アイアコッカ(英語表記)Iacocca, Lee

  • 1924―2019
  • Lido Anthony Iacocca

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

[生]1924.10.15. ペンシルバニア,アレンタウン
[没]2019.7.2. カリフォルニア,ベルエア
アメリカ合衆国の経営者。本名 Lido Anthony Iacocca。イタリア系移民の子として生まれ,1945年リーハイ大学を卒業,1946年プリンストン大学で工学の修士号を取得。フォード・モーターにエンジニアとして入社。販売担当としてムスタングなどのベストセラー車種の販売計画を成功させ,フォード部門の総責任者,同社副社長を経て,1970年社長に就任した。しかし,1978年フォード2世会長の退職の際,後継者として本命視されつつも,対立していた経営陣の圧力で解雇された。同 1978年,経営破綻の危機に面していたクライスラーに社長として迎えられると経営再建に手腕を発揮し,翌 1979年同社会長に就任。1980年には 20億ドルの収益を上げることと引き換えに 15億ドルの政府貸付金を引き出すことに成功して,政府・市場関係者から大きな注目を集めた。その後クライスラーは 24億ドル以上の収益を上げて,アイアコッカは国内外に名をはせた。1992年にクライスラーを退職し,その後はいくつかの企業の取締役を務めた。また,糖尿病の研究などにも携わり,1984年にはそのための財団を立ち上げた。著書に自叙伝『アイアコッカ』Iacocca(1984)がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アメリカの実業家。通称リー(Lee)・アイアコッカ。ペンシルベニア州生まれ。リーハイ大学、プリンストン大学を卒業。1946年フォード社に入社、1960年ゼネラル・マネージャーになり、名車といわれるムスタングの開発に従事した。1970年にはフォード社の社長に就任するが、1978年には同社オーナーのフォード2世と対立し解任された。同年、旧クライスラー社の社長となり、1979年から1992年まで同社会長兼CEO(最高経営責任者)を務め、収益の悪化していたクライスラーの経営を立て直し、創業以来の高業績を達成した。1994年アイアコッカ・キャピタル・グループ(ICG)を設立し、会長に就任。1984年に出版された自伝(邦訳『アイアコッカ――わが闘魂の経営』1985)は世界的なベストセラーとなった。[編集部]
『徳岡孝夫訳『アイアコッカ――わが闘魂の経営』(新潮文庫)』

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