断食(読み)だんじき

精選版 日本国語大辞典 「断食」の意味・読み・例文・類語

だん‐じき【断食】

〘名〙 本来苦行一種修行祈願のために、一定期間自発的に食物を断つこと。
菅家文草(900頃)三・丹行五事「聞其長断食、虚号遍相称」
※高野本平家(13C前)五「卅一日が間は一向断食(ダンジキ)にてぞありける」 〔大法鼓経‐上〕

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デジタル大辞泉 「断食」の意味・読み・例文・類語

だん‐じき【断食】

[名](スル)修行・祈願などの目的で、一定の期間、自発的に食物を断つこと。「断食療法」
[類語]絶食不食小食節食欠食食が細い食が細る

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「断食」の意味・わかりやすい解説

断食
だんじき

一定期間いっさいの、あるいは特定の種類の飲食物を断つことを意味し、世界の諸宗教に広くみられる宗教行為である。この意味では、「断ち物」といわれるものや、未開宗教に多くみられる一時的食物禁忌も断食のなかに含まれてしまうが、トーテミズムユダヤ教イスラム教ヒンドゥー教などにみられる恒常的な食物禁忌は除外される。

 断食が行われる時期はさまざまであり、またその動機もけっして一様ではない。諸学者によってこれまで多くの説明がなされてきたが、いずれも定説とはなっていない。いまかりにこれを分類してみると、第一に、妊娠、出産、初経初潮)、成年式、死など人間の一生のサイクルとして現れる危機的状況に際して、当事者ないしは配偶者や家族の者が、断食をはじめとする一定の儀礼を行う場合が多い。また、戦争や干魃(かんばつ)などの共同体的危機に際しても、断食が行われることは、ユダヤ教やイスラム教にみられるとおりである。

 第二に、呪術(じゅじゅつ)的行為や祈願に際して、その効果を高めたり、自己の誠意を示すためにしばしば断食が行われる。たとえば、イスラム教では、断食中の祈願はかならず聞き入れられるといわれる。

 第三に、断食は、祭り、加入式、聖餐(せいさん)などの宗教儀礼の準備、浄(きよ)めとして、潔斎、物忌みの一部として行われる場合が多い。たとえば、ヒンドゥー教や神道(しんとう)の祭り、カトリックのミサ、洗礼などの諸典礼の前などがそうである。

 第四に、断食は贖罪(しょくざい)、懺悔(ざんげ)の行為として行われる。ユダヤ教では、バビロンの捕囚によって神殿で犠牲(いけにえ)を献(ささ)げることができなくなると、贖罪のために祈りと断食がこれにかわるようになった。なかでも贖罪節の断食がよく知られる。イスラム教では、ラマダーン月が断食月と定められているが、それ以外にも喜捨(きしゃ)とともに贖罪のために断食が勧められている。

 第五に、断食は修行の一形態として行われる。これは、食を断つことによって人間の欲望を制御し、精神の集中を助けることによって、高い宗教的境地に到達しようとして行われるものである。仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教、中国の道教、日本の修験道(しゅげんどう)など、とくに東洋の宗教に広くみられる。

 第六に、医学的理由による断食はすでに古くから行われていたといわれるが、そのほかに今日の世俗社会では、断食はハンガー・ストライキなどにみられ政治的倫理的要求の貫徹や抗議の手段として行われている。

[中村廣治郎]

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百科事典マイペディア 「断食」の意味・わかりやすい解説

断食【だんじき】

一定の期間,食事をとるのを断つこと。ある種の食物を断つのは〈断ち物〉の一種。修行や祈願,服喪,贖罪(しょくざい)など宗教的目的で行われる場合が多いが,政治的抵抗(ハンガー・ストライキ)やシャマニスティックな神秘体験獲得の一環としても用いられる。ユダヤ教やキリスト教にもあるが,とりわけイスラム教では五つの勤めの一つであり,ヒジュラ暦の9月(ラマダーン月),新月の夕から30日間行う。インドでもヨーガ派などによって苦行の一つとして行われるほか,仏教ではとくに密教で断食行が重視される。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「断食」の意味・わかりやすい解説

断食
だんじき

一定期間すべての食物または特定の食物の摂取を断つ宗教的行為。トーテミズム,ユダヤ教,イスラム教,ヒンドゥー教などにみられるような一定の食物に対する恒常的禁忌は除かれる。断食を行う動機は多様であり,一元的な解釈を与えることは困難であるが,一応次のような分類が可能である。 (1) 人生のサイクル中の危機的状況においてその危難を避けるために行われる断食。 (2) 呪術的儀礼や祈願の効果を高めるために行われるもの。 (3) 精神鍛練のための修行の一形態としての断食。 (4) イニシエーションなどの宗教儀礼の準備,清めとして行われるもの。なお宗教的行為以外のものとしては,医療的行為あるいは政治的プロテストとしての断食などがある。

