ファン・ヘネップ(読み)ふぁんへねっぷ(その他表記)Arnold van Gennep

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ファン・ヘネップ」の意味・わかりやすい解説

ファン・ヘネップ
ふぁんへねっぷ
Arnold van Gennep
(1873―1957)

民族誌学者、民俗学者。フランス系軍人の父とオランダ貴族出身の母の間にドイツで生まれ、フランスで教育を受けてフランスで活躍した。ファン・ヘネップはオランダ語読みで、フランス語読みではバン・ジュネップ。『通過儀礼Les rites de passageの著者として有名であり、ヨーロッパの民俗学研究の分野でも高く評価されている。『通過儀礼』において、彼は儀礼の内容ではなく、儀礼全体の構造の比較、分類に重点を置き、儀礼の本質を通過にあるとした。出生、死、加入、結婚などの際に行われる通過儀礼は、さらに分離過渡(移行)、総合の三つの下位儀礼から構成され、場合に応じてこれらの下位儀礼の重要性に差はあれ、この三つが同様の配列で連続しておこる構造があることを指摘した。とりわけ過渡期の存在は普遍的なものであり、そこに死と再生が象徴的に表現されることによって、個人や社会の新生が促されるとした。こうした儀礼に対する視点はのちに人類学に大きな影響を与え、ビクター・ターナーらが過渡期の儀礼を強調、発展させて以来、通過儀礼の視点は儀礼研究には不可欠とさえいえるようになっている。

 また彼は、当時実地調査を行わなかったデュルケーム学派とは異なり、精力的に民俗学資料を集めて出版したが、それらは『現代フランス民俗学』Manuel de folklore français contemporainとして集大成された。彼は民俗的慣習などを過去遺産としてではなく、生きている文化と考え、収集を行ったのであるが、それらは後年有力な民俗的資料として利用され、今日の社会史的研究にも大きな影響を与えている。

[松岡悦子 2018年12月13日]

『綾部恒雄・綾部裕子訳『通過儀礼』(1977・弘文堂/岩波文庫)』

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改訂新版 世界大百科事典 「ファン・ヘネップ」の意味・わかりやすい解説

ファン・ヘネップ
Arnold van Gennep
生没年:1873-1957

ドイツ生れの民族学者。バン・ジェネップとも呼ぶ。フランスで高等教育をうけ,スイスのヌシャテル大学教授やフランス外務省翻訳官などを務めたが,民族誌,民俗学に関する研究・著作活動を行い,おもにフランス語で発表した。トーテミズム神話,伝説など未開社会宗教にかかわる著作とフランスの各地方のフォークロアについての著作が多いが,その後の人類学研究に最も影響を与えて高く評価されているのは《通過儀礼Les rites de passage》(1909)である。世界各地の諸民族にみられるあまりにも変差の大きいさまざまの儀礼を,〈通過儀礼〉という新しいカテゴリーを導入することで,よりよく理解できることを明らかにしたのである。人または集団がある地位から次の地位へ,ある世界から他の世界へと移動するのに応じて実施される諸儀礼を一連のものとして体系的にとらえ,分離,過渡,統合という構造的パターンをなすことを見いだし,その全体的な機能についてすぐれた考察を行った。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ファン・ヘネップ」の意味・わかりやすい解説

ファン・ヘネップ
Van Gennep, Arnold

[生]1873. ウュルテンベルク
[没]1957. エペルネ
フランスの民族学者。オランダ系の父をもち,ドイツで生れたが,幼児期よりフランスで教育を受けた。アラビア語など多数の言語とエジプト学,宗教学などを学んだのち,スイスのヌーシャテル大学教授。主著『通過儀礼』 Les Rites de passage (1909) では,世界の諸民族が行うさまざまな儀礼や神話を研究し,それらのうち人々の年齢や社会的身分が変化する際に行われる儀礼の内容に共通性があることを見出して,このような儀礼を通過儀礼と呼んだ。さらに通過儀礼,たとえば成年式は,分離期,隔離期,統合期の3段階の儀礼から成ることを指摘し,のちの儀礼の動態的な研究の先駆者となった。

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世界大百科事典(旧版)内のファン・ヘネップの言及

【儀礼】より

… 上記の2人が対象とした儀礼は,主として犠牲の祭儀であり,彼らの分析はその儀礼の内容のうち,殺す行為の意味と殺される獣の役割に向けられていた。一方,ハリソンJane H.Harrisonとファン・ヘネップの2人は,儀礼の形態と構造に関する研究において意義ある貢献をなした。古典学者ハリソンはギリシアの祭式と劇を例にとりながら,芸術,とりわけ演劇は古代の祭式に発するものであり,したがって儀礼(祭式)と演劇(芸術)は形態からは相同のものであり,広い意味での宗教性の有無にその相違があるにすぎないと主張した。…

【通過儀礼】より

…通過儀礼は移行儀礼または推移儀礼と呼ばれることもある。通過儀礼という言葉は,ドイツ生れのオランダ系民族学者で,主としてフランスで活躍したファン・ヘネップが初めて用い,1909年に同名の本を出版している。 通過儀礼はその過程がいくつかの段階に分けられていることが多い。…

※「ファン・ヘネップ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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