バター(読み)ばたー(英語表記)butter

翻訳|butter

日本大百科全書(ニッポニカ) 「バター」の意味・わかりやすい解説

バター
ばたー
butter

牛乳中の脂肪を分離、攪拌(かくはん)などの物理的な手段によって集めたもの。脂肪分が80~84%で水分と微量のタンパク質を含むものをバター、脂肪分が99.5%以上に精製されたものをバターオイルという。

[新沼杏二・和仁皓明]

歴史

バターの起源は古く、チーズやヨーグルトなどとともに、紀元前3000年紀の古代メソポタミアの粘土板文書のなかに記録がみえ、その作業を思わせるウル初期王朝期の浮彫りが出土してイラク博物館にある。また古代インドの経典などにもバターオイルのグリタghritaがみえ、その起源はさらに古いことが想像される。家畜の乳を静置しておいて、浮上したクリーム層を皮袋や壺(つぼ)、木樽(きだる)などに入れ、激しく攪拌すれば容易に脂肪粒が分離するので、牧畜が行われた地域では古くからつくられ、古代には食用のほか化粧用、薬用、宗教祭儀の灯明や供物、火祭りなどに用いられた記録が多い。しかし地中海沿岸のギリシア、ローマには特産のオリーブ油があり、地勢的にもウシの飼育に不向きで、ヒツジ、ヤギの牧畜が盛んであったので、それらの乳からおもにチーズをつくり、バターはつくらなかった。したがってヨーロッパでは、ウシの牧畜が進んだアルプス以北に食用として普及し、その食習慣の違いは今日も存在する。原始的な皮袋や木樽などを用いる製法は、いまも西南アジアからモンゴルに至る内陸一帯の僻地(へきち)にあり、それらの地方では炎暑に耐えるバターオイルがつくられている。バターはヨーロッパの中世でもまだぜいたくな食品で、近世に至ってようやく北ヨーロッパ諸国で量産され、1848年の樽形チャーンchurn(攪乳器)の発明、1878年の連続クリーム分離機、1880年の動力チャーンの開発などによって急速に工業化が進んだ。

 日本では奈良時代に中国から唐代の乳製品の酥(そ)や酪(らく)や醍醐(だいご)などが伝わり、天皇家や貴族の間で用いられた記録があるが一般化せず、バターオイルにあたる醍醐もはたしてつくられたものか明確ではない。日本にバターが入った古い記録は1630年(寛永7)の平戸オランダ商館の日記にあるもので、その後、徳川8代将軍吉宗(よしむね)が1727年(享保12)にオランダからインド産の白牛の献上を受け、嶺岡(みねおか)(千葉県)で「白牛酪(はくぎゅうらく)」なるものをつくったが、それは牛乳を煮つめて半固形化したものにすぎなかった。したがって、長崎オランダ商館内の製造は別として、日本最初の製造は1874年(明治7)の北海道函館(はこだて)七重農事試験場において、アメリカ人ダンの指導によるものであった。その後、小規模の製造は都市近郊で行われたが、1925年(大正14)に至り、北海道酪連の佐藤貢(みつぐ)らが木製チャーンを使用して生産を開始してから徐々に工業化が進み、第二次世界大戦後、食生活の変化とともに急速に発展した。

[新沼杏二・和仁皓明]

種類

バターには、新鮮なクリームから製造する「スイートバター」(甘性バター)と、乳酸菌によって発酵させたクリームから製造する「サワーバター」(酸性バター)または「ファーメントバター」(発酵バター)とがある。伝統的な製法では、クリームを浮上分離させる間に乳酸菌が発育するので、発酵バターが一般的であったが、近代的製法になってから牛乳を新鮮なうちに処理できるようになったので、スイートバターの製法が普及している。また現代では発酵バターもいったん殺菌したクリームに純粋培養をした乳酸菌を接種して、安定した品質を得るようになっている。スイートバターは新鮮なクリームの芳香をもち、広い用途に向くので、乳製品の歴史の浅い日本ではほとんどそれが消費されている。一方、欧米とくに北ヨーロッパでは、伝統的に発酵臭の強い風味を好み、発酵バターが多く消費されている。

 いずれの場合にも、保存性を高めるために1.5~2.0%の食塩を加えた加塩バターと、加えない無塩バターがあり、無塩のものは製菓用に多く用いられ、また高血圧・腎臓病患者などの特殊な用途にも適している。バターオイルは、バターからほとんどの水分とタンパク質を除いたもので、インドのギーgheeなどに代表されるように、高温の大陸内部で古代からつくられてきた保存性の高い精製バターだが、加熱による焦げを生じにくい利点もあるので、製菓用や調理用に使われる。最近、バターオイルを、含有する脂肪成分の融点によって高融点部分と低融点部分とに分け、液状バターオイルと固体バターオイルを得て、それぞれの用途に適合させる技術が普及している。

