ホノリウス1世(読み)ホノリウスいっせい(その他表記)Honorius I

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ホノリウス1世」の意味・わかりやすい解説

ホノリウス1世
ホノリウスいっせい
Honorius I

[生]?. カンパーニア
[没]638.10.12.
カンパーニア出身の第70代教皇在位 625~638)。教皇グレゴリウス1世の政策を継承し,イギリスにおけるアングロ・サクソン人への布教尽力サンタニェーゼ・フオーリ・レ・ムーラ聖堂をはじめとする貴重なキリスト教建築の改修,再建に努めた。また三章書論争に端を発した東西教会分裂を収束させた。治世中最大の問題は,東方教会で起こっていたキリスト単意説をめぐる論争であった。634年,コンスタンチノープル総大主教セルギウスに宛てた書簡のなかで「キリストは単一の意志をもつ」との考えを示したが,681年の第3回コンスタンチノープル公会議では単意説が異端とされ,すでに没していたホノリウス1世も単意説に理解を示したとして破門された。ホノリウス1世の破門は教皇不謬性が議論された 1869年の第1回バチカン公会議でも争点となった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む