宗教現象を客観的、批判的に研究し、特定の宗教でなく、宗教一般の本質を明らかにすることを究極の目的とする学問の総称。客観的というのは、特定の信仰を前提として、その護持を図ることを目的としないということであり、批判的とは、攻撃的ということではなく、宗教の根拠、本質を資料と論理によって把握するということである。宗教哲学もこれに含まれるが、宗教学をとくに実証的研究を行うものに限る場合もある。
[柳川啓一]
宗教学の起源についてはさまざまに説かれている。宗教に対する批判的分析という点で、ギリシアの哲学者に求め、あるいは、ヘロドトスのように、異国の宗教習俗について深い関心をもった者をあげる。また、理性の限界を超えて形而上(けいじじょう)的思索を行うことを避け、批判哲学を完成したカントが、宗教哲学の祖となっていることもあわせて、宗教学的立場の意義と立場を初めて明らかにしたとするものもあるが、普通には、宗教学の訳語の基であるscience of religionを初めて使ったマックス・ミュラーが宗教学の開祖であるとする。彼は古代インド宗教の学者であるとともに、古代の宗教、神話について比較研究を行い、1873年に『宗教学概論』を出版した。しかし英語ではscience of religionは使われなくなり、宗教学にあたる語はhistory of religionsあるいはcomparative religionが用いられている。
[柳川啓一]
宗教哲学を除き、その後の宗教学の傾向は二つの流れに分かれる。一つは、マックス・ミュラー、ティーレ、ゼーデルプロムら、古代宗教の文献学的研究を土台としながら諸宗教の比較を行うものである。初め比較宗教学とよばれたこの学問は、いまは宗教現象学とよばれている。哲学における現象学とは直接の関係がなく、宗教的観念、制度の類型学となっていた。一方、聖書の文献学者ロバートソン・スミスが未開人の人類学的・社会学的研究を使って『セム族の宗教』(1889)を書いたように、「人間の科学」の一分野として宗教学をみる立場があった。
タイラー、フレーザーの文化人類学的研究、デュルケーム、マックス・ウェーバーの社会学的研究、ウィリアム・ジェームズ、フロイト、ユングの心理学的研究などから、宗教民族学、宗教社会学、宗教心理学が生まれた。これらの学者は宗教理論の形成に大きな業績をもたらしたが、彼らは社会学者、人類学者、心理学者であって、宗教学の側からの積極的取り組みがなかったため、宗教学は他の学問と交合する領域だけで盛んで、宗教学独自の領域での活動は停滞したうらみがあった。こういった情勢のとき、ファン・デル・レーウ、エリアーデなどが宗教現象学の立場から宗教学独自の分野を開こうとし、とくに象徴研究に力を注いだギアツ、宗教社会学のベラ、宗教人類学(民族学)のターナーらの研究も象徴分析に新境地を開いた。レビ・ストロース、リーチの構造主義もこれと関係するところが多い。1960年代になって人類学、社会学、心理学においても宗教研究の関心が強くなっている。
日本では、1905年(明治38)東京帝国大学に宗教学講座が設けられたように、比較的古い歴史をもっている。姉崎正治(あねざきまさはる)をはじめとする宗教学の開拓者たちは、多く仏教に関係する者の出身であり、ヨーロッパの宗教学が暗々のうちにキリスト教を最上の地位に置くのに対して、仏教の、あるいは東洋・日本の宗教の独自性を、比較のうえで明らかにしたいという目標をもっていた。日本は、神道(しんとう)、仏教、キリスト教、新宗教が併存していて研究対象にも恵まれており、欧米の宗教学がなお脱することのむずかしいキリスト教的見解からも自由であるので、世界の宗教学における発展が期待されている。
[柳川啓一]
『岸本英夫著『宗教学』(1963・大明堂)』▽『ロラン・ロバートソン著、田丸徳善監訳『宗教社会学』(1984・川島書店)』▽『上田閑照・柳川啓一編『宗教学のすすめ』(1985・筑摩書房)』