[新沼杏二・和仁皓明]

製法

まず牛乳をクリーム分離機にかけ、遠心力比重の軽い乳脂肪を中心としたクリームを取り分ける。クリームには乳脂肪分が30~40%含まれている。次にクリームを殺菌して10℃以下に冷却し、数時間から一夜置いて脂肪球を硬化させる。これをチャーンに入れて激しく攪拌すると、顕微鏡的な大きさの脂肪球が衝突しあって肉眼的な粒に成長し、大部分の水分から分かれる。この脂肪粒をバター粒、水分をバターミルクという。チャーンは木製樽型から金属製になり、さらに近年は連続式の装置に発展してオートメーション化している。バターミルクを除いたバター粒は数回水洗ののち、機械的に練り合わせて均一な組織にする。加塩バターは、この段階で食塩を加え均一に分散させる。また発酵バターの場合は、クリーム殺菌後冷却する前にディアセチル球菌、シトロボラム球菌など芳香成分をよく生成する菌種を純粋培養したものを添加してクリームを発酵させる。バターオイルは、バターをいったん溶解し脂肪分のみを分離したものだが、高性能の遠心分離機を使用し、クリームから直接バターオイルの精製を行うこともできる。またバターの副産物であるバターミルクには、バターに移行しなかった乳脂肪、タンパク質も含むので、甘性バターのバターミルクは粉末化し、おもに製パン、製菓材料、飼料などになる。発酵バターのバターミルクは、特有の芳香性風味があるうえ消化がよいので、一種の乳酸菌飲料としてそのまま飲用され、インドなどでは庶民の大きな栄養源になっている。しかし欧米で市販されているバターミルクは、その風味を模して脱脂乳から製造された発酵乳である。

[新沼杏二・和仁皓明]

栄養

バター脂肪の特色は、植物脂肪に比べ炭素鎖の短い脂肪酸を含むことと、不飽和脂肪酸に乏しいことである。これがバターの消化がよいことおよび特有の風味の原因になっているが、一方、不飽和脂肪酸が乏しいこと、およびコレステロール含有量が100グラム当り約200ミリグラムで植物脂肪に比べて高いため、その多量摂取について批判的な説がある。しかし最近の臨床栄養学の知見では、コレステロールの人体内生合成量に比べ、食物摂取のコレステロール量が十分に低いことや、低コレステロール食が血管疾病に関係が深いことなどの説も提唱されている。

 バターの品質は、新鮮なものは特有のクリーミーな芳香があり、表面も内部も均一な色沢で、切り口は滑らかで水滴が出ない。保存状態が悪いと、表面が黄変したり、刺激的な酪酸臭を生じたりする。そのため、つねに10℃以下に保管することが必要で、長期の保存を必要とするときは、零下15℃以下の凍結保存にする。

 バターの代替品として発達したマーガリンは、異なる融点の植物脂肪を組み合わせることによって、近年バターによく似た風味とテクスチュア(組織)をもった食品にすることに成功した。しかしバターのもつ独特の風味に対する伝統的な嗜好(しこう)は依然として強く、欧米では両方を混合したものを「コンパウンドバター」と称して、一般に普及している。バターは洋風の調理、製菓材料として利用され、分別バターオイルとして医療食品、工業原料の用途も生じている。

[新沼杏二・和仁皓明]


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「バター」の意味・わかりやすい解説

バター
butter

牛乳から分離したクリームの脂肪をかき混ぜて塊状に集合させ,食塩を加えて練り固めたもので,乳脂肪,水分,少量の乳固形分,食塩から成る。製造法からスイートクリームバターと発酵クリームバターに大別される。前者は発酵させていない分離したままのクリームを原料としたもの,後者は乳酸菌によって発酵させたクリームから製造したもので,後者には特有の強い風味がある。病人用あるいは製菓用に食塩を加えない無塩バターも多く製造されている。バターの優劣は風味によって決るともいわれており,異臭,分解脂肪酸による刺激臭があってはならない。光線,熱,空気,湿気などによって品質が低下するから,包装紙で被覆し,低温で貯蔵したほうがよい。最も消化のよい脂肪で,ビタミンA,Dに富み,カロリーが高い。6世紀頃から食用にされたといわれる。

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