フランス人の食生活と、医学統計上の定説との食い違いをさしていうことば。フランスは世界一、二を争うバターと肉の消費国で、フランス料理も肉とバターが基本である。「動物性食品のとりすぎは動脈硬化性疾患をおこしやすい」というのが定説になっているが、肉とバターを多食するフランス人は、意外にも心筋梗塞(こうそく)のような心臓病による死亡率は欧米先進国中最低である。その比率はドイツの半分、イギリスの3分の1くらいである(「心臓病死亡率と肉消費量」T. L. V. Ulbrichit、「心臓病死亡率と乳脂肪消費量」S. Renaudによる)。この事実が医学・栄養学研究者に注目され、これまでの医学理論では説明できないため、「フレンチ・パラドックス」(フランスの逆説)とよばれる。
フレンチ・パラドックスを解く鍵(かぎ)として、フランス人が多飲するワインがあげられる。フランスは世界有数のワイン消費国であることから、ワインに心臓病を防ぐ秘密がある、と考えられるようになった。
動脈硬化症の原因は、血液中コレステロール自体にではなく、酸化したコレステロールにあることがわかってきた。酸化したコレステロールの作用で動脈の内壁が厚くなってくる。したがって、コレステロールの酸化を抑えることができれば、動脈硬化を未然に防ぐことができる。ワインには酸化を強力に抑えるポリフェノール類という成分が高濃度に含まれている。1990年代に行われた、国立健康・栄養研究所所属(当時)の近藤和雄(かずお)(1949― )、板倉弘重(ひろしげ)(1936― )らによる実験で、中年男性10名に赤ワインを2週間飲ませて血中でのコレステロール酸化抑制効果を確かめたデータがある。このとき、血中には多量のポリフェノールが出現しており、これによってコレステロールの酸化が効果的に抑えられたものと推定される。ブドウ原料中には、もともと渋味成分のポリフェノールがたくさん含まれているが、これに加えて、ワイン熟成中に化学的に変化した重合型ポリフェノールに、より強い酸化抑制効果のあることが認められている。
ポリフェノール類はブドウの果皮、種に多く、果肉には比較的少ない。果皮、種と果汁をいっしょに発酵させてつくる赤ワインには、果汁のみを発酵させてつくる白ワインよりもポリフェノール類が多く含まれている。したがって、同じワインでも、赤ワインのほうが白ワインよりもコレステロールの酸化抑制効果が強いことになる。酸化防止効果のより強い重合型ポリフェノールの色調は暗赤色であり、同じ赤ワインでも色の濃いものほどコレステロール酸化抑制が強いと考えられる。
ポリフェノール類はワインだけでなく、緑茶にもたくさん含まれていることが知られている。空気で酸化されてできた褐色色素が湯飲み茶わんに付着する茶渋がそれである。緑茶ポリフェノール類のなかでも、とくにカテキン化合物に強力な酸化抑制効果のあることがわかっている。フランス人と比べても、日本人に動脈硬化性疾患が少ないのは、日ごろ緑茶をたくさん飲むことも一因とされている。ポリフェノール効果による動脈硬化症予防を期待するなら、ワインだけではなく、緑茶もきわめて有効といえる。また、喫煙率が高いにもかかわらず日本人にがんが少ないことをさして「ジャパニーズ・パラドックス」という人もおり、緑茶多飲がその理由とされている。ポリフェノール類のがん抑制効果も注目されているのである。
[五明紀春]
『近藤和雄・板倉弘重著『赤ワイン健康法――おいしく飲んで心臓病・脳卒中を防ぐ』(1995・ごま書房)』▽『近藤和雄・板倉弘重著『続・赤ワイン健康法――動脈硬化予防・ガン対策・脂肪吸収の抑制』(1998・ごま書房)』
(的場輝佳 関西福祉科学大学教授 / 2008年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
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