ムフタシブ(英語表記)muḥtasib [アラビア]

改訂新版 世界大百科事典 「ムフタシブ」の意味・わかりやすい解説

ムフタシブ
muḥtasib [アラビア]

市場監督官を意味することば。アッバース朝時代には,カリフワジール宰相)によって任命された。本来の職務はイスラム法の諸規定が守られているかどうかを広く監督することであった。ラマダーン月の断食が守られているかどうか,飲酒の禁が犯されていないかどうか,離婚した女性が法律の決める待婚期間(イッダ)を守っているかどうかなど,社会倫理にかかわるあらゆる事がらに監督権をもっていた。都市の行政・警察権に関係することもあった。しかし,時が経つにつれ,権限は商業上のそれに限られるようになった。取引の不正,および量目のごまかしを防ぎ,負債の返済の不履行がないように努めた。ムフタシブの実際のあり方は多様であるが,19世紀イスファハーンでは,広場の北端バーザールの入口前に据えつけられた石のベンチに腰をかけ,毎日ここで監督業務を行った。棍棒と鞭を手に持ち,違反者,罪人を処罰した。夜は門の閉じられたバーザール内を巡回し,警備にあたった。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ムフタシブ」の意味・わかりやすい解説

ムフタシブ
Muhtasib

イスラム法に基づいてムスリムの日常生活を監督する役人。カリフ,スルタンあるいはワジール (宰相) によって任命され,その地位や権限はカーディー (法官) より低いとみなされていた。この職務は8世紀なかば頃にはすでにあったらしいが,これがヒスバ制度として確立したのは 13~14世紀のエジプトにおいてであった。警察 (シュルタ) が刑事事件を扱うのに対して,ムフタシブは宗教,社会的な生活問題を扱い,そのおもな任務は,礼拝や断食の監督,公共施設の維持,病人の保護,商工業の量や質,度量衡,偽造貨幣の監視などであった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のムフタシブの言及

【ギルド】より

…エジプト,シリアでみられるウラファー・アルアスワーク(市場の長)がそれである。しかし,これがギルドの長を意味するのか,ムフタシブ(市場監督官)の代理人として任命された政府の役人であったのかはっきりせず,ギルドの存在を立証する決め手とはなっていない。ライース・アルアティッバー(内科医の長)についても同様で,内科医の同職組織の長であったのか,政府の任命した役人であったのか確たる証拠はない。…

【乞食】より

…それによれば,モスクの礼拝者やカーッス(説教師)を取り巻く聴衆にしつこくつきまとうのは忌むべきこととされた。これらのシャッハーズを取り締まるのは,ムフタシブ(市場監督官)の役目であった。こじきへの施しを徳として奨励し,またこれを脱俗的な聖者の一種とみなす一方では,このように健全な社会生活を乱す者であるとする見方が近代以降にも受け継がれて,今日にいたっている。…

【度量衡】より

…【宮嶋 博史】
【中東の度量衡】
 中東・イスラム社会は,古代オリエント世界の度量衡をほぼそのままの形で継承した。シャリーア(イスラム法)には全国に統一的な度量衡が定められてはいたが,現実には各時代や地域による慣行が重んじられ,これを公正な取引の基準に照らして保持するのが市場監督官(ムフタシブ)の役目であった。重量の基礎はディルハムとミスカールmithqālにあり,1ディルハム(3.125g)は大麦50~60粒を基準にして定められ,ディルハムとミスカールの比は7:10であったから,1ミスカールは4.464gで,これが1ディーナールに相当した。…

※「ムフタシブ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

世界の電気自動車市場

米テスラと低価格EVでシェアを広げる中国大手、比亜迪(BYD)が激しいトップ争いを繰り広げている。英調査会社グローバルデータによると、2023年の世界販売台数は約978万7千台。ガソリン車などを含む...

世界の電気自動車市場の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android