広く宗教一般の現象,機能,歴史,本質などについて客観的・実証的に研究する学問。個別宗教の研究は,仏教学,キリスト教学,イスラム学,道教学,神道学などに分かれるが,宗教学はこれらの個別宗教に関する研究成果を素材としつつ,そこに共通する普遍的な特性の究明と一般理論の構築を目的としている。
宗教に関する学問は,古く,神の存在・非存在,悟りの実現の有無など実証や検証が不可能な問題を形而上学的に論ずるところから出発した。それをキリスト教・イスラム文化圏では神学といい,仏教文化圏では教学・宗学と呼んだ。ところが,とくにヨーロッパにおいて16世紀の宗教改革,17世紀の自然科学の興隆や近世哲学の展開にともない,宗教の本来のあり方を理性の光に照らして体系化しようとする動きがおこった。そこから生じた研究の流派を宗教哲学(たとえばI.カント)といい,さきの神学が一般に護教的であるのに対して,合理的で批判的な立場を鮮明にした。一方,15~16世紀のいわゆる大航海時代以降,世界の各地にさまざまな宗教の存在することが見いだされ,そこから諸宗教を比較研究する方法があらわれた。ときあたかも神話学や言語学の黎明期にあたり,神話や言語の比較を通して宗教現象の特質を探ろうとする気運が高まり比較宗教学の分野が開花した(たとえばF.M.ミュラー)。また宗教の比較は当然のこと宗教の歴史への関心を内包しており,そこから歴史学や考古学の成果をとり入れた宗教史学の立場(たとえばC.P.ティーレ,N.ゼーデルブロム)が追求されることになった。他方,19世紀にいたり社会学や心理学が新たに勃興すると,それが宗教研究にも刺激を与え宗教社会学(たとえばM.ウェーバー,É.デュルケーム)や宗教心理学(たとえばE.D.スターバック)の研究分野がひらかれた。またとくに近代にいたり,世界各地の植民地において数多くの未開宗教に関する調査資料が集められるようになると,そこから民族学=人類学(たとえばJ.G.フレーザー)の方法による部族宗教の研究(宗教人類学)が盛んになった。
以上概括してきたところから,宗教の研究が,哲学,歴史学,考古学,神話学,言語学,社会学,心理学,民族学など,それぞれの時代に興起し流行した学問の強い影響下に発展してきたことがわかる。このように隣接諸学の方法をとり入れて発展してきた宗教研究は,たしかに宗教の諸相を客観的・実証的に明らかにするのに貢献した。しかしその反面,宗教の機能や性格を,歴史や言語もしくは社会や心理の領域に還元し,その結果宗教の宗教たる存在理由の究明をその研究対象から除外する傾向がないではなかった。一般に,広義の宗教学はさきの神学から宗教人類学までを含めるのに対して,狭義の宗教学は,経験科学の約束にしたがい神学や宗教哲学を除外するたてまえをとっている。宗教学のあり方に関するこの広・狭両義の問題は,宗教研究が経験科学であるべきか,それとも形而上学的論議を含む規範性をも追求すべきか,という容易には解決のつかない困難な課題を内包しているといえよう。
→宗教
執筆者:山折 哲雄
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…経営学,行政学,教育学などは,それぞれ企業,官庁,教育組織という特定領域の問題を専攻する領域学で,学問分野としては経済学や政治学や社会学や心理学に還元される(経営経済学,経営社会学,経営心理学等々)。宗教学や言語学や芸術学などは,社会学,心理学に還元される部分(宗教社会学,宗教心理学等々)以外は,人文学に属するものと考えておきたい。最後に歴史学は,人文学と社会科学にまたがる広大な学問で,社会科学に属する部門は経済史,政治史,社会史,法制史などとして,それぞれの個別社会科学の歴史部門を構成する。…
※「宗教学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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