに対して,20世紀の諸憲法は,私有財産制によってもたらされた弊害に対処するために,一方では,1919年のドイツのワイマール憲法153条の〈所有権は,義務を伴う。その行使は,同時に公共の福祉に役立つべきである〉という規定に典型的にみられるように,所有権の義務性を強調するようになり,他方では,1918年のソビエト・ロシアの〈勤労・被搾取人民の権利宣言〉をはじめとする社会主義憲法の権利宣言においては,土地その他の生産手段の私有を廃止するに至ったのである。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」