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世界大百科事典 第2版 「断食」の意味・わかりやすい解説

だんじき【断食 fast】

修行や祈願のため,一定期間すべての,あるいは特定の食物を断つことで,重要な宗教行為として世界の諸宗教に広く見られる。すなわち,宗教的な断食は,栄養補給を停止することによって生命の有機的な生理機能をしだいに低下させ,こうして修行者の生命が物質化(死)しようとする直前に霊的啓示が下ることを期待する行為であるといえる。いわば断食とは,生命体のうえに生ずる物化と霊化の二律背反の局面を示す禁欲の一方法である。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「断食」の解説

断食(だんじき)
ṣawm

シャハーダ,礼拝,ザカート巡礼と並ぶイスラーム教徒の五行の一つで,ラマダーンの間,日の出から日没までいっさいの飲食と性行為を断つこと。疾病や旅行など,特段の事情により猶予が認められる。

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普及版 字通 「断食」の読み・字形・画数・意味

【断食】だんじき

絶食。

字通「断」の項目を見る

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世界大百科事典内の断食の言及

【アーシューラー】より

…イスラムの祭礼のひとつであるが,スンナ派とシーア派とで非常に異なっている。預言者ムハンマドはヒジュラの後,ヒジュラ暦1月(ムハッラム月)の第10日目を断食潔斎の日と定めたとされ,この日をアーシューラーと呼ぶ。これはユダヤ教のヨーム・キップール(贖罪の日)の断食を模倣したものであった。…

【イスラム】より

…イバーダートは文字どおりには神への奉仕であり,宗教学でいう儀礼に相当する。後に五柱(ごちゆう)として定型化されたところから信仰告白(シャハーダshahāda)を除いた,礼拝,喜捨(ザカート),断食巡礼のほか,コーランではジハードがとくに強調されている。ムアーマラートは文字どおりには行動の規範,なかでも信者同士の人間関係であり,これには姦淫をしないこと,孤児の財産をむさぼらないこと,契約を守ること,秤をごまかさないことといった倫理的なおきてのほか,婚姻,離婚,遺産相続,ハッド(犯罪)に関する規定から利子の禁止,孤児の扶養と後見,賭け矢や豚肉を食べることの禁止,日常の礼儀作法の心得までを含む。…

【禁欲】より

…一般に禁欲は,肉的な原理を否定して霊的な原理を追求する心身二元論的な生き方とされているが,究極的には身体における死と再生の体験を実現するための,心身の統合論的な生き方を含んでいる。禁欲の手段は多種多様であるが,そのうちもっとも重要視されたのが断食と性的隔離である。ヨーロッパ中世の修道院規則や中国・日本に発達した僧堂規定の記述から知られるように,食事などを組織的に制限することによって,エロス的感性を抑制しつつ昇華させる方法が,慎重かつ詳細に定められている。…

【ジャイナ教】より

…食生活についてはジャイナ教の生物の分類学上,できる限り下等なものを摂取すべきであるが,土を掘り返して殺生を犯す危険性のある球根類,また採取にあたって殺生を伴う危険性の高いはちみつなども厳格なジャイナ教徒は口にしない。しかしアヒンサーを守るための最良の方法は断食であり,もっとも理想的な死はサッレーカナーsallekhanāすなわち断食を続行して死にいたることである。マハービーラも断食の末に死んだとされ,古来幾多のジャイナ教徒がこの断食死の方法を選んだ。…

【捨身】より

…仏教で,身を捨てて他の生物を救い,仏に供養する布施行の一つ。捨身の方法は焚身,入水(経典に証例なく,日本にとくに多い),投身,断食,頸縊,自害などがあった。薬王菩薩の焼身(《法華経》),薩埵(さつた)太子の捨身飼虎(《金光明経》),雪山(せつせん)童子の捨身羅刹(らせつ)(北本《涅槃経》)は著名。…

【年中行事】より

…【高橋 明】
[イスラム]
 イスラム教徒は,神への信仰を日常の行動のなかで具体的に表現することが求められ,イスラムはその意味で生活規範であり,イスラム教徒の行事は深くこれと結びついている。なかでも信徒の義務として五柱に挙げられている礼拝,断食,巡礼は,最も重要な行事であり,これらの行事を通じてイスラム共同体(ウンマ)の存在が確認される。たとえば,礼拝は各自1日5回これを行うことが定められているほか,毎週金曜日の正午には,町や村の中心となるモスク(ジャーミー)に集まり,イマームの指導のもとに集団礼拝を行う(この日はイスラム教徒の休日にあたる)。…

※「断食」